第15話 救急搬送
「はい、終わりました。痛みはどうですか?」
「あぁ、もう痛くないみたい! 先生、ありがとうございます」
私はこのおばさまの足の治療を終えたところだった。
女性は家の階段から転げ落ち運悪く足を骨折してしまい、家族に付き添われてこの救急にやってきた。
「
私は笑顔で帰っていく女性を見送った。
私はこの瞬間がとてつもなく好きだ。人の役に立てた充足感で胸が満たされる。
その余韻も束の間、ジリリリリ! と救急外来入り口のベルが鳴らされた。
私はすぐにストレッチャーを持ってきて、ハーヴィー先生と入り口へ駆け出した。
外へ出るとすぐに救急車が停まっているのが見え、私はストレッチャーを救急車の開口部に寄せた。
車内には寝台に横たわった60代くらいの男性と付き添いの女性、そして白衣を着た医師らしき男性が乗っていた。
患者さんは胸を押さえ息が荒く、痛みが激しそうだと見てとれた。
「治療魔法師のベンダーです。この男性が胸の痛みを訴えて当院にいらっしゃったので
ハリス先生のもとで学んできたからつい失念してしまうが、治療魔法師全員がハリス先生やハーヴィー先生のようにハイレベルな治療魔法を使えるわけではない。私が負っていたような頭蓋骨骨折や内臓損傷など命に関わる病状は魔力や魔法技術とセンスが必要で、自分の手に余ると判断すれば応急処置だけして、ここのような救急のある大きな病院に送ることがあった。
「分かりました。すぐにストレッチャーに乗せて治療室へ」
3人で男性を運び、先生は改めて
「冷や汗に激しい胸痛、血圧の低下と脈拍の上昇もあり、画像診断でも確かに心筋梗塞だ。すぐに治療に取りかかろう。行使:
先生は男性の腕に触れ、魔法の行使を始めた。
「夫は、夫は大丈夫なんでしょうか!?」
奥さんが先生に詰め寄るが、先生は答えられない。魔法を使っている間は相当に体力と集中力を使う。難しい病状なら特にだった。
私が代わりに説明すべきかと一歩出る前に、同乗してきた男性医師が引き受けてくれた。私は男性医師と奥さんを座れるように待合室に誘導した。
「旦那さんは心筋梗塞という、心臓に血液を送る血管が詰まってしまう病気です。今治療をしていて、終わるまで30分以上はかかります。その間に病状が悪化してしまったら助けるのは難しいと言わざるをえません」
「そんなっ!」
奥さんは両手で口を覆い、ショックと夫を失うかもしれない恐怖で震えていた。
私はせめてもと、その背を撫でた。その不安が和らぐように、どうか助かりますようにと祈りながら。
「……夫はどのくらいの確率で助かりますか……?」
奥さんは震える声でぽつりと言った。
「……なんとも言えません。不整脈や心室細動と言って心臓に問題が起こり体に血液を送り出せなくと非常に厳しくなります」
「……っ、そうですか」
下手な慰めも無責任に希望を与える言葉も言えない。命を脅かす病魔の前では私はもどかしくも無力だった。
沈黙の待合室で奥さんの背中をさすったり、気分が悪くなったりしていないか様子を見ながら治療が無事に終わることを祈ること20分。ハーヴィー先生が治療室から出てきた。
その時間の早さで、私は無情な結果を悟ってしまった。
「先生! 夫は……!?」
「残念ながら力及ばず……。申し訳ありません」
縋りつく奥さんに、先生は深々と頭を下げた。それから治療室にいる旦那さんのところへ案内した。
もう二度と目を覚ますことはない旦那さんに覆い被さるようにして悲痛な声をあげて泣く奥さんが、私の余命を知った時の母と重なり涙を抑えられなくなった。
前世の記憶と重ねてしまう自分はまだ、自分の死を乗り越えられていない気がした。
救急外来から患者さんを安置室に送り、手を合わせてその部屋を出た。この国で死者を悼む時は目を瞑り頭を少し下げる。手を合わせる習慣はない。それでも私はそうしたかった。
(何もできずにごめんなさい)
許しを乞うように。
それからふと考える。あの患者さんはどこかの世界に生まれ変わるのか。それとも死んだらそのまま。ただ消えてなくなるだけなのか。それならどうして私は今ここにいるのか。私と彼との違いは何なのか。
明日も生きていく人と今日で終わってしまう人。老いも若きも無差別に。
誰が決めるのか。
勝手に決めるな。バカヤロウ。
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