第7話 占いの館
「劇場通りの繁華街に『前世がわかる』って評判の占い師がいるの知ってる?」
ハリス先生の家で夕ご飯を食べている時、マリーさんが唐突に話し出した。
「いえ、知りませんでした」
「周りでも友達とかけっこう行ってみたって人がいて、私も行ってみようかなって。ナオも興味ある?」
「こら、ナオに変な店を教えないでくださいよ」
先生が窘める。けれど私は少し興味があった。
(本物かどうか確かめてみよう)
ちょっと意地の悪い好奇心が疼く。
「ぜひ教えてください」
こうして店の場所を聞き、休みの日に『勉強の気分転換』だと言い訳をして家を出た。
店はこの街の繁華街にある。ここからはバスに乗って行かねばならない。
家からは商店街や診療所とは逆方向に歩く。5分ほど行ったところに『グリーンパーク』という大きな公園があり、バスの停留所はそこに設置されている。
私はそこからバスに乗り、6つ目の停留所で降りた。初めて来た場所だったが、少し歩くだけで大人の街だということがわかった。そこには酒場から賭博場、演劇場やバーレスク劇場までが立ち並んでいた。
私はマリーさんに書いてもらった地図を頼りに占いの館を探す。地図には店の周辺にある特徴的な店が書き込まれており迷わずたどり着けた。
3階建ての建物の地下へ続く階段の前に『占いの館 バタフライ』と書いてある看板が置いてあった。
(間違いなくここね。怪しさ満載)
私は若干気後れしたものの、せっかくここまでバスに乗って来たのだからと階段を下り、先にある黒い扉を押し開けた。
中は暗くしばらく目が効かなかったが、慣れると正面に衝立があるのが見えた。その向こう側へ足を進めると、狭い部屋の中央に机と、無言で座っている人物がいた。全身を黒いマントで覆い顔は見えない。
私はそのあまりの気配のなさにビクリとして後ずさった。
「どうぞ、座って……」
声も男とも女とも判別できない調子だった。ただ若干話し方がたどたどしい気がした。
雰囲気に呑まれ、私は言われるがまま対面に座る。
「ここはどういう店か知って……?」
「えぇ、はい。前世が分かるって」
「なるほど、それを知りたいと……。分かりました……。料金は先払いで……」
私は言われた金額をテーブルに置いた。
「では机の上に手を置いて……」
私はおそるおそる手を差し出した。するとマントの人物が私の手に手を重ねる。
(回復魔法を使うみたいにするのね)
重ねられた手がじんわり温かくなった。ただそれ以上は何も起こらず無言の時間だけが流れる。私はどうすることもできず、相手がアクションを起こすのを辛抱して待った。
そして、
「あなたは……病気で亡くなった……」
言い当てられ背筋が凍った。
「それから……今のあなたは殴られ蹴られ……1度死んでいる……」
確かに私がこの世界で目覚めた時、この体は満身創痍だったが__
「どういうことですか?」
「死神が悪さをした……死んだあなたは、新しく生まれ変わるはずだった……それなのに、打ちのめされ、魂の死んだこの体に、死神があなたの魂を入れた……」
にわかには信じられない話だった。そんな話がさらに続いた。
「あなたの魂は、死神の影響を受けた……。きっと他人とは違う能力がある……」
得体の知れないものの前に、私は体が震えそうになった。
(この人は一体何者!?)
「私は……治療魔法で患者さんの病名が分かります。そんな人は他にはいないようです」
「死神は、人間の死期が見える……その能力の影響……」
衝撃的だが、妙に納得してしまう。
まさか私の能力が死神なんていう非現実的なモノの影響だったなんて__
「私は、どうなってしまうんでしょう」
「どうもしない……」
「どうもって……私また死ぬんですか?」
「人はいつか死ぬ……。寿命のままに……」
それは死神のせいで早く死ぬことはないと考えていいのだろうか。
「私の魔法の能力も死神の影響……」
「えっ、それじゃああなたも生まれ変わってこの世界に!?」
「そう……。ようやく会えた、私の仲間……」
この人は自分と同じ経験をした人間を探すためこの占いの館をしていたのだろうか。誰にも理解されない苦しみを癒やすため__
「あなたの前世は……?」
「あなたとは知り合いではない」
ぴしゃりと言われてしまった。
「じゃあ……どうしてこの体の元の持ち主が死んだのか分かりますか?」
「分かるのは、少し。……悪さをした。とても重大な。しかも何度も」
体がヒヤリとする。とても重大な悪さってなに? 殺人? 強盗? そのせいで死んだの?
(だとしたらとんでもない。犯罪者じゃない!)
今すぐ別の体に魂を移し直して欲しい。
死神がやった? 本当なら全力で責任を追求して出るとこ出て争いたいくらいだ。って非実在人物相手に何を考えてるんだか。自分でツッコんでしまうくらいには動揺している。
「あなたは治療魔法師? 前世は医者じゃないはず……」
私の動揺をよそに占い師は話を進める。
「えぇ、この世界に来てから見習いになりました」
「何カ月?」
「こちらに来て8カ月、見習いは半年になります」
この人の言葉はところどころ分かりにくいので自分なりの解釈をする。
「ジルタニア語が上手い」
「? 言葉は最初から問題なかったので」
そう答えると、どうしたのかマントの人物は黙りこくってしまった。
私はまた気まずい時間に耐えた。
そして、しばらく待って発された声は憎悪に満ちたものだった。
「ずるい……。言葉が分かって、まともな仕事をしてて……しかも綺麗な顔……!」
マントの人はいきなり立ち上がり、私は顔をわし掴まれた。
「なんであなただけ!!」
その勢いでその人のフードがはらりと落ち、顔が見えた。その半分は焼けただれ歪んでいた。
私は息を呑んだが声を上げたりはしなかった。診療所ではそういう患者さんも運ばれてくるから。そしてただ残念に思った。私は何もできない。なぜなら怪我から時間が経って固定されてしまった傷には魔法が効かないのだ。
私が怯まなかったからか、その人は語気を弱めぽつりと言った。
「……帰って……」
かける言葉は見つからず、私はその場を後にした。
生まれ変わったと思ったら知らない人間になっていて、顔は損なわれていて言葉も分からない。さぞかし苦労を重ねて生きてきたに違いない。運命が違えば私があの人だったのかも。
(死神が悪さをしたって? 本当ならなんてことするのよ! さすが死神、神も仏もあったもんじゃない!)
私はやり場のない怒りを抱えながら帰路についた。
その後、いつの間にかあの占いの館はなくなったと風の噂で聞いた。
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