ミアリー1


 姉のハキルナは今年、十五歳になった。

 兄のマリティルは二十四歳だそうだが、本人曰く『わたくしは戸籍上、生年が実際より一年後になってるんですよね。なので、表向きは一歳引いた年齢で考えてください』とのことだったので、二十三歳だ。

 ミアリは今度の秋で、一応は十一歳になる。自分の誕生日が実際にはいつなのか知らない。年齢もはっきりしない。ハキルナが拾ってくれた日を誕生日にして、マリティルがその当時、『大体六歳くらいだろう』と言ったのをそのまま採用している形だ。

 拾われた以前の記憶が無い訳では無い。

 ただ、ミアリの一族は満十歳を成年としており、その誕生日を迎える年の明けに、己の産まれた日を告げられるのだ。同じ歳の子が集められ、『その日まで、己を磨け。そして、成年したら一族に、大地に尽くせ』というような訓示を長から受けることになっている。新年早々に誕生日を迎える子もいる筈だが、己を磨く期間の短さについてなどの、その辺の配慮は多分無かったと思う。

 ミアリは、誕生日を知る前に一族を離れた。

「………」

 風が吹いている。季節は夏の終わりだが、アウスの森はこのザイカラル王国の中でも北に位置しており、暑さを感じる日は多くない。

家の近くにある低い木に登り、腰掛けた枝でミアリは神経を研ぎ澄ませていた。ハキルナはズゥングルやムクルンを捜していてあの石を見つけたと言っていた。

「んー?」

 とりあえず近場にはズゥングルたちはいないようだ。軽く首を振って集中を解く。髪を結んであったリボンが近くの枝に引っ掛かったが、すぐに取れた。ただリボンは歪んでしまった。

「ふふ」

 こういうことをして、更に放って置くから格好がつかない。分かってはいるが、ハキルナが直してくれるのが楽しみなのでそのままにしておく。それに、兄姉以外の誰かに会う予定は、特に無いのだし。

 ミアリは森の外には滅多に出ない。マリティルのように『買い物が遅い』などという理由では無く、兄姉以外の人に会うのが苦手なのだ。アウス村の人たちが良い人たちなのは重々承知している。たまにハキルナの買い物に付いていくことがあると皆、気さくに話し掛けてくれる。…自分が勝手に、この髪と目の色に引け目を感じているだけだ。

 マリティルもハキルナも気を遣って、ミアリに外出を強要しない。なので有り難くここにいさせてもらってる。代わりに家の中のことや、家の側の畑仕事は頑張るけど。

「!」

 不意に、視線を巡らせる。白い鳥が、飛んでくる。地上にいるより、今のミアリは近い位置にいる。

 手を伸ばす。少しの魔力を掌に巡らせる。

 鳥はこちらに気が付き、だけど近付いては来ない。低い位置で旋回している。

 樹上のミアリからは、家や離れの様子がよく見える。鳥の視点とも重なる部分があるかも知れない。

 離れからマリティルが出て来るのが見えた。

 兄は、先程のミアリのように手を伸べた。ただし、ミアリよりもずっと優雅に。その所作は枝の先に付いた蕾が、綻びようとする瞬間を想起させた。兄の手に触れた途端に、鳥は形を変えた。遠目には紙片が現れたように映る。

 ミアリは髪が引っ掛からないかを確認しつつ、木を下りた。その足で兄の元に向かう。

「マリティル兄さん」

 声を掛けるとマリティルは苦笑した。

「ミアリ。……駄目ですよ。人の手紙を勝手に取ろうとしては」

 やんわりと窘めるその手には、封筒がある。紙片に見えたのはこれだ。

「兄さんのところに送られてくる手紙なら、横取りなんてそうそう出来ないでしょ?」

 ほんの悪戯心で試したのだし、マリティルもそれは分かっている筈だ。だから注意する口調もやわらかいのだろうし。

 先程まで飛んでいた白い鳥は、魔術によって形成された手紙だ。そこそこ魔力があって、それを制御できる者であれば作り出せる。問題は望んだ相手のところまで飛ばせるか、である。その制御は鳥を作り出すことよりも、余程難しいとされる。下手をすると、途中で術が解けてしまい、手紙が消えてしまうこともある。また、受け取る側も魔力を持っていなくてはならない。宛先とされたか、は魔力を持つ者は鳥がある程度近付けば感知できる。そして掌に魔力を巡らせることによって、己が宛先の当人であることを示すのだ。だが、送り主が制御を怠ると鳥は別の人間の元に降りてしまうこともある。

 ミアリが魔力を示しても、鳥はちゃんとマリティルのところまで飛んで来た。結構な実力者が飛ばしたものと考えるべきだ。

「わたくしのところに鳥が来る前に、試してませんでしたか? ミアリ」

 鳥が宛先を間違えなかったのは試した後であって、故に、送り主が力のある者かの判断は出来ていなかっただろう、と言いたいらしい。

 ミアリはほんの少し、首を竦めた。

「この森に飛んでくる手紙の場合、宛先になり得るのはマリティル兄さんだけだもん。兄さんの知り合いの魔力を持ってる人は、強い人がほとんどだよね?」

 ハキルナは魔力を持たないため、鳥の手紙は来ない。ミアリには手紙が届くような知り合いはいない。

 ミアリの言い訳を、やれやれ、といった表情でマリティルは受け止めた。手紙を開けて、ここで読む気は無いらしい。

「……ハキルナは、買い物ですね」

「うん。ついでに昨日のお星様を、拾ったところに戻してくるって言ってたよ」

 並んで歩き出す。兄はゆったりと。ミアリはやや足早に。これでなんとか速度が合う。

 兄は背が高い。太っている訳では無いが、ミアリからするとかなり大きく見える。実際ミアリより頭二つ分以上の違いがある。兄は裾の長い服がさまになる。

 ハキルナに言わせると『ミアリは、同じくらいの子よりちょっと小柄だと思う』そうだ。ほんのり残念に思う。

 必ずしも、一般的であること、が良いことでは無いのだろうが、少々複雑なものを感じる。身長の、ことだけでなく。年齢や誕生日にも複雑な事情がある自分たち。

 自分たち三兄妹は世間からすると多分、特殊な家族と言えるだろうから。

「……」

 横目でマリティルを見る。…兄は手紙の送り主が誰であるか、を教えないし、その内容についても触れない。

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