第11話 潜入任務
「いやぁ、無事に協力を取りつけられてよかったね」
長く空虚な通路を、水無月は歩く。
ここは東京警察病院に併設された研究棟。
世間一般には秘匿にされている、【
「これでひとまず、遊翼君と錦ちゃんの任務は安泰だ。『彼』のサポートがあれば、大体のことは何とかなるだろうからね」
「……良かったんすか。謹慎中に」
「良かったも何も、大事な部下のために如何なる時もバックアップを請け負うのが、上司の役目ってものだろう? それに、〈
白い部屋——否、「監獄」の横を水無月は通り過ぎる。
彼女らのいる地下三階に隔離・収容されているのは、比較的
公安第五課〈
「いくら謹慎中とはいえ……あの子たちのために、できることはやっておきたいんだ。わかるだろう、辛木君」
「……謹慎中くらい休んだらいいじゃないっすか」
「そういう君もね」
軽口を叩き合いながら、二人は警視庁本部に戻るべくエレベーターを目指していた。両脇に並んだ小さな部屋には、強化ガラス越しに各々の「中毒」にのめり込む【
と、そんな二人の前に現れたのは。
「——よう、奇遇だな。お二人さん」
後ろでまとめられた黒髪に、伸びた顎髭。
ダンディかつアンニュイな雰囲気を纏うその男性は、白衣に片手を突っ込んだまま水無月たちの前に現れた。もう片方の手には一本のフォークが握られており、照明を反射して鈍く輝いている。
水無月は少しばかり顔をしかめて、
「……ご無沙汰してます。
水無月の挨拶に、毒嶌と呼ばれた男は「おう」と短く返した。
彼の名は
日本における【
「最近はお前らも忙しそうだな」
「ええ、まあそれなりに——」
水無月は何気なく視線を逸らし、彼の手元のフォークに目をやった。毒嶌と呼ばれた男はそれに気づき、指で少しフォークを傾けてみせる。
「今はフォークの【
「
「ほう、そうだったか。それじゃあお前らは……っと、ああ、例の件で謹慎中だったか。すまない、悪気はなかったんだ」
毒嶌はそう言ってフォークを懐に仕舞うと、近くの自販機で缶コーヒーを買い、プルタブを引き起こした。気だるげな目でそれを一口啜ると、彼は静かに口を開く。
「例の
「……というと?」
「
淡々とそれだけを語り、毒嶌はコーヒーを飲んだ。
しかしその後に訪れた沈黙を破るように、辛木は、
「それで、あんたは結局何が言いたいんだ?」
「? そりゃあ——」
「あの件は本当は俺たちのミスなんかじゃなく、すべては
「辛木君」
言葉でまくし立てる辛木を、水無月が手で制す。
水無月は至って冷静に、毒嶌を見てこう言った。
「お気遣いには感謝しますが……例の件については、私たちの方ですでに整理がついています。いくらあなたの高尚な仮説で飾り立てようと、過去は過去でしかないんです。慰めなら要りません」
「……そうか。そうだな。すまん、悪い癖だ」
頭を掻き、毒嶌はコーヒー缶を捨てた。
そして水無月たちの去り際、
「水無月」
そう彼女を呼び止めて、彼女の持つ黒い傘を見た。
「まだ、そんな傘を使ってるのか?」
水無月が振り返る。
彼女は薄い笑みを浮かべ、言った。
「ええ。大事に使っていれば、意外と壊れないんですよ」
◇◇◇
ことの発端は、三日前。
金属加工業者の代表取締役を務める
犯人の候補として捜査一課が洗い出したのは、五人の周辺人物。ただその中に、妙な人物がいるということで俺たち〈
その男の名は、
フォークの【
(マジで大丈夫なのかよ、今回……)
流れゆく景色に、ただ不安だけが煽られる。
俺は
(殺人容疑のかかってる【
今回の任務内容は、カトラリー工場で働く
こうして思考を回している間にも、現場は少しずつ近づいてくる。
と、不安に駆られる俺に気付いたのか、
「……何か、ご心配ですかな?」
ルームミラー越しに、乗富さんが訊ねてきた。
しばらく沈黙が続いていたので、俺ははっと我にかえる。
「はい、まあ……任務のことで少し」
「はは。操神さんは今回が初任務ですからね。不安に思うのも仕方のないことでしょう」
笑い事じゃないんだけど、と心の中で反発する。
すると乗富さんは言葉をついで、
「ですが、今回はお仲間の力を信じてみるというのはいかがでしょうか。お隣の蛇ノ目さんは長らくこの部隊での任務を請け負っておりますし、こういった隠密行動では失敗知らずですから」
「でも……」
女の子、しかも年下の少女ひとりをそこまで信頼しきっていいものなのかと、俺は隣にいた彼女を見る。
しかし視界に飛び込んできたのは、一匹の蛇だった。
「——うああああああああああああ!?」
思わず座席から跳ね上がった。
錦ちゃんの細い左腕は一匹の蛇に姿を変え、俺の方に舌を伸ばしている。もちろんそれはパペットの類ではなく、正真正銘本物の蛇だ。
「しゃー」
半開きな目を細め、錦ちゃんは無邪気に俺をからかってみせる。この「変身」もやはり……彼女の
「びっくりした……」
「ゆうすけ、面白い」
「はっは。気に入られたようですな」
肝は冷えたが、まあこれも彼女なりの親愛(?)のサインと受け取っておくことにする。というか、俺はまだ錦ちゃんについて知らないことが多すぎるのだ。
と、乗富さんは話題を変えて、
「そういえば……今回捜査対象になっている【
「……変化?」
「ええ。中毒対象に体の一部または全体を変化させることのできる、基本的な
「ん、なかま」
そういうことも有り得るのか、と感心しつつ、俺は手元の被疑者情報に今一度目を落とす。
AUS(推定):【指先をフォークに変える能力】
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