第七夜(Ⅴ)

嘘だ、と吠えたのは、フェリックス本人ではなくウォルポール侯爵だ。


「そんなわけはない、エーミールは儂の孫だ......!」

「信じるのは勝手だけれど、群島の治療薬は効き目が早い代わりに副作用がひどいから、東の大陸では使っていないのよ。西の大陸でいくらか流通しているのを知って、驚いて規制をかけたんだから」

「エーミールはフェリックスと色彩が一緒ではないか!」

「それはそうでしょうね」


王妃が手を挙げると扉が開かれ、数人の男が入ってくる。途端、ウォルポール侯爵の喉から呼吸のなりそこないのような音が漏れた。


「フェリックス......?」


現れた男たちの先頭に立っている男は、フェリックスによく似ていた。


「彼らは王都で人気の男娼よ。栗色の髪に緑灰色の目。探せばどこにでもいるでしょう」

「マーガレットが男娼を使っただと!? 貴様、どこまでファロン家を貶めれば気が済む!」

「事実なのだからしょうがないわ。本当に、この国では女を貴ぶと言いながらも閉じ込めるだけなのだもの。お茶会がない日に暇になって街に繰り出して、流されるがまま抱かれ、快楽に溺れたとしても仕方ないわ」

「マーガレットを侮辱するか!」

「口を縫いたいくらいの鬱陶しさね。まあいいわ、あなたの刑罰は揺らがないから――密偵をつけておいたから証拠は山のようにあるのだけれど、いるかしら。グリーンハルシュ侯爵令嬢、マーガレット・ファロン」

「――ええと。何かわたし、だめなことをしたかしら」


マーガレットは首を傾げた。瞬間、空気が凍り付く。それに気づいてか気づかずか、マーガレットは眉を寄せたまま、困ったように笑う。


「だって、女の子は好きに生きればいいって、おじさまやお父様、フェリックスたちが言ったのよ? みんななんだか楽しそうで、お店に入ったら、他の貴婦人もいたから、これもいいことだと思ったの。それに、爵位の継承は女の人が基準でしょ?――おじさま、どうしてそんなに冷や汗をかいているの? フェリックスも顔色が悪いわ、大丈夫?」


男を心配する様は、社交界の華と称されたころと何も変わらない。顔面蒼白な夫を気遣う妻は、さぞや美しく見えるだろう。


前の会話を知らなければ。


「エーミール、は。あの子は、僕の子じゃないの?」

「まあ、フェリックス、ひどいことを言わないで。わたしに子供の父親が分かるはずないじゃない? だって、エーミールの顔はわたしに似ていて、色彩はみんな似たり寄ったりなのだもの」

「だが、僕の子かと聞いたら、頷いたじゃないか!」

「だって、誰の子か分からないんだもの。たぶんあなたの子だと思ったの。フェリックスの子じゃないなら、誰の子なのかしら。フェリックスはどう思う?」

「マーガレット!」

「怒らないで、フェリックス。大丈夫よ、あなたがエーミールの父親じゃないなら、今から父親を探せばいいのよ。ね?」


慈母のごとき笑みで、妻は夫の希望を打ち砕いた。


「ねえおじさま、どうして泣いているの? 何か悲しいことがあったのね。わたしに教えて、きっとわたしがなんとかするわ」


マーガレットの夫たちは蒼白な顔色をしている。会場は静まり返り、ウォルポール侯爵の嗚咽が響くばかりだった。


「ウェンリー......お前、まさか知っていたのか」


兄フェリックスの問いに、ウェンリーは肩を竦める。その途端、フェリックスは膝をついた。


「......マーガレットは優しい。身分や性別に囚われない。だからこそ男たちは心酔した。甘い言葉を吐くマーガレットに、癒しを求めた。けどな、身分や性別に囚われない平等は、貴族の価値を地に落とす。貴族は民を統治し、平穏を齎す代わりに高い地位を得ている。その垣根を壊すマーガレットを、宝座につけてはいけない。俺は、そう思った......フェリックス。これを言った後で信じてもらえるかはわからんが、俺はエーミールはお前の子だと思っていたよ。マーガレットが男娼に通っていることは、知っていたが」

「知っていて、マーガレットを愛していたのか」


ウェンリーは首を傾げる。


「フェリックス。俺は、マーガレットを好きだと言ったことは一度もないぞ」


フェリックスは目を見開いて絶句した。


「あ。ユージンと同じように妃殿下を慕っているわけではないぞ。俺はただ、好きという感情がよくわからないだけだ」

「ウェンリー、わたしを愛していなかったの?」

「そういうことになるな。あれ、これはもしかして女性を傷つけた罪にあたるのか?」


首を傾げるウェンリーに、笑い交じりの声が降る。


「いい、そのようなふざけた罪状は撤廃する」

「おお、それは助かります、妃殿下」

「ひとまず労役以上の罪を課す罪人たちを拘束する。まとめて壁側へ」


近衛兵が王妃の指示で次々に貴族を捕縛していく。扉や窓から逃げようとするも、そちらも塞がれていた。


「――マーガレット」


フェリックスは両手を捕縛されたまま、マーガレットの名を呼んだ。


「なぁに、フェリックス」

「君は、僕を愛していたのかい」

「もちろん! わたしはみんなのことが大好きよ。男でも身分が低くても、全然問題ないわ」

「どうして?」


だって、とマーガレットは笑う。いつもと変わらない、花がこぼれるような笑みで。


「みんな、わたしのことを愛してくれるでしょう?」

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