第二夜(Ⅰ)


ユリアーナの自殺原因探しを始めた翌日。

トバイアスたちは御前会議を開いていた。


「――3日前、王妃ユリアーナ・ウィステリア・クレスウェルは、病により崩御した」


皆が貴族なだけあって、目に見えて慌てた素振りの者はいないが、動揺と困惑の雰囲気が伝わってくる――それもそのはず、ユリアーナは幼少時こそ病弱であったものの、今や病に罹ることも少ない健康体であった。


「今回は、亡き王妃の国葬と、次期王妃の選定に関して話し合おうと思う」


そこで、張りのある声が響いた。


「発言をお許しください」

「――許そう」


発言を求めたのはウォルポール侯爵だ。マーガレットの夫のひとり、フェリックスの父親である。


「王妃殿下が死去したということですが、何の病で亡くなられたのでしょうかな?」

「医師の診断によれば、風邪を拗らせていたところで流産を告げられて、気力が尽きたとのことだ」


ここで、ざわりと場が揺れた。ウォルポール侯爵は大袈裟な程目を見開く。


「流産というと、妃殿下は妊娠されていたのですな?」

「妊娠三ヶ月だったそうだ」


この話はでっち上げである。ユリアーナは元より伽を命じることが少なく、妊娠も流産もしていない。風邪気味であったことは事実だが、拗らせたというほど重症でもなかった。


「折角の御子でしたのに、残念なことですなぁ。1年前に何とか永らえさせた命が、結局潰えてしまうとは......」

「ウォルポール侯爵。礼を失するようであれば合議室からの退出を命じますよ」

「これはこれは失礼いたしました、第二国王陛下。しかし、なぜ妃殿下の死後3日経ってようやく御前会議が開かれたのでしょうなぁ。王妃殿下が崩御なされたのであれば、すぐさま王宮中に知れ渡っても可笑しくありませんが、今回はそのような話を聞いておりませんぞ?」

「あまりに急な死だったため、暗殺の疑いを抱いたのだ。十分な検証結果が出るまでは、緘口令を敷くべきだと考えた」

「暗殺ですと? その疑いは完全に晴れたのですかな?」


僅かに貴族たちはざわめいた。ここ数年、貴族の不審死――つまりは暗殺は減っていた。殆どないと言っても過言ではない。唯一の事例が、昨年王宮で発生した狙撃事件くらいだ。


「ああ。毒物は一切検出されず、体への損傷もなかった。よって暗殺の疑いはなしとされた」

「左様でしたか。お答えいただきありがとうございます」


トバイアスは頷くと、議題を元に戻した。


「亡き王妃の国葬についてだが、出来うる限り早く執り行いたいと思っている。2日後、国民と諸外国に亡き王妃の死を公布し、その翌日には国葬を――」

「兄上。遺書の話をしないのですか」


咎めるような視線を送ってきたのはユージンだ。遺書の話はしなくていいだろう、と昨日話したが、やはり不満があったらしい。この場でぶちまけてきおった。


「遺書ですと? それはどのような?」

「死の公布を10日先送りにせよ、と」


ざわり、と貴族たちは揺れた。

遺体の腐敗の具合を考えれば、霊安室に安置していたとしても、死後一週間以内には葬儀を執り行わなければならない。王族の葬儀は原則として国民への公布が先だが、遺言に従う場合、ユリアーナの葬儀は国民と諸外国への公布に先行してしまうのだ。


「発言のお許しを賜りたく」

「......フィーラン公爵」


次いで声を上げたのは、東部を治めるフィーラン公爵だ。ユリアーナと親しかった貴族のひとりである。


「遺言は王宮典範に従い開示される定め。開示を求めまする」


トバイアスは重々しく口を開いた。


「――亡き王妃は確かにそう遺言した。が、それは10日間王妃なしに王宮の行事を行うということを意味する。王家の慣例に従っても、その遺言を受け入れることは出来ない。そう判断し、勝手ながらも遺言に背くことを決めた。皆にこの遺言を知らせなかったのは、今のように混乱してしまうことを恐れてのことだ」

「しかし妃殿下の遺言に背いてしまうのも如何なものかと」

「10日もの間、王妃不在で良いと申すのか? 今はまだ社交シーズンだ」

「確かにそうですが、近隣諸国が外交で訪ねてくる予定も、訪ねる予定もございませんし、問題ありますまい」


妃殿下は政に参加していたわけでもありませんしーと、続く言葉が聞こえたような気がした。


「失礼ながら、フィーラン公は亡き妃殿下に肩入れし過ぎではありませんかな? このように残された者たちの迷惑を一切かんがみない遺言など、斬って捨てるべきでしょうな」

「その言葉をそのままお返ししよう、ウォルポール侯爵。以前より貴公は妃殿下を軽んじ、一侯爵令嬢を重んじておられた。クレスウェル王国の臣であるという自覚があるのならば、一度くらい、妃殿下の意思を尊重しては如何か?」

「慣例を無視せよと? 流石は公爵、私とは見る世界が違うようですなぁ」

「歴代クレスウェル王国王妃39人全てが、その死を公布されてから国葬されたわけではない。例えば16代目王妃・カトリーナ妃などは、発見時の遺体の損傷が激しかったために、即日国葬され、その2日後に死の公布が行われている」

「カトリーナ妃は特殊な例でありましょうぞ。よもやそれすらもお分かりにならないほど耄碌もうろくされたかな?」

「己の死の公布について、妃殿下が明確に遺言されていたのであれば、それに従うべきではなかろうか」


ふたりとも譲らない。論争が果てしなく続くように思われたので、トバイアスは制止を掛けた。


「――貴公らの意見は理解した。他の者の意見も聞きたいと思うが、如何に」


そろそろと意見が上がるが、両陣営共に譲らない。

実際、ユリアーナがいようといまいと国は変わらず進むのだ。ユリアーナは政に関与しなかったし、歴代王妃の多数がパーティーを好んだのに反して、必要最小限しかパーティーも開かなかった。微笑みを浮かべながら宝座に座るユリアーナは、揶揄の意味も込めて『微笑み王妃』と呼ばれていた。

トバイアスはやむを得ず多数決を採った。元より不仲と噂されていた国王らと王妃である、遺書を隠していた事実もあるから、ここで強硬に反対派を封じてしまえば、国王による王妃暗殺を囁かれる可能性もあった。しかし、遺言尊重の方が少ないと侮っていたのも事実――結果は、遺言尊重の勝ち。その差はたった2票、されど2票。


「――では、王妃の死の公布は後としよう」


トバイアスは苦々しく言った。


以降、国葬についての話はとんとん拍子に進み、2日後には葬儀が行われることが決定した。


かくて、議題は次代の王妃選抜へと移る。



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