アウスの森の三兄妹

@sakimi

ハキルナー1

 その日の買い物帰り、ハキルナは星の欠片を拾った。

 森の中にある家からアウス村への、いつもの道で。行きの時には見掛けなかった。

 村で買い物を済ませ、仲良しのマァサ小母さんと立ち話を少々。

「昨日ね、うちの人やお仲間が森で仕事をしてる時、ムクルンが三、四匹、じゃれて遊んでいるのを見たって言うよ」

「ムクルンが群れてたの? じゃあ…」

「ズゥングルがいるのかもしれないね。気を付けなよ。あれは大人しいけど…。……ハキルナちゃんは私が言うまでも無く分かってるか。家に専門家がいるもんねぇ」

 そう言ってマァサ小母さんは笑った。心配してくれたのは嬉しかったので、ハキルナも笑い返してお礼を口にした。

 マァサ小母さんと別れて、買い物籠を片手に森の道を帰っていく。

 小母さんの旦那さんは、樵だ。アウス村の北に広がる森は、そのままアウスの森、と呼ばれている。村の樵たちが通るだろう道は、ハキルナの家への道と途中までは同じだ。

 目を凝らす。ムクルンかズゥングルはいないものか、と。…見える範囲にはいないようだ。

 少々残念な思いで歩を進める。ふと、視界の端に何かが映った気がした。

「?」

 足を止め、しゃがみこむ。石、に見える。と言うか、どこにでもあるような黒い石だ。拾い上げる。ハキルナの掌に納まるくらいのものだ。表面はざらりとした部分とつるりとした部分がある。だが、特筆するようなところは無い。…自分はこの石の、何が気になったのだろう?  思わず首を傾げてしまう。

 まぁ、良いか。

 立ち上がり、再び家へと歩き出す。石は手の中に。これを拾って行ってもどうということも無い筈だ。

 かつてハキルナは、拾って連れ帰った子どもを『妹にする』と主張したことがある。それに比べれば石の一つや二つくらいで、兄も文句は言わないだろう。

 足取り軽く、ハキルナは家を目指す。


 家に帰ると兄は、火の入っていない暖炉の前の長椅子で、本を読んでいるところだった。灰茶色の長い髪をいい加減に括り、琥珀色の目は静かに文字を追っていた。ハキルナとは血の繋がらないこの兄はマリティルといい、魔術師でもある。マァサ小母さんが『専門家』と呼んだのは兄のことだ。離れで研究や実験をしていない場合のほとんどは、季節がいつだろうと暖炉に火があろうと無かろうと、この長椅子を己の定位置としている。

 この国の人間は、黒か濃い茶色をした髪を持つ者が多い。目の色は青か緑。実際に、ハキルナは真っ直ぐな黒髪に鮮やかな緑の目をしている。マァサ小母さんも村の人も似たような色合いだ。

 マリティルが顔を上げる。

「おかえりなさい。ハキルナ」

「ただいま。お兄ちゃん」

「買い物、お疲れ様です」

 丁寧な口調で兄はこちらを労ってくれた。そしてすぐに、本へと視線を落とした。何の本かは知らないが、多分、ちょうど面白いところなのだろう。目が輝いているのが分かる。

 昔から兄はこういう人だ。研究でも実験でも、気になったことがあれば夢中になる。

 いつだったか、兄が村に買い物に出向いた時だ。うっかりと空き家の軒先で蜂の巣を見つけて、興味津々で近付き、何時間でも観察していたことがある。その時は蜂に刺されはしなかったけれど、この辺りでは珍しく暑い日だったため、買ってあった野菜が萎れた。

 余程のことが無い限り、買い物は任せられない。だけど、夢中になっていても買い物帰りの妹には気が付く。…仕方の無い人だと思いつつ、苦笑して許してしまう自分がいる。

 長椅子に腰掛けている兄の背中側に回り込み、食事を摂る際に使う机の上に買い物籠と拾ってきた石を置いた。やはり、何の変哲も無い石だと思う。

 改めてしげしげと眺めていた時、奥の扉が開いた。

「……ハキルナ姉さん」

「ミアリ。ただいま」

「おかえり」

 数年前、ハキルナの主張が通ったために妹となったミアリは、小さく頷いてこちらに近付いてきた。今朝、編んでやった白い髪はふんわりとやわらかい。榛色の団栗眼を瞬かせ、不思議そうな顔をしている。

