第三夜(Ⅱ)


「――残り5日……実質4日だけど、どうだい?」

「聞いてくれるなフェリックス」

「あはは、そうなるよね……」


トバイアスは溜息を吐いた。現在、フェリックスたちに業務の引継ぎをしているところだった。調査のため、ジェレミーだけは席を外している。


「ユリアーナは元々何を考えているのか分からん奴だ。急に思い立って死にました、と言われても受け入れられる」

「相変わらずお前たちは妃殿下に冷たいな」

「望んで夫になったわけじゃない」


一瞬空気が固まり、我に返ってトバイアスは笑った。


「冗談だ。まあ、なってしまったものは仕方ないしな」

「三人はこの後どうするんだい。隠居にはまだ早いだろう」

「どこぞの令嬢の婿にでもなろうか」

「やめておけ、上王陛下に殺されるぞ」

「違いない」


笑ってはいるが、これが実に難しい問題でもあった。王族の所領を得て引っ込めばいいとユージンは言っているが、トバイアスやジェレミーはまだこの地が名残惜しい。


「北の離宮にでも住んで政に口出ししながら領主経営でもしたらどうだ」

「北の離宮といえば、昨日管理人を召喚したから、昼頃には来るはずだ」

「へぇ、妃殿下絡みか」

「ああ。何かないかと思ってな」

「――しっかし、本当に謎だよな、妃殿下は」

「何がだ、ウェンリー」


フェリックスの長弟、ウェンリーが言った。


「まず生まれだろ」

「あぁ……」


ユリアーナの生まれは色々と特異だ。王太后が結婚に前後して婚約者以外と関係を持ち、生まれた子。父親にあたる男は東の大陸の生まれであるとか、大層な醜男だとか、はたまた亡国の皇子だとか、色々な噂はあるが、どれも定かではない。

また、ユリアーナ自身の記録も、3歳から13歳にかけて途絶えている。療養の為とされているが、それにしたってその記録の途絶え具合は異常で、王家の紫眼を有しているにも関わらず、替え玉ではないのか、と囁かれている一要因だ。

素性不明の父親と空白の10年間。オリヴィアやマーガレットを推す声があったのは、その2つにるところが大きい。


「いくら父親が謎めいた平民とはいえ、初の女児なのに、お披露目は14歳。婚約者はすぐに決まったが……メグと同じく」

「メグと妃殿下を一緒にするな、ウェンリー」


フェリックスがじろりとウェンリーをねめつける。


「……まぁとにかく、妃殿下も男のことを蔑みはしなかった。が、いつもメグの影に隠れていた。妃殿下よりメグの方が王妃に相応しい、って言われても妃殿下は勿論、妃殿下を可愛がっていた上王陛下も何も言わなかった。正直なところ、上王陛下たちが何を考えているのか、さっぱり分からん」

「……そうだな」


ユリアーナが何も考えていないのは当然として、確かに上王陛下らの意向は謎だ、とトバイアスは眉根を顰めた。


「マーガレットを王妃にすると手紙をしたためたんだが、何も……」


そこで、扉の外から騒ぎ声が聞こえた。侍従が耳打ちする。とバイアスは眉根を顰め、入れろ、と短く言った。


「トバイアス! ジェレミー!……ジェレミーはいないの」

「――スペンサー夫人」


国王三人の母、スペンサー公爵夫人である。ジェレミーを探し、代わりにユージンを認めた彼女は、思いっきり顔を歪ませる。


「聞いてよ。マーガレットに王位を譲った後、オリヴィアが成人し次第王位を継承ですって!? そんな馬鹿な話、聞いたこともないわ!」

「公爵より説明を聞いたことと思いますが。オリヴィア姫は未成年、マーガレットの功績は周囲にも知れ渡っています。王妃としてこれ以上の適任はない。だがマーガレットがオリヴィア姫の成人と同時に位を譲ると聞かなかったため、このような形になりました」


公爵夫人はドスドスと足を踏み鳴らした。


「わらわに継承させれば簡単な話でしょ!?」

「あなたが手当たり次第に正夫を作ったせいで今や十二人も男がいる。それも数人は捨て置かれて離婚した者まであるだろう。あなたには任せられない」

「なんですってぇ!?」

「話がこれだけならばお帰りを」

「なっ、わらわを追い返すつもり!? トバイアス!」


癇癪を起こして暴れる公爵夫人を間夫たちが宥めるのを横目に見ながら、トバイアスは扉を閉めた。


「……面倒だな」

「全くだ」

「グリーンハルシュ夫人は?」

「特に何も。あの方は権力よりも男の方がお好みだからね、王妃の位をオリヴィア姫に返還すると聞いても、ああそう、で終わったよ」

「その程度なら楽なのだがな……母上はどうにも権力欲が強くて困る」

「仕方ないさ。何しろアビゲイル嬢が生まれて暫く次期王妃と持て囃されていたんだから」

「……それはそうだがな」


オリヴィアが生まれたのはアビゲイルより2年早いが、その存在を公表されたのは3歳の時だ。公爵夫人は娘が生まれたと、産んですぐに騒ぎ立てたため、その1年だけは国母ともてはやされていた。更に4年後にはユリアーナの存在が公にされて、その夢は潰えた訳だが。


「マーガレットの爪の垢を煎じて飲ませたい……」

「可能ならこの国の女性全員に、だろ」


フェリックスはニッと笑った。


「そういや、最近東との交流が活発化してきたらしいな」

「マーガレットのおかげだ」

「メグはなぜか華胥カショが好きだからな」


華胥というのは、海を隔てた東の大陸を統べる国の名前である。カトラルとは異なり生まれる男女比に大きな偏りのないあちらの国の文化は目新しいものばかりで、王太后が王妃であった時から細々と交易があったが、ユリアーナが即位する際に正式に国交を結んだ。

それにはマーガレットが一役買った。クレスウェルとは全く異なる異文化を持つ国なのだが、なぜかマーガレットはこの国の物を好み、幼い頃からそれだけは我儘を言っていた。


「メグの誕生日祝いで華胥の物を取り寄せたんだが、吃驚したよ」

「何にだよ」

「デビュタントの時に妃殿下がつけていらした宝飾品にそっくりな髪飾りがあったからさ」

「……なんだと?」


トバイアスは思わず声を鋭くした。


「簪、というんだがな。国家間のやりとりは先代から始まったとはいえ、公になったのは数年前。我が家で交易を始めたのはつい最近だ。妃殿下はどうやって手に入れていたんだろうな?」


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