第四夜

国葬の日。

その日は朝から霧雨きりさめが降っていた。

王族とごく一部の高位貴族を招き、ユリアーナはその地位に似つかわしくない質素な形で葬られた。

葬儀に出席した王族は、国王であるトバイアスらを除くと、オリヴィアのみ。上王夫妻は遠距離を理由として葬儀を欠席した。

時間が掛かっては怪しまれるから、ということで献花もなしとし、空の棺は燃やされた。


「……献花もなしなんて、ひどいわ」

「すまない、マーガレット」

「……仕方ないとは思うけれど、上王陛下たちもいらっしゃらないし……」


マーガレットは不貞腐れている。


「いいわ、それよりアナの動機は分かったの? 実質あと4日しかないけど」


実質4日、というのは、公布する日は朝から忙しいので探す暇がないからである。尤も今日も大した時間は取れないから、3日といったところだが。


「……鋭意捜査中だ」

「頑張ってね」

「ああ。それより、体調はどうだ」

「全然平気!……とは言えないけど、大分悪阻も治ってきたよ!」

「今回はウェンリーの子だったか」


ひとり目は、フェリックスの子であった。癖のない栗色の髪に、翡翠の瞳が可愛らしい男の子ー名をエーミールという。両親は揃って癖毛だから、誰に似たのか、と笑って話していた。


「多分。でも、誰の子でも、無事に生まれてくれたら、それだけで嬉しいわ」


言って、マーガレットは視線を落とす。


「……アナも、我が子を抱く喜びを知っていたら、違ったかもしれないのに」

「メグ……」


努力不足、と言われるかも知れないが、これに関してはしょうがない。伽を命じるのはユリアーナであるが、大体1週間に一度で、ひと月ごとの交代。月のものがある間を除くと、大体一ヶ月に3回ほど。それも公務やら何やらで忙しい日は伽がなくなることも多く、この3年間で両手で数えられるほどしかユリアーナと体を重ねた覚えがない。恐らく2人も同様だろう。


「……今更言っても仕方ないよね。わたしだってアナが思い詰めてたことに気づかなかったんだから」

「メグのせいじゃない」

「そうかもしれないけど、でも、何かできたかもしれないじゃない」


マーガレットとユリアーナは遠縁で、一歳しか年が変わらないこともあって、親しくしていた。マーガレットが孤立していたユリアーナを構っていた、とも言えるが。


「メグ、気に止むことはない。元より俺たちが気づいていればよかった話なのだから」

「……それでも……」

「そんなことより、メグ。王妃の位の話だが、誓約書についてどう思う?」

「誓約書?......うっ」

「メグ! すまないトバイアス、また今度!」

「あ、あぁ。いや、ウェンリー、待ってくれないか」


メグを支えていたウェンリーが足を止める。その間にメグたちは嵐のように走り去った。


「何だい?」

「この男に見覚えはないか」

「ん......あぁ、確かウォルポール侯の側仕えだと思ったが」

「ウォルポール侯の?」

「あぁ。どうかしたのか?」

「北の離宮の管理人を呼び寄せたのだが、この男が昨年国王の証書を持ってきたと言われてな」

「......偽造か?」

「ありえない話ではないが、目的がわからんだろう」

「そうだな」


ウェンリーは首を捻った。


「――昨年、というのは襲撃の前か? それとも後か?」

「確か、後、と聞いたように思うが」


一年前のこの頃、宮殿でパーティーが催された。収穫祭の後に催された賑やかな宴は、しかし、途中で悲劇に変わる。

なんと、ユリアーナとマーガレットが襲われたのだ。ユリアーナが毒を塗られた矢を射られ、妊娠していたマーガレットは、ショックでその場で破水してしまった。あわや死産となるところで、宮医を総動員してなんとかその事態を免れた。しかし、今考えても背筋が凍る話である。


「ふむ。その頃なら、よくお前がファロン家グリーンハルシュ侯爵に手紙を送ってきたから、偽造は容易かろうな。ウォルポール侯はもともと国王候補として今の上王陛下と地位を競った方だから、印鑑も見慣れているだろう」

「だが、目的が分からない」

「さて、それは本人に聞かねば分からんだろうさ。フェリックス経由で聞いておこうか」

「頼めるか」

「あぁ」


ウェンリーと別れたところで、ジェレミーの侍従がへろへろの体で1冊の本を持ってきた。

栞の挟まったページに書いてあったのは、

――今の世を喩えるならば、昼は男、夜は女と言えよう。

この一文である。


「これは」

「昨夜探し回り、朝方ようやく見つけました……ただ、太陽に関しては未だ見つかっておらず」

「いや、これだけでも十分だ! 給料を上げよう!」

「ありがとうございます!」

「昼と夜が逆、即ち昼が女で夜が男、ということだな。つまり、女がいない部屋の太陽……?」

「女人禁制、ではありませんが、女がいない部屋なら、合議室では?」

「ああ、そうだな。太陽というのが何なのか……」

「引き続き調べます」

「頼む」


朝早くから国葬の支度に追われ、後処理も含めて終わったと思えば既に夕餉の刻だ。といっても、各々したことを報告するので、仕事の気分は抜けないが。

ジェレミー、ユージンの報告を聞いたらトバイアスの番だ。ウォルポール侯爵の件を話すと、二人は揃って眉を顰める。


「兄上、要らぬ騒動になるかもしれませんが、きちんと調査をすべきです」

「分かっている。だが、王妃の引き継ぎをするまでは……」

「いいえ、新たな国王の父が違法行為を働いたとあっては、国の威信に関わります。我々がやるべきです」

「それもそうだが……」

「ウェンリーが参内するように、って伝えたんだろ? なら、まずはそこで話を聞くべきだろ」

「その通りだ、ジェレミー。ユージンも、いいな」

「……承知いたしました」


ユージンは漆黒の瞳を伏せた。

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