「どうかした?」

 いつもとは違う様子にこちらから訊くと、ミアリは机の上にある石に目を留めた。

「…姉さん。何を拾って来たの」

 ほんの少しだけ緊張した声音だった。さほど危険を感じている訳では無いようだが、どうしたのだろう。

「石よ。……多分」

 妹の様子に、ハキルナの方が自信が無くなってきたので、ぼそりと付け加えた。

「…石、だね。確かに。でも、何か…気配が」

「……。石に、気配ってあるの?」

「普通の石は、ほとんど感じ無いけど。この子は少し、分かる…かな?」

子、と来たか。ミアリは妹になったが、この石はそれに続いたりするのだろうか。石に、男の子とか女の子とかの違いはあったりするのだろうか。

 つい、考えてしまう。

「姉さんも、どこか他の石と違うって、気になったから拾って来たんでしょ?」

 それは、そうなのだが。

「あたしの場合は…お兄ちゃんやミアリ程、分かってる訳じゃないから」

「えぇー?」

 ハキルナとしては至極当然のことを言ったつもりだが、ミアリからは否定の響きが混じった声が上がる。

「何よ?」

「姉さんは充分、『分かる』と思うんだけどねぇ」

 ミアリの言葉にハキルナは肩を竦めた。そして手を伸ばして、ミアリの髪のリボンの長さを直す。濃い青のリボンは、ミアリの白い髪によく似合う。

「それは、恐らく星の欠片だと思いますよ」

 穏やかな声に、ミアリと揃って振り返る。マリティルが本を閉じて、長椅子からゆっくりと立ち上がった。

「お星様?」

 ミアリの問い掛けに、魔術師としての頷きが返る。ハキルナも聞く姿勢を整える。意外な答えだったから。

「ええ。以前、国が管理している隕石を見たことがありますが、この石から感じる気配はその時のものとよく似ています」

「へぇぇ」

「大きさはだいぶ違いますが。あれは…一抱えくらいあったでしょうか」

「ふぅん?」

「あれも魔力を帯びていましたね。空の向こうから来たものなので、大地由来の魔力とは質が違うようですね」

「おおぉ」

 感心し過ぎて、言葉がどこかに飛んで行っているハキルナである。

「魔象に因るものでは無く、自然に流れ星として落ちてきたもの、の欠片でしょうね」

「そっかぁ…。願い事を、叶えたのかしら」

 ハキルナとしては何気なく思ったことを言葉にしただけだったのだが、ここでミアリがきょとん、とした顔になった。

「お願い事?」

「うん。…あ。……えっと」

 ミアリの、この表情。妹は、知らないのだ。

「一般的に『流れ星に願い事をすると、叶う』と言われているのですよ」

 マリティルがあっさりと説明する。ミアリが目を瞬かせた。

「初めて聞いた…」

「まぁ、地方によっても色んな言われ方をしているようですしね」

 願い事を三回唱える、だとかの説明はこの際端折ることにしたらしい。

「そっか。『願い事を叶えた』って姉さんが言ったから、お星様のお願い事が叶ったのかと思ったよ」

 ミアリが無邪気に、己の勘違いを笑った。ハキルナはマリティルと顔を見合わせる。

「その発想は…ありませんでした」

「でも、そうね。星の願いも叶ってると良いわね」

 少し考え、兄に尋ねる。

「……ね、お兄ちゃん」

「何です?」

「この星の欠片、もしかしたら薬とか魔術に使えるかも知れないけど、元々在ったところに戻して来ても良いかしら?」

 魔術の素材となるものはたくさん存在する。素材となる、と決まっている訳では無くても、珍しいものを手にしたら使ってみたくなるものかも知れない。

 けれど。

 星の願い。そういうものがあるのだとしたら。この地に落ちて来たかったのではないか。落ちてくることこそ、が願い事だったのではと。…そんな風に思ってしまった。

 ハキルナの考えに気が付いたのか、兄が微笑む。

「ええ。ハキルナの好いようにしなさい」

 ハキルナは大きく頷いて、次いで妹を見遣った。

 兄とこの子に、ここにいてほしい。それは自分の願い。二人の願いはどんなものかしら? 自分はそれを叶える手伝いは出来る? 

 己に問うて、一旦、置いておく。

「さて、夕ご飯の準備をしなくちゃね」

 夕食は基本、皆で作る。

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