マリティルー2
フードを払ったシェクシュサを前にして、マリティルは分かり易く息を吐いた。
「失礼な奴だな。客を見て、溜め息を吐くとは」
むっとした様子のシェクシュサに、マリティルは投げ遣りに席を勧めた。卓を挟んで向かい合う。
「このくらいは許しなさい。他の人間だったら、顔を見る前に敷地の外に叩き出してますよ」
マリティルは、喧嘩は碌にしたことが無いので、恐らく弱い。魔術無しでは、王妃付きの護衛であるシェクシュサには到底敵わない。彼女は魔力無しでも強い。絶対に負ける。
魔術においてならば、彼女の魔術は戦闘方面に特化している。が、魔力の強さと総合で見た場合の術では間違いなく自分が勝つ。外に放り出すことくらいは容易い。
「そうだな。大抵の奴ではお前に勝てない。だから王国側も私を寄越したんだろう」
頷きつつ腰掛けるシェクシュサに、つい苦虫を噛んだ顔になる。
「王妃から、護衛を離してまで…」
「手紙は読んだな? 王国専任魔術師の件だが」
「お断りします」
即答する。そんなもん、誰がなるか。
「言うと思った」
あっさりとシェクシュサは首肯した。
「分かってるなら、わざわざ来なくても良いのに…」
そうこぼすと、シェクシュサの目が鋭くなった。
「馬鹿言え。王国専任魔術師は、本来なら名誉な地位なんだぞ? 過去にはそう目されていて、本人もその気だったのになれなかった奴が、なった奴に襲い掛かったっていう事件もあったくらいだ」
「要りませんよ、そんな物騒な地位」
そんな事件を起こしたという誰かに呆れる。だが、シェクシュサは続けた。
「本来ならば、手紙だけじゃ無く使者が赴いて、『是非に』と請うのが当たり前なんだ。お前はその使者を門前払いするだろうから、私が手紙を書いて、更にここを訪ねることになったんだ」
「一番近い移動門からアウス村まで、馬で来たとしても…どこか途中で宿を取る必要がありますよね?」
移動門は、魔術のかけられた門だ。多くの国が採用しているもので、ザイカラルには王都に一つと地方に分かれて五つ。合わせて六つある。門をくぐると他の門に繋がっており、大幅に移動時間を短縮できる優れものだ。国同士に交流があれば他国にも行ける。各国で使用許可の基準は異なるが、ザイカラルは割とその基準は低いとされている。
「最短でも二日は必要になる…。アウス村に入る前に宿を取ったとして。宿代…。アウス村で馬を繋いでくれるだろうタズさんに、礼金を払うのはタズさんに良いことだから、そこは置いておくか。…後は、なんだろう。手紙を出す時機を計ってまで…。……シュサ。王城に帰ったら、王に『くだらないことに時間と金を使ってないで、国政を真っ当に行え』と、伝えておいてください」
彼女の愛称を呼ぶと、にやりと笑われた。
「伝えるのは構わんが、王…と言うか、その周りが退かんと思うぞ。お前はこの国で一番、魔力が強い、ことになっているからな」
「王本人は、わたくしを傍に置きたくないでしょうに」
単なる事実を口にしたのだが、シェクシュサは今度は眉を顰めた。
「…お前、今朝の、あの魔力の波動は何だ」
あからさまに話を変えてきたが、その話題はこちらが続けたくないものだ。故に、とぼけてみせる。
「ふ。何のことでしょう?」
「お前な…」
「仮に、わたくしが何かやらかしている、と言うのなら、やはりそんな者には専任魔術師の地位は相応しくないのでは?」
「そう来たか…」
誤魔化せるものは全力で誤魔化す方向で行こう、と心に誓う。
それはさておき、実際にはマリティルは二番手なのだが。この国どころか大陸で一番強い魔力を持つ筈の白髪の妹は、力の制御、年齢、出自、人見知りなどの点で、王に仕えるのは難しいと思う。何より本人が希望しないだろう。そしてマリティルとしても、ミアリにそんな真似はさせる気は無い。
そういえば。妹繋がりで思い出したが、センリはハキルナのことを『お前の最初の妹』と言っていた。が、それは正確では無い。センリも承知しているだろうに。…ああ、でも。センリは面識の無いハキルナのことを何て呼んで良いのか迷っている節がある。苦し紛れの表現だったのかも知れない。
「おい」
シェクシュサが胡乱な顔を向けてくる。
「何、ぼけっとしてる」
「ああ。妹たちのことを考えていました」
途端にシェクシュサの機嫌が急降下した。この離れの中での体感温度までも下がった気がする。
「………。お前は…本っ当に、妹たちのことが可愛くて、自慢で仕方が無いんだな?」
「はい。あ、でも。ミアリは可愛い系ですけど、ハキルナはどちらかと言うと美人系ですかね。綺麗な切れ長の、緑の目で」
のほほん、と答える。シェクシュサの肩が震えだした。
彼女は格好良い系だと常々思っている。栗色の髪に若草色の目。颯爽とした立ち振る舞いはおとぎ話に出てくる憧れの騎士のようで。背はさほど高くないのに、とても目を惹く。…本人に言った際、褒め言葉と認識してもらえるか、は微妙なところだが。護衛の任は騎士団に所属していることになっているが、騎士は名乗れない。シェクシュサは団の中でも浮いているらしいし。
「…マリィティアス」
「その名は、今は」
「黙れ。……手紙は、読んだんだな?」
「……。ええ」
「では、本題の方だ」
「え。本題、そっちでしたか?」
問うてみたものの、返事は無かった。これは…拙い、だろうか。
こんこん、と軽やかに扉を叩く音がした。考えるまでも無く、ハキルナだろう。お茶を持って来てくれたのだろう。
「シュサ、待っ」
扉が開かれる。
シェクシュサが卓に膝をつき、こちらに手を伸ばしてきた。胸ぐらを掴まれる。近い距離で、目が合う。
「私と、結婚しろ」
「お断りします」
慌てていても、断りの言葉がすんなり出て来る。我ながら、ほぼ反射で答えているな、と思う。
「何故だ」
「え。このまま話、続けます?」
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