ミアリー2
芋の収穫時期は、まだふた月程は先だ。草むしりをしながら、ミアリは想いを馳せる。
秋に入ると長い雨が降る。畑に水が溜まらないようにしなくては。それから、茎の樹液を好む虫も付くだろうから、虫除けをしないと。魔術を使うのも一つの手だけど、出来れば一般のやり方で収穫まで漕ぎ着けたい…。……。
考えを巡らせていた時だった。
いつもの気配と、知らない気配。それを同時に感じて、手を止める。立ち上がり、家の敷地と森の境の辺りを注視した。
「……!」
珍しいことにハキルナが誰かを連れて来るところが見えたので、そっとその場から離れた。
ミアリは、己が人見知りだと自覚している。が、そのことで姉たちに『自分を気遣え』と言う気は全く無い。自分が避難すれば済む話だ。
ミアリの動きに気が付いたのか、近くで遊んでいたムクルンが二匹、付いて来る。ズゥングルは畑の隅で丸くなっていて、小山が出来たみたいだ。ミアリが寄っていくと片目だけを開けて、すぐに閉じてしまった。
せっかくなので、その傍にしゃがみこむ。ハキルナの連れて来た客人からは見えない位置だろう。何だか、かくれんぼのようになってしまった。
ムクルンは魔力によってズゥングルになるが、それだけだ。その力を術として行使する訳では無い。それはほっとする事実だ。
魔力を魔術に置き換え、良いことにも悪いことにも使おうとするのは人間だけ、と言われている。
『業が深いんだろう』
一族の多くは、術を使えることこそを誇りに思っているのに、あの人は真っ向から否定し、ミアリに囁いた。
『だから、魔源なんてものが人間には宿るんだ』
魔源とは、文字通り魔力の源だ。目に見えるものでなく、触れる事さえも出来ない、だけど確かに魔力を使える人間には在る、とされるものだ。なんとなくだが、額の中心に在るのではないか、と言われることがある。そこで『第三の目』、魔眼、とも呼ばれたりする。魔源を持った人間は、同じく魔源を持った人間のそれを感知出来る。感知する力が弱かったり、隠すことが上手い者が相手だと話は違ってくるが。
魔源を持つ者は、勿論、魔力を持つ。魔源の質が良い者は、魔力が強い。しかし同時に、制御のための鍛錬も欠かせなくなってくる。極めた者は魔術師を名乗る。
ある程度、魔源は遺伝することも判明している。魔源も元々は人間が魔症に遭ったものだ、という話が一般的だ。魔症に染まった家系、として忌避するところもあるようだが、大陸のほとんどの国は、魔力の強い者を国家元首に置くようにしている。王家、と呼ばれる家は、大概が魔力の強い者が産まれる家系だ。
『使えるもんは使うのが人間だからな。魔術を使えれば戦争には勝てるし、力の強い奴らが上に立つのは当然だ』
苦い顔でそう言って、あの人は遠くを見つめていた。そして、俯いて。
『ま、うちの一族は、そういう奴らに魔力の強い人間を斡旋してるようなもんだからな。俺も偉そうなこと言えた立場じゃないけど』
一族は、遺伝では無い、そして行き場の無い魔力を持つ者、の保護を謳っている。だけど、それに納得していない人だった。斡旋された者が国の上位に立ち、魔術を揮うことで誰かを傷付けるのは嫌だ、だけど、他の方法を見出せない、と嘆く人だった。自分も人間であるからには間違いをする、正しいことなど分からない、なのに一族の者に間違った道を押し付けているのではないか、と。
『その上で』
あの人はミアリを見て、微笑んだ。心からの笑みでは無い。苦さの方が強いと知れる。それでも。
『お前を捨てるよ、ミアリ』
優しい手つきで、こちらの髪をぐしゃぐしゃにして。あの人は、決めたのだ。
「ミアリ?」
しゃがみこみ、昔のことを思い出していると、頭上から声が掛かった。ハキルナがこちらを見つめている。
「姉さん」
「髪、地面に引き摺ってるわよ」
指摘されて、慌てて立ち上がる。ハキルナが三つ編みをそっと掴んで埃を掃ってくれた。リボンも整えてくれる。
「悪かったわね、突然のお客様で。気配がしてびっくりした?」
「うん。少し」
かくれんぼのことなど、姉にはお見通しのようだった。ズゥングルが大きな欠伸をしているのを眺めつつ、姉は言った。
「お兄ちゃん、お客様とは離れの方で話すらしいから、母屋には入って大丈夫よ。あたしは後で、お茶を出しに行くけどね」
ミアリの居ても良い場所を教えてくれる。
「お客さん、どんな人?」
「女の人よ。多分、お兄ちゃんと同じくらいの歳かな」
「『多分』?」
「フード被っててよく分からないのよ。声の感じからすると、そのくらい」
客人について話しながら、母屋まで一緒に歩く。
ハキルナは不思議だ。傍にいることが当たり前に感じる。時折思うけど、やっぱりどこかあの人に似ている気がする。…自分を捨てた人と、自分を拾った人が似ているなんて、何だか面白い。
ミアリはこっそり、微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます