誰か


 男は、森を彷徨っていた。

「……っ。何処だよっ! マリティルとかいう奴の家はっ」

 道はある。地面も大きな起伏は無く、ほぼ平坦と言えるだろう。今日は少々蒸し暑いが耐えられない程では無い。暑さや寒さによる命の危険はまず無い筈だ。森に入る前、村の食堂で食事はしてきたので、すぐに飢える心配もしなくて良い。

 頭では理解している。が、何故だか妙に気が焦る。

 一刻も早く、この森から出たい。そんな風に思ってしまう自分がいる。

「ちっ」

 舌打ちする。

 恐らく、封じの術がかけられている。この森の、かなり広範囲に亘って。望まぬ相手が森に侵入すれば、不快な感情を起こさせ、自ら森から去ってもらおうとする類のものだろう。想像はつく。

 ただ、それを感知することは出来なかった。広範囲に、複雑な術が施してある筈だ。本来であればそんな術は、取っ掛かりが幾つもあって逆に読み取り易い状態となるだろうに、自分には見出すことが出来ない。

 苛々する。こんな術、壊してやりたい。壊して、選ばれたという奴を、叩きのめしにいくのだ。

 ききっ。きききっ。

 少し離れたところから、甲高い鳴き声が聞こえた。これは、ムクルンか。機嫌の良くないところに、煩わしいことこの上ない。

 歩を進めると、何匹かが出て来て威嚇してくるので立ち止まるしかない。ああ、そうだ。先程のは警戒の声だ。

 腹立たしい。こんなものに自分の足を止められるなんて。

「どけよっ」

 足元に来た一匹を蹴り上げようとするも、するりと躱される。少しだけ逃げて、また威嚇。

 何なんだ、こいつらは。魔術で、蹴散らしてやろうか。

「ははっ」

 我ながら名案だ。寧ろ何故、今までそうしなかったのだろう。思考に蓋でもされていたかのようだ。だが、自分は思い付いたのだ。素晴らしい。やはり王国専任魔術師に相応しいのは自分だ。

 封じの術を壊して。そして。こいつらには戦闘魔術の中でも、攻撃性の高いものを。あの術を!

「やめて」

 背後から、声が掛かった。鋭いが、まだ幼い声だった。

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