第三夜(Ⅲ)
昼過ぎ。フェリックスらと別れ、気晴らしに庭園を散策していたトバイアスは、すっかり北の離宮の管理人のことを忘れていた。執務室に戻り、侍従に言われて慌てて応接間に向かう。振り向いた管理人は、総白髪の老人であったが、その歳を感じさせない美しい礼をする。
「遅れてすまない」
「いえ、お気になさらず」
「ユージン国王陛下の従者の方にお話をお伺いしました。妃殿下の幼少期の品をお探しとのことですが、申し訳ありません。妃殿下は幼少期の品を全て換金して孤児院や病院に寄付されており、残念ながらどれも残っていないのです」
「換金!?」
「妃殿下よりそう伺っております」
トバイアスは驚いていた。慰問が好きであることは知っていたが、高価な品をー自分の物を売ってまで支援していたとは、知らなかった。
「では、幼い頃の話は何かあるか」
「幼い頃の話、ですか。生憎と私は妃殿下のお側近くに侍っていた訳ではありませんので、大したことは……」
「構わない。何か印象に残っていることはないか?」
「……そうですね、離宮には小さな図書室があるのですが、よく栞を挟んだまま返却されておられました。何でも好きな文言が書かれたページに栞を挟んでおいて、そのままにしてしまうのだとか……よく、乳母に叱られておいででした」
従者に目配せすると、一礼して部屋を出ていく。
「ありがとう、図書室を調べさせる」
「お役に立てたのならば光栄でございます」
北の離宮の管理人は、美しく礼をした。
「ですが、このお話は、既に国王陛下もお聞き及びかと思っておりました」
「なぜだ? 召喚したのは、初めてのことだと思うが」
「いえ。昨年、陛下の従者を名乗る方が、わざわざ離宮までいらしたのです」
「なんだと?」
「陛下の命だという証書をお持ちでしたので、てっきり陛下の従者かと。違ったのでしょうか」
「私はそんな命令を出していない」
「......筆はございますか? 似顔絵ならば、描けるかと」
描いてもらった似顔絵は、人の顔として認識できる優れものだったが、見覚えはなかった。
「陛下の御下命であると早合点しましたこと、伏してお詫び申し上げます」
「よい、証書があれば勘違いするのも仕方ないことだ」
「ありがたく」
北の離宮の管理人を帰し、似顔絵を眺めて唸っていると、ユージンが帰ってきた。手短に報告を聞く。
「――オリヴィア姫は白でした。簪に関しては、ユリアーナが王宮に呼んでいた商人を探らせています。1日もあれば調査は終わるかと。それから、誤診の可能性は低いですね。複数の医師の立ち会い、それぞれの医師に賄賂等がないことは確認済みです」
「そうか。すまんな、ユージン。一気に色々と頼んでしまって」
「構いませんよ」
ユージンには簪の調査と、オリヴィア周りの調査、そして医師の診断結果の再調査を頼んでいた。簪に関しては単純な疑問、オリヴィアに関しては、可能性は低いだろうがオリヴィアが何らかの術でユリアーナの遺体を運び出していないか確認させていたのだ。医師の診断結果に関しては、誤診の疑いがあると考えたためである。
「ですがひとつ気になることがあります。医師の診断結果を調べていて分かったのですが、1年ほど前に、ユリアーナは頻繁に医師を召していたようなのです」
「ほぅ」
一年前……色々あった頃だな、とトバイアスは遠くを眺める。
「診断書はないのか」
「それが月の間で書類を管理していたらしく、ないのですよ」
「面倒な……明日、は無理だな、明後日……」
「午前はいけませんよ。兄上にはご予定がございますからね」
「……やはり行かなばならぬか」
「ええ、勿論。午後に医師を召喚しておきましょう。ところで、ジェレミーは?」
「まだ調査をしている。まぁ、そろそろ帰ってくる頃合いだろうよ。夕餉の刻だ」
「それでは、夕餉の前に明日の確認だけしてしまいましょうか」
国葬では、公布がまだ、まして空の棺となるだけあって、事は慎重に運ばざるを得なかった。
「私の配下を棺の運搬に回しています。空であることは彼等も承知です」
「流石だな、ユージン。献花に関しては貴族の間にお触れを出しておいた。此度はなし、とな」
「兄上も仕事が早い」
「お前ほどではないさ」
「お褒めの言葉、有難く受け取ります」
トバイアスは深く息を吐いた。少し、疲れていた。
「兄さん」
「あぁ、ジェレミー、帰ったか。どうだった」
「不審な人影はなし。ただ......女がひとりで王都から出ていったという記録を見つけた」
「女がひとりで?」
トバイアスは眉根を顰めた。普通では考えられないことだ。
「名はユーリ・レオ―ノヴァというらしい。単騎で東に......」
「待て、馬に乗っていたのか!?」
「の、ようだな」
トバイアスは手を頭に当てた。
「......調査を続けようかと思っている」
「要らんだろう。ユリアーナと名前は似ているが、あの女がそんなことをしでかすとか思えない。というかそいつ、女装してるだろう、絶対に」
「――否めないな」
トバイアスは天を仰いだ。女装趣味の男がいたとして、どうやって見分ければよいのだろう? 世には中性的な容姿の男もいるのに。
唸るトバイアスは、弟ふたりが浮かべる表情と交わした視線の剣呑さに気づくことはなかった。
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