第8話 適性試験・破

「──と。資料の情報曰く、被疑者はここに住んでるはずなんだが……」


 都内某所。

 警視庁から警察車両で40分のところにある民家の前に、俺と天喰の2人は立つ。

 コンクリートで建てられた普通の一軒家で、住宅街にあるその家には、確かに人が住んでいる雰囲気があった。


 俺が水無月さんから渡された「被疑者FILE.14」の中に記載されていたのは、三宅晴道みやけはるみち

 年齢25歳の男性であり、顔全体が濃褐色に日焼けしていることが写真を見たらすぐわかる。

 身長は180~190cmなどと書かれており、俺よりも二回りほど大きいようなので、少し不安になる。

 暴行罪に問われているので、最悪の場合戦闘になるだろう。というか、そっちの可能性の方が大きい。


「どうした?そんな暗い顔をして。まさか第九魔王アヴァンギャルディッシュの使用する陰魔法──」

「えっと、なんて名乗ればいいんでしたっけ?」


 今は適性試験中だから、天喰のお巫山戯に付き合っている余裕も時間もない。

「ん、先輩の会話を遮る。−1」

「ひどい!」

「先輩に口答え。−1」

「えぇ、俺はどうしたら正解だったんですか?」

「すぐに答えを聴こうとする。−1」

「──」

「黙り込む。−1」

「これは独り言です。一体、俺はどうすれば!」

「独り言を口にして、先輩を会話に入れてくれない。−1」


 無限減点ゾーンに入ってしまい、俺はどうすることもできなくなる。

 このまま行けば不合格だ。理不尽に減点され続けるこの時間を止めなければ。


 とりあえず俺はインターホンを押して、被疑者である三宅晴道みやけはるみちが今もこの家の中にいるのか確認する。

 というのも、まだ被疑者だ。現行犯でない以上、強制的に入って引っ捕らえる──などという方法は取れない。


 俺は、緊張しながら相手からの返事を待っていると──


「……はーい」

 インターホンごしに、そんな気だるそうな低い声が聴こえてくる。


「警視庁公安部公安第五──」

「け、警察っ?」

 インターホンから、そんな驚いたような声が聴こえてくる。この焦りよう、完全に素人の俺でもクロに見える。


「──天喰、これ思う?」

「先輩にタメ口。−1」

「──あぁ、もう。天喰先輩、これどう思います?」

「心の距離が感じられる。−1」

「どうすればいい──あ」


 永遠に理不尽な減点をしてくる天喰に合わせる方法を、俺は思いつく。


「同胞よ、此奴のことを貴様ならどう見る?」

「適性試験ですよ?集中してください」

 失敗。減点ではなく注意で済んだから不幸中の幸いだと言えるだろうか。


 ───と、そんなことを思っていると、三宅晴道みやけはるみちとは違う人物が、扉を開ける。


「えぇと……警察さんが何のご用でしょうか?」

 そこにいたのは、年老いた女性。腰を曲げた白髪の老婆がゆっくりとその扉を開けたのだった。


「はい。警視庁公安部公安第五課の者です。今回は、三宅晴道みやけはるみちさんに用があって」

「晴道に?お話、長くなりますかねぇ?」

「はい。そうなることが予想されます」

「そうですか……。では、中にお入りになられてください……」

 老婆は、どこか覚悟を決めたかのような顔で俺達のことを案内する。俺は、チラリと天喰の方を見る。

 すると、目があったのでお互いに頷いて、三宅晴道みやけはるみちの自宅へと突入する。


 そして、俺達がリビングに案内されると──。


「クソッ、おふくろ...なんで玄関開けちゃうんだよ!」

「客人を入れないだなんてできないわよ、晴道に用があるんですって」

「──クソが」

 そこにあったのは、先ほど扉を開けてくれた老婆のことを「おふくろ」と呼んだ、家の壁をダンッと叩いて悔しがるような表情をした三宅晴道みやけはるみちの姿であった。


「自首します」

「──え」

「もう駄目だ。自首します」

「自首って……晴道、何か悪いことしたのか?」

「──うるせぇ、おふくろは黙ってろ!俺の客人だ!」

「はいはい、わかりました……」

「自首します。同行にも同意します。だから、ここでの話はしないでください」

「──先輩、どうします?」


 俺は、少し拍子抜けだった。

 なにせ、一昨日ははるポンが毒暴走アポトーシスを起こして大量虐殺を行っていたのだから。

 今日の適性試験も、そんな危険な場所に飛び込まされると思っていたのだから。


「──同行に応じるのであれば、それに越したことはない。このまま連れて行くよ」

「わかりました。三宅晴道みやけはるみち、外に出るぞ」

「──あぁ」


 俺と天喰は、三宅晴道みやけはるみちの弱々しい返事を聴くと立ち上がる。

「──おふくろ、すまん。しばらく会え無さそうだ」

「……ちゃんと、反省するんだよ。バカ息子」


 そして、俺達3人は外に出る。三宅晴道みやけはるみちは、静かに俺達の後ろを付いてくる。そのまま、俺達は家を出て──



「──クソが」

 そんなハッキリとした一言と同時、俺の側頭部にぶつかるテニスボール台の大きさ鉄球──否、三宅晴道みやけはるみちの拳。


「──が、はっ」

 完全に油断していた俺は、防御することも回避することもできずに、そのまま三宅晴道みやけはるみちの自宅の庭の方へ吹き飛ばされてしまう。


「何を!」

「ぶち殺してやるよ、お前ら2人を!」

 そう口にして、天喰の肩を抱いて人質に取る三宅晴道みやけはるみち


「──日焼けの【中毒者ホリッカー】」

 俺は、資料に書かれていたことを反芻する。呆気なく自首してきたから完全に失念していたが、コイツは日焼けの【中毒者ホリッカー】。


 その特殊能力〈AUS〉は、太陽光に当たった部分が硬くなること。

 至ってシンプルな〈AUS〉であるからこそ、汎用性が高いと予想できる。


 ──思っていた通り、戦闘になってしまった。


 俺は、三宅晴道みやけはるみちに勝てるだろうか。


「──いや、違うな。弱気になってちゃ駄目だ」

 天喰を人質に取られている今、俺に「敗北」という選択肢はない。俺は、勝たなければならない。


「──抵抗するなら、こちらもそれ相応の手段を取らせてもらう、三宅晴道みやけはるみち

「あぁ、もちろんだ。こっちもウェルカムだよ。刑事さん」


 ──ジャグリングの【中毒者ホリッカー】と日焼けの【中毒者ホリッカー】の勝負が今、始まる。






 

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