第七夜(Ⅰ)
「トビー! ジェレミー」
「メグ」
悼む会が始まる前、マーガレットが国王たちの居室を訪れた。ユージンは上王と話に行っており、不在だ。
「手順通りでいいのね? 変更はなし?」
「あぁ。大切な時期に負担を強いてすまないな」
ユリアーナの死を告げた後、次期王妃としてマーガレットを紹介する場がある。1年前の事件以来、あまり社交界に顔を出していなかった上に、現在妊娠中なので、
「いいのよ。でも、あの、公爵夫人は?」
「......大丈夫だ、夫たちが押さえてくれるだろう。アビゲイルは来ないし」
正直、母も来てほしくなかったが、説得できなかったと今一番のお気に入りの男に告げられたら仕方ない。
「メグに危害を加えさせることはないから安心してくれ」
「ありがとう」
「――悼む会の前に、他の男の妻と微笑みあうか」
トバイアスとジェレミーは表情を強張らせる。
上王だった。黒を纏わず、青みの強い紫を纏っている。後ろで顔面蒼白なユージンは、着替えさせられたのか、黒から青の衣装へと変更していた。
「どうしてここに上王陛下が!?」
「君に発言を許した覚えはないよ、侯爵令嬢」
マーガレットは顔を強張らせる。
「
「出席されないと、伺っていたので。驚きました」
「気まぐれさ――さて、私たちは先に行くとしよう」
「っ! お待ちを、まだ貴族の入場が終わっていません」
「何、私たちは招かれざる客だ。こっそり侵入するさ」
マーガレットを連れ、フェリックスたちが慌てて会場に向かう。国王の入場は、一番最後だ。元国王といえど、彼らより遅く入ったら、批判は必須。フェリックスら、上王、と続家様に入場し、全員の入場を確認してから扉が開かれる。
貴族たちが美しい礼をとる。上王とオリヴィアは顔を上げたままだ。玉座に座ると、全員が面を上げた。上王の側にはオリヴィアの他に数人、黒以外の衣装を纏う者がいて、そこだけが異質だった。
「緊急の招集にも関わらず、多くの貴族が集まったこと、感謝する」
悼む会始めに、トバイアスは挨拶をした。定型文を述べ、王妃の死を告げると、さざ波のようにざわめきが広がっていく。
給仕がひとりひとりにワインを配る。杯を掲げて悼むのが、この国の習わしだ。
「王妃ユリアーナの死を悼んで」
「――杯を掲げる必要はなくてよ」
響いた声に、その場の面々はほぼ反射的に顔を上げた。10日前まで毎日聞いていた、聞き覚えのある、けれど聞き覚えのない声。
「ユリアーナ……?」
そこには、死んだはずの王妃が、仮面をつけた男を従えて悠然と立っていた。
ユリアーナの雰囲気は以前と全く違った。微笑みが浮かべられていた顔は無表情で、それだけで威厳を感じさせる。地味な装いも華やかなものになり、まるで別人のようだった。傍らの仮面の男はレネのようだが、髪色が違う。普段は茶色なのに、今は鮮やかな白だ。
誰もが硬直したように動けない中で、一番最初に動いたのはオリヴィアだった。赤みの強い紫色のドレスは、ユリアーナの纏う青紫色のものに似ていた。
「お姉様、今日も素敵ね」
「あなたも可愛いわ、オリヴィア」
「ありがとう、お姉様。お姉様の衣装に合わせたのよ、お気づきになって?」
「えぇ。とても似合っているわ」
「当たり前でしょう、あたくしはお姉様の妹なのよ」
この辺りでようやく貴族たちは我に返った。どういうことだ!と震えるような声が、広間に木霊する。
「王妃は、王妃ユリアーナは、死んだのではなかったのか……!」
瞬間、ユリアーナの顔から微笑みが抜け落ちた。冷ややかな紫の眼差しが、ウォルポール侯爵を射抜く。
「死んだ? わたくしが?」
ユリアーナは笑みを浮かべた。いつもの微笑みとは違う、嘲りに似た笑みだった。
「馬鹿なことを言わないでいただけるかしら。わたくしが死んだというのは、あなた方の思い込みでしょう?」
「なっ、馬鹿な! 確かにお前は死んだはずだ!」
侯爵の言葉に、ユリアーナは目を丸くする。
「まぁ、それは可笑しなこともあったものね。わたくしはきちんと手紙を書いた筈よ。一週間、街に滞在すると」
「なっ……!」
「死んだというのは誰のことかしら。オリヴィア、どう思って?」
「さぁ。お姉様の美貌を他の誰と間違えることが出来るのか、あたくしにはさっぱり理解しかねますわ」
「オリヴィアったら」
ふふふ、と仲睦まじく笑い合う王家の姉妹を見て、背筋に鳥肌が立った。
「既に死の宣告は貴族に向けて成した」
「宣言? 国王揃っての宣言のことかしら?」
「それ以外に何がある」
声を荒げたトバイアスに、今度こそユリアーナはふふふ、と小さな声を上げて笑う。
「その宣言は、成立していないでしょう?」
「――は?」
「だって国王三人中、宣言したのは二人だけだもの」
「なにを、言って」
「ねぇ、ユージン?」
ポカン、とトバイアスは間の抜けた顔を晒した。
ユージン? なぜ、ユージンの名が出てくる?
カツ、と靴音が響いた。トバイアスの横をすり抜け、長い髪をたなびかせたユージンは、恭しくユリアーナの手を取った。
「全ては貴女の仰せのままに、女王陛下」
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