ハキルナー3
何だろう、この状況。
目を丸くしつつ、ハキルナは考えた。まず、お茶と茶菓子のトレイはしっかり持って。離れの建物内に入って、扉を閉め。そして、ちょっとした分析をしていく。
目の前で、兄が客人の女性に胸ぐらを掴まれてる。それは、良いとしよう。本当は良くないのかもしれないけど、この際だ、放置する。しかし、先程。ハキルナが扉を開けるとほぼ同時に放たれた言葉は。
「えっと…」
聞き間違いでなければ、『私と、結婚しろ』とか言っていた。結婚…つまり、これはプロポーズ。……? え。胸ぐら掴んで? …駄目だ。結局、そこが気になってしまう。
「……」
更に、兄はあっさりと断っていた。慌ててはいたけれど、プロポーズの言葉自体には特に驚いてもいないようだし、今も、その表情に嫌悪の色は見出せない。
客人はめげずに、理由を訊いていた。同じ体勢のまま。
「……? プロポーズって、こういうもんだっけ?」
「一般的なものとは、かなり違うと思いますよ」
「だよねぇ?」
人生で初、目撃したプロポーズがこれだった訳だが、何だか不穏過ぎやしないか。兄の返答によれば、これが当然、では無いらしい。ハキルナの今までの認識は多分ほとんど合っている筈。ひとまずは胸を撫で下ろす。が、シェクシュサは兄妹のやり取りをばっさりと切り捨てた。
「はっ。『一般的』? そんなもんがお前相手に当てはまるか!」
一理ある。
思わず頷いてしまったハキルナを見て、マリティルが胸ぐらを掴まれたままでいじけた。
「二人とも、酷いです…」
「間違ったことを言った覚えは無い」
「ごめん。でも、事実だし」
更なる追撃により項垂れたマリティルを、シェクシュサはようやく放した。よろよろと座りこんだマリティルとは対照的に、どかり、と腰を下ろす。ハキルナは卓に近付き、そこにトレイを置く。お茶を淹れていると視線を感じた。
「? あの?」
シェクシュサがこちらを見つめている。
「……。確かに、美人だな」
何故だか唐突に褒められた。
「ありがとうございます?」
疑問形になってしまったが、お礼を言う。ハキルナは幼い頃から『お母さん似だね』とよく言われていた。なので、亡くなった母に功績があると言えるだろう。そんなことを考えていると、ぽつりとした声が聞こえた。
「ずるい」
「え」
「私だって、こいつに『美人』とか『可愛い』とか言われたい!」
「……え」
指差されているのはマリティルである。当の兄は、困った顔をしていた。本当に、どういった状況なのか。
「……」
ここで、シェクシュサだって美人だと思う、と事実を言ったところで受け入れられるだろうか? 彼女の目鼻立ちは整っている。
ただ、唇を引き結んだり、足を組んでいるその態度や、王妃の護衛を務めているという情報、一般的では無いプロポーズの様子を見て、『強い人』の印象が先に来てしまうのだ。『可愛い』はちょっと、いやかなり遠いかもしれない。
「私だって今年で二十三だ。幼馴染で、一つ上のお前に惚れてもう、十八年…か? 何度も口説いてるし、今回も公的な話はほぼそっちのけで、手紙に愛を綴ったというのに…っ」
「シュサ。わたくしは公式には貴女と同じ歳です。今年、二十三歳です」
「あの。あたしも妹も、お兄ちゃんの事情は知らないことになってるんだけど」
回想をし始めたシェクシュサに、兄妹揃って恐る恐る声を掛ける。と言うか、何の話かは知らないけど、公的な話はほぼそっちのけですか…? 良いのか、それは。
「知るか。この場で話す分には問題無いだろう。外に行った時にちゃんとすれば、それでどうにかなる。とにかく私に回想させろ。そして、愚痴らせろ」
無茶苦茶なことを言う。だが、高い位置から命じているのとは違う感じで、そんなに嫌な気はしない。多分、これは兄に断られて拗ねているのだろうと思われる。
「……はい」
「…はぁい」
口を噤んで見守ることにする。
「お前は庭園で、私や他の子どもと遊んでいて。そこでニールが」
話は長くなるだろうか。聞いてしまって良いのか分からない話。ハキルナが知ってしまって兄が落ち込まないか、が読めない話。…ハキルナだって知っていることはあるけど。
ハキルナとミアリ以外に、兄には妹が二人と、弟が一人いる、とか。自分と違って、血の繋がりのある弟妹が。
「……」
そう言えば、ミアリはどうしているだろう。
意識を、この離れの外へと向けて。
「!」
ハキルナは、身を翻した。
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