第12話 いただきます

「本日はようこそおいでくださいました、警察のお二方で間違いないですね?」


 目的地に到着し、乗富さんの運転する車と別れを告げると、降りたところにあったのは銀色の建物。

 日光に当たり輝いているその建物が眩しく感じられる中、俺と錦ちゃんの2人に声をかけてくださるのは、首から社員証をかけたスーツ姿の男性であった。


「私はこの工場の工場長を務めております、米倉仁よねくらまさしと申します。話は先に聞いておりますので、どうぞこちらに」

 工場長である米倉さんに連れられるようにして、歩いていく。米倉さんはその間何も喋らなかったので、俺達2人も無言で付いていった。


 カトラリー工場──とは聞いていたが、工場と聞いて想像するような、社会科見学で見たことのあるような大量の機械が動いて作業をしている──といった場所ではなく至って普通の廊下を通っていた。


 そして、廊下の途中にあった一つの部屋の前で米倉さんは足を止める。

「今回、お二方は警備スタッフのアルバイトと言う形での潜入捜査だと聞いております。ですので、この部屋で警備長をお待ちください」


 そう言われると、一室の扉が開かれる。そして、部屋の中には──


「南無阿弥陀仏ゥ...南無阿弥陀仏ゥ...南無阿弥陀仏ゥ...」


 そこにいたのは、両手で何か仏像のようなものをギュッと握り、ブツブツと何かを唱えている男性であった。椅子に座り、伏せるようにして祈っているようなのでその顔までは見えなかった。


「──えっと、すみません……貴方は?」

 俺が声を掛けると、その男性はピクリと肩を震わせる。そして、こちらの方を見る。大体30代後半くらいの顔つきで、辛木さんよりも全然年上な気がする。髭はキレイに剃られており、身なりはそれなりにダンディだと言えるだろう。だが、如何せん心に余裕が無さすぎる。

 錦ちゃんも、目の前にいる変人にびっくりしたのか俺の背中に隠れてしまった。

 ここは、俺が話しかけるしかないだろう。


「俺は操神遊翼あやがみゆうすけ。警備スタッフのアルバイトで来た。君は?」

 俺は、自分の名前とアルバイトのことを口にする。もしかしたら、一般人かもしれないからだ。

 でもまぁ、こんな変人───いや、宗教熱心な人が一般にいるのかは不明だ。


「──操神あやがみゆう……すけ。〈ANTIDOTE〉か?」

 どうやら、その男性は俺達のことを知っているようだった。〈ANTIDOTE〉のことまで知っているのであれば、俺達の味方だと考えるほうが妥当だろう。


「はい、そうです」

「──本当か!?よかった、安心したぜぇ……到着が11分と46秒遅れていたからどこかで肉叉笹宗にくさささむねによる襲撃を受けて死んじゃったんじゃないかって心配で心配で!遅刻なんて現実的に考えて有り得ないからよぉ!」

「すいません、道路が混雑してて」

 その男性は、安堵したのか俺達の方へと近付いてくる。勝手に死んだことにされているし、ナチュラルに遅刻してきたことを批判してきたのでカチンと来たけれども、今回の任務を一緒に行うであろう人物だったので仲良くすることにした。


「──それで、アナタは?」

「おっと、スマン。自己紹介が遅れた。俺の名前は扉音三十三とびらねざむざ。〈JAILジェイル〉所属の35歳。『永遠の二番手セカンドパートナー』という二つ名は気に入らないからそれで呼んだら現実的に考えてキレる。だから、ザムザと呼んでくれ。よろしくお願いする」

 扉音三十三とびらねざむざと名乗るその男性は、何らかの彫刻を左手で握りながらそんなことを口にする。


遊翼ゆうすけ君。君は今日が初任務だと聞いている。あ、先に座ろうか」

「はい、そうです。今日が初任務」

 俺と錦ちゃんの2人は、ザムザの座る場所と反対側の椅子に座る。


「だから俺が派遣された──というわけか。うん、現実的だね。完全に理解した。それで、そっちの女の子は何ちゃんだい?俺は遊翼ゆうすけ君って子が新入りとしか聞いて無くてね」

「……蛇ノ目錦じゃのめにしき

「錦ちゃんか、ありがとう。と、そうだ。遊翼ゆうすけ君。君は、そもそも〈JAILジェイル〉について知ってる?」

 俺はその質問に対して、静かに首を振るう。


「まぁ、知らないのも現実的に考えて仕方ない。初任務だしな。〈JAILジェイル〉っていうのは、端的に言うのであれば公安の協力者としてのみ施設外に出て行動を許されている人のことだ」

