第二夜(Ⅱ)
「次代の王妃についてだが――継承順位第1位、オリヴィア・リリー・クレスウェル姫は14歳。結婚まで1年の月日を要する。同第二位のスペンサー公爵令嬢、アビゲイル・ラトクリフは12歳。こちらもまだ、成人に3年の月日を要するそこで我々国王は、グリーンハルシュ侯爵令嬢・マーガレット・ファロン嬢を推す」
そこで一旦、トバイアスは言葉を区切った。
「グリーンハルシュ侯爵令嬢の功績は皆が認めるところだろう。王妃としてこれ以上相応しい人物はいないことと思うが、皆はどうか」
「さて、どうでしょうか。摂政を立て、オリヴィア姫様を王妃に立てるのが最善かと思いますが」
答えたのはフィーラン公爵だ。
「オリヴィア姫は婚約者も決まっておらぬのだぞ。急を要する擁立なのだ、成人して道理を知っているグリーンハルシュ嬢に依頼するのが筋であろう」
「グリーンハルシュ嬢は王位継承権を持つとはいえ傍系にしか過ぎず、正当な後継者たるオリヴィア姫殿下とスペンサー嬢がおられるのだから、擁立するには及ぶまい」
「これはこれは、先程王家の慣例を無視しようとしたフィーラン公のご発言とは思えませんんな」
「そうだな。慣例を重視するウォルポール侯爵ならば知っていると思うが、26代目王妃エリザベスは、25代目王妃キャサリンの早世に伴い、齢9で即位し、前国王を摂政としておられた」
「それは婚約者がいてのこと、今とは現状が異なることくらい自明でしょう」
「その婚約者だとて、一番年長のものでも15であったが?」
ここで、思わぬところから手が上がった。
「――グリーンハルシュ小侯爵、発言を許そう」
「有難く」
フェリックス・エヴァンズ=ファロン。王妃候補であるマーガレット・ファロンの第一夫にして、ウォルポール侯爵の実の息子。
「万一王妃として推された場合に、とマーガレットより言伝を預かって参りました。この場で述べても構わないでしょうか?」
「……許そう」
嫌な予感がしたが、断る理由も思いつかなかった。フェリックスは有難く、と言って懐から紙を取り出す。
「わたしが王妃に即位するのであれば、オリヴィア姫様が成人した暁にはその座を受け渡すことを強く希望する。その間、わたしに娘が生まれていたとしても、その子に位を継がせることは考えていない。この要望を承諾いただけないのであれば、王妃の地位に就くことはできない」
他の貴族たちが呆気に取られているのを他所に、フェリックスはにこりと微笑んだ。
「――とのことです」
「ま、待て! 1年後には退位するだと!?」
「はい。自身に王家の血が流れているとはいえ、それは3代前の王妃殿下の妹という遠縁に過ぎない。紫眼を受け継いだわけでもなく、到底王妃たるに相応しいとは思われない。ゆえ、オリヴィア姫様が成人なさるまでの中継ぎとして立つ、と」
「中継ぎだと……?」
血統の完全変更を予想していたトバイアスたちは大いに戸惑った。
マーガレットが女にしては珍しいほどに権力に固執していないことは知っていたが、まさかオリヴィア姫が立つまでの中継ぎという名目で位を継ぐと言い出すとは思っていなかったのだ。
「……血を繋ぐ気はないと」
「はい。王妃にとなるならばグリーンハルシュ侯爵家の後継という立場を返上するだろうが、退位した折にはグリーンハルシュ侯爵夫人となりたいと申しておりました」
トバイアスは正直、拒否したかった。中継ぎの王妃など例がないし、何よりマーガレットは誰よりもーそれこそユリアーナよりも王妃に相応しいと思っているから。
だが、それがマーガレットの望みだというのならば拒むことはできなかった。この国において女性の願いは命令と同義。トバイアス自身、自分の願いを絶たれて悲しむマーガレットを見たくはなかった。
「……グリーンハルシュ嬢の意見はよく分かった。では、グリーンハルシュ嬢を中継ぎの王妃とし、オリヴィア姫様が成人なさった暁には、オリヴィア姫様がその位を継ぐ――グリーンハルシュ嬢の処遇に関しては、その時にまた意見を聞きたいと思うが、グリーンハルシュ小侯爵、良いだろうか」
「はい。我が妻マーガレットも、快諾してくれることでしょう」
フェリクスは恭しく頭を下げた。
「皆も、良いか」
「差し出がましいようですが、オリヴィア姫の成人と同時に王妃の地位を譲るということに関しましては、誓約書を書いた方がよろしいかと」
「我が妻の言が信じられないと?」
「いいえ。グリーンハルシュ嬢の提案は素晴らしい。しかし、王妃の位に一度座ったご令嬢を利用しようと目論む輩が存在しない、とは言い切れぬでしょう。ご令嬢の身の安全のためにも、必要なことかと」
「......確かにそうですね。マーガレットに確認を取りましょう」
「では、確認を取ってから位は確定させるものとしよう」
それで会議はひと段落下。
「では、そのように。王妃の死は、決して口外せぬよう」
「「「「は」」」」
それから新国王・王妃の即位の儀など、様々なことを話し合っているうちに、太陽は中天を過ぎていった。
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