第21話 何が起こった!?
ロドス州州都にある大陸横断鉄道の駅舎はギリシャ建築を現代的にしたような重厚で美しい建物だった。
(ここが駅? なんか国会議事堂とか博物館みたい)
駅に入って無意識に券売機を探していたが、そんなものあるはずがないことに気づいて切符売り場の窓口を探した。
平日でもそこそこ混雑している構内を歩き窓口に並ぶ。
「めちゃくちゃ人多いー」
「ホントにね。バケーション期間に入ったからみんな旅行に行くのね。私たちみたいに」
なにやら前に並んでいる女性2人組が話している。
(そっか今はバケーション期間か。診療所は日曜以外は開けてるから忘れてた)
私にはそんなに混んでるとは思わないけど、それは日本の通勤ラッシュに慣れているからだろう。
会話を盗み聞いている間に窓口の順番が回ってきた。
「ウィルド・ダムの大森林に行きたいんですが、どうやって行ったらいいですか?」
行き先をウィルド・ダムに決めた時から、私はいつか出会った獣人のお兄さんの故郷のあたりを目指そうと思っていた。どこに行ってもいい旅だけど、目的地をある程度絞らないとさすがに動きにくい。それにウィルド・ダムなら私を知る人はさすがにいないだろう。
「ウィルド・ダムですか!? っ……少々お待ちください」
窓口のお兄さんは慌てて奥に引っ込んでしまった。
そして待つこと数分。
「お待たせいたしましたっ! ウィルド・ダムへはこの鉄道でジルタニア北西部のソメレン駅まで行って、バスに乗り換えて国境検問所に行けばそこからウィルド・ダムには入国できるみたいなんですが、なにぶん大森林へはほとんど人が行かないような場所なので、ちょっとそれ以上のことは分かりかねます……」
大森林と呼ばれているだけあって交通手段もないような田舎なのかもしれない。
「それじゃあソメレン駅までの切符をください」
「かしこまりました」
三等車でも切符代はそれなりに高かった。まだまだ列車旅は贅沢なのだろう。
列車の出発時刻は8時。ハリス先生からもう使わないからと貰った懐中時計を開くと今は7時半。
(初めての場所だし早めにホームに行こう)
ホームの売店で買ったサンドウィッチを片手に列車に乗り込み、私はロドスから旅立った。
◇
昼過ぎにサンドウィッチを食べて水筒の紅茶を飲み、私はうとうとしていた。窓の外は延々と続く田園地帯。緑の草原が生い茂り、たまに羊かヤギが草を喰む姿が見られる。延々と続く同じような風景。変化のなさが眠気を誘う。
早めに車内に乗り込んでいた私は、2人掛けの座席を進行方向に向かって左の窓側に座ることができた。
(長旅だから酔ったら嫌だし。こっち側に座れてよかった)
隣の通路側には70代くらいの女性が、正面にはまだ誰も座っていない。
ロドス駅を出発してから5時間。
(今はどの辺りなんだろう?)
スマホもなければGPSもない。今がどこかは止まった駅の名前を確認するしか方法がない。もっともその駅名も主要都市の名前を冠したものしか分からないが。
列車がどれくらい進んでいるかは到着予定時間の午後11時からなんとなく予想するしかない。
「お嬢さんはどこまで行くの?」
頬杖をついてぼんやりしていた私に話しかけたのは隣のおばあさんだった。
「えっと、ウィルド・ダムまで」
「えぇっ!? 獣人の国!? そんなところまで何をしに行くの?」
「あー……ちょっと用事があって」
そんなところ、という表現に何気ない差別意識を感じて少しモヤっとする。
「そうなの。私は隣の州に住んでる娘家族に会いに行くのよ」
「楽しみですね」
「えぇ! 1年ぶりかしら。孫娘もきっと大きく____」
ドン! と爆発のような音とともに列車が急停車したのか私は前の座席に吹っ飛び押しつけられた。それから左右に激しく揺さぶられる。
「っあぁ!」
「きゃあぁ!」
「うわあああ!」
あちこちで悲鳴が上がる。
激しい振動で自分がどうなっているのかわからない。
上から何かが降ってくる。
棚に上げた荷物か。
どうなってる?
私はどうなった?
衝撃が収まって、私は座席の背もたれに手をついて起き上がった。
列車が急停車したようで前方に飛ばされたらしい。前に人が座っていなくてよかった。
幸いにもうまく受け身が取れたようで、腕や体をどこかにぶつけた感覚はあったが怪我はなさそうだった。
立ち上がると隣に座っていた女性が下でうずくまっているのが目に入った。
「大丈夫ですか!?」
「うぅぅ……」
どこかを痛めたらしい。応答できないほどに痛がっている。
「行使:
浮かび上がったのは体内の画像、そして腹腔内出血の文字。
「行使:
「っ……、あぁもう大丈夫みたい。ありがとう」
おばあさんの治療を終えた私は立ち上がって辺りを見回した。他にも怪我人がいるかもしれない。
車内は騒然としている。不安そうに周囲を見る人、同乗者と肩を寄せ合う人、痛めた体をかばうようにする人……。
私は荷物が散乱した通路を慎重に歩いて重傷者がいないかを見た。
私は頭を打ったらしい人、痛みで動けなくなっている人に
そうしながらある言葉が頭に浮かんだ。
(トリアージ……)
ものすごい爆音だった。その発生源ではここよりもっと大変なことになっているのではないだろうか。とすればもっと多くの患者がいるかもしれない。魔力の配分を考えて患者をトリアージしながら治療しないと助けられる患者も助けられなくなる予感がした。
(行かなきゃ……!)
一刻を争う患者を探しに行かねば。
しかし列車は停止したままドアが開く気配はない。このまま救助が来るまで開かないかもしれない。そしてそれを待っている時間はない。
「すみません! 扉を開けたいので手伝ってください!!」
なりふり構わず声を張り上げた。
「お嬢ちゃん、ヘタに動かないほうがいいと思うぜ?」
黙殺されたらどうしようかと思ったが、答えてくれる人がいた。
「私は治療魔法師です。怪我人を治療しなければなりません」
すると私の声を聞いた他の乗客が口々に自身の怪我を訴え始めた。
「俺は腕を思いっきり打って痛いんだ。診てくれ!」
「私は足をひねったみたいなの!」
「こっちは腕を脱臼したみたいだ」
乗客たちが詰め寄ってくる。
気持ちとしては全員治してあげたいが、今はそれはできない。
「今は命に関わる怪我人が優先です。行かせてください!」
必死に訴えた。車内が静まり返る。そして誰かがボソリと呟いた。
「他の車両はもっと大変なことになっているかもしれないわ……。行ってあげて!」
その言葉で一気に空気が変わった。
「よっしゃ! ドアを開けよう! そっちの人、手伝ってくれ!」
「わかった」
「頑張ってきて!」
「オネーちゃんかっこいい!」
せーの、と息を合わせ男性数人がかりで左右にドアがこじ開けられた。
「ありがとうございます!」
「おう! 俺も先生についていくぞ。何か助けになれるかもしれんからな」
「そうだな。人手はあって邪魔になることはあるめぇ」
その申し出はありがたく、心強かった。
「行きましょう」
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