「適性試験には落ちたんですか?」

遊翼ゆうすけ君が考えていることとは微妙に違う。答えはNOだ。俺は受かった」


 ザムザはそう口にすると、隣の椅子に置いてあったリュックサックからメモ帳とペンを取り出し、何かを書いている。


「まず、〈ANTIDOTE〉に入れるかどうかで適性試験があります。それに不合格なら、独房送りだ。どこの組織にも入れない。殺人未遂犯を逮捕するようなもん。それはOK?」

「オッケーです」

「んで、次が〈JAILジェイル〉の説明になるんだが、〈JAILジェイル〉は適性試験に合格して、晴れて〈ANTIDOTE〉の仲間入りをしたものの、任務中に毒暴走アポトーシスを起こした人が行く場所だ。現実的に考えて、一回でも人を殺す可能性があるような毒暴走アポトーシスに陥った人は信用ならないよな。それが俺達〈JAILジェイル〉だ。まぁ、細かいことを言うと毒暴走アポトーシスを自発的に行って覚醒している人もいるんだがな。正確に言えば、毒暴走アポトーシスを使用して敵味方の区別が付かなくなったら、制御が効かなくなったら〈JAILジェイル〉落ちだ」


「上がることは出来ないんですか?」

「できるよ?年に2回、〈JAILジェイル〉の中で一番安全だとされた人が〈ANTIDOTE〉に戻れる」

「そうなんですか……あ、もしかして『永遠の二番手セカンドパートナー』って?」

「うっせぇな、そうだよ。毎回2番目に安全とされるから一向に俺の番が回ってこない。もう35だぜ?地下3階でいつまで婚期逃せばいいっての」

 そんなことを口にしながら、椅子の背もたれに寄りかかるザムザ。


「───と、そうだ。ザムザさんは何の【中毒者ホリッカー】なんですか?」

「さんは付けなくていいぜ。そして、それ聞いちゃう?【中毒者ホリッカー】において、何の【中毒者ホリッカー】であるのかが命に関わる情報なんだぜ?」

「だから聞いているんですよ。共に命を賭ける仲間で、手助けをしてくれるんでしょう?」

「──純粋だな。こんな歳になるとそんなこと口にできねぇ。歳を取るってやなもんだな」


 そんなことを口にしながら、ザムザは乾いた笑みを口にする。そして──

「千手観音。俺は、千手観音をこよなく愛する千手観音の【中毒者ホリッカー】だ」


 ザムザは、そうやって嬉しそうに口にする。

 ザムザの手の中にいた木の彫刻作品が、木造千手観音菩薩立像の模型であるとわかるのに、長い時間は必要なかった。


 ***


「──以上が、警備スタッフの主な仕事だ。わかったかい?お二人さん」

「「はい」」

 俺とザムザの2人は、警備長に仕事の内容を教えてもらった。

 職務内容としては、施設内の巡回やモニターの監視、異常有無の確認であった。

 車両出入時のゲートバー遠隔操作などの業務もあるらしいのだが、それはアルバイトの俺達がすることでは無いらしい。


 だから、俺とザムザは施設内巡回とモニターでの監視の二手に分かれて、肉叉笹宗にくさささむねのことを探すことにした。

 ちなみに、錦ちゃんは蛇の姿を駆使して施設内の監視をしてもらっている。一度狭い隙間に入り込んだら、もう錦ちゃんの姿はいなくなってしまった。


 俺が徘徊して危うく戦闘になったら危険だ──などと、戦闘には自身があるのかザムザが施設内巡回を志願し、モニターでの監視は俺が担当することになった。


「汚い...警備長、ここは自室じゃないんだぞ?」

 モニター室の中には、空になった缶コーヒーの缶であったり、空のペットボトルであったりと見るからにゴミであるものが置いており、俺は眉をひそめる。

 きっと、警備長は掃除をしていないのだろう。ゴミ箱はどこにあるだろうか──などとモニター室の中を探してみても、そんなものは見当たらない。


「──まぁ、ゴミ箱があったらこんなところには放置しないか」

 俺は、そんなことを口にして置いてあった椅子に座って16分割されている画面の中に肉叉笹宗にくさささむねがいないか探してみる。だけど、見つかりはしなかった。


 そして、1時間ほど画面とにらめっこをする。

 もしや、ザムザはただこの画面を見つめているだけなのが暇であることを知っていたから、巡回を選択したのだろうか──などと完全に飽きた俺は思っていると、モニター室の扉が叩かれる音が聞こえる。


「あ、ザムザのやつやっと戻ってきたな」

 俺はそう口にして、扉を開ける。その瞬間───


「───え」

 俺の右頬を擦れるのは、銀色の冷たい金属。擦っただけで、そこから紅い血が漏れ出て、痛みが主張を開始する。


「もうオレに怖いものはない。アナタのお命、いただきます」


 そこにいたのは、水無月さんから貰った資料に写真が貼ってあったがために見たことのある、工場作業服を身に纏ったフォークの【中毒者ホリッカー】───肉叉笹宗にくさささむねであった。




 

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