第一夜(Ⅱ)


「申し訳ありません、王宮管理人は鍵を渡してくれませんでした」

「何? 王命と伝えたのか?」

「はい、ですが王妃殿下の許可なしに渡せぬの一点張りで……」



***




「最低限の書類整理は終わりましたから、始めましょう」


昼餉を食べた後、ユージンがそう言い、トバイアスはユリアーナの自殺の原因を探る為、王宮管理人室に赴いていた。ちなみにユージンとジェレミーは書架で調べ物である。


王妃の私室は二つある。ひとつは陽の間、もうひとつは月の間。自殺隠蔽作業で陽の間の整理はしたが、月の間には手をつけておらず、生前のままの状態が保たれている――筈だ。筈、というのは、彼らが月の間に入ったことが一度もないからである。男たちを侍らせたり、小さな宴会を催す陽の間と違い、月の間は許された者だけが立ち入りできる完全なる王妃の個人空間であった。男を侍らせることを好んだ歴代王妃は、月の間をそもそも使わなかったか、或いは陽の間と同じように使用した。

しかしユリアーナは、誰一人として月の間に人を立ち入らせなかった。夫たるトバイアスたちでさえも。ただひとり月の間で多くの時間を過ごす間、ユリアーナが何をしていたのか、知る者は誰もいない。

しかし、万が一の時のため、王宮管理人が合鍵を持っていることは、トバイアスたちも知っていた。ゆえに王宮管理人の元へ向かい、冒頭のやりとりに至る。


「そもそも月の間に入りたいのならば、ユリアーナ妃殿下を通すのが道理にございましょう。妃殿下の許可証などお持ちですかな?」


そんなものを持っているわけもない。ふぅ、と王宮管理人は溜息を吐く。


「妃殿下の仰った通りになりましたな」

「……何?」

「近い内に陛下が私の許可証なしに月の間の解錠を求めるだろう。王命と言われようが、鍵を渡してはならぬ。代わりにこう伝えよ、と、申しつかっております。それ故に、鍵は私が棄却致しました」

「……今、何と言った?」

「鍵は、私が棄却致しました。正確に申し上げますと、焼却炉で燃やしたので、原型をとどめておりませぬ」


眩暈がした。


「分かっているのか! 月の間の鍵はユリアーナとそなたしか持っておらぬ、それを……!」

「妃殿下のお許しは得てございます」


ふざけるな、と怒鳴らなかった自分を褒めてもいい、とトバイアスは思った。本当にふざけたことばかりにしてくれる。なんのつもりなのか。


「御伝言をお伝えいたします――この王宮の中で、日の差さない部屋にある太陽を探せと」

「はぁ?」


トバイアスは素っ頓狂な声を上げた。それもそのはず、日の差さない部屋に太陽があろうはずもない。


「……それは何の比喩だ」

「存じ上げません」


罰は後程言い渡す、と言い捨てて、トバイアスは管理人室を後にした。


「全く最期まで面倒な……! また謎かけか!」


トバイアスは吐き捨てた。

ユリアーナは、自身に言い寄る男たちに謎を提示していた。解けた者を召す、という決まりを作ったが、難しい謎を解けた者は終ぞおらず、国王ら三人が順繰りに召されるばかりだった。


「レネのところに行くか……」


レネ・ガルシア。1年ほど前にユリアーナの従者として召し出された少年。普段は顔の上半分を覆う仮面をつけており、実に怪しい見た目なのだが、様々な法案や制度を考え出したことから、トバイアスらも一目置いていた。ユリアーナの謎かけの出所も彼だろうと国王らは検討をつけていた。

トバイアスは先触れを出すように命じ、早足でノアの部屋に向かった。





***




「――申し訳ありませんが、お答えできません」


またか、とトバイアスはげんなりした。

レネは、謎を解くことを拒否したのである。


「月の間を開けることは急務だ。合鍵を捨てた以上、早く月の間を開けねばならぬ」

「管理人殿が、鍵を捨てたのですか」

「そうだ」


レネは笑った。仮面から僅かに火傷の痕が覗いた。


「なるほど。無茶をなさるものだ。しかし管理人殿が無茶を通したのなら、私は尚のこと無茶を通さねばならないでしょう」

「レネ、もうユリアーナはいないと知っているだろう。教えてくれ」


レネは小さく息を吐く。


「――王妃殿下は、陛下たちにとっては悪女であっても、私にとっては恩人なのです。ですから、妃殿下が望んだことは叶えたい。私が破ることはあってはならないのです」

「レネ、いくらユリアーナが主とはいえ、このユリアーナの我儘は叶えられるものではない」

「我儘、ですか」

「我儘以外の何だというんだ。慣例を破らせ、面倒な課題を提示する。生前から全く変わらない」


トバイアスはレネが拳を握り締めたことに気付かない。


「レネ、お前ならこの謎も分かるだろう。私たちもお前の法案や意見書を評価していたんだ」


トバイアスの言葉を聞いて、レネはふ、と笑みを溢した。様々な感情が入り乱れた、何とも形容し難い笑みだった。


「ならば尚のこと、お手伝いは出来かねます」

「なぜだ」

「申し訳ありません」


レネはただ笑う。


「陛下。私からひと言申し上げるならば、妃殿下は、逆だと仰っていました」

「逆? 何がだ」

「昼と夜がです」

「はぁ?」


トバイアスは再び変な声を上げ、その意を問うたが、レネは分かりません、と繰り返すばかりだった。






一方のユージンとジェレミーは、禁書を閲覧していた。王族の細かな過去については、禁書の棚に収められている。初めは一枚、どんどん紙を増やし、王族亡き後ひとつにまとめるという形式で、ひとりの王妃につき分厚い本1冊に匹敵する厚さがある。

が、19歳で亡くなったユリアーナのものは、幼子のそれと大して変わらない厚さしかなかった。

というのも、ユリアーナは生来病弱であり、長くは生きられないと思われていたため、14歳までは、北方にある離宮で暮らしていたからである。すぐ死ぬと思われていたためか、些か雑な記述も見受けられる。生父が不明で、王妃の地位を継ぐとは思われなかったことも原因のひとつだろう。第一国王の養子として王宮に迎えられ、お披露目をしてからの記述は多くあるが、これについては当時からユリアーナに仕えていた侍従たちの方が詳しい。


「やはり、目ぼしい記述はないね」

「うっすいもんなぁ。性格を表してるみたいじゃないか」

「ジェレミー」

「ここなら誰も聞いてないからいいだろ。それに周知の事実だ」


ジェレミーは嗤う。


「それとも、腹立たしいのか。混ざり者・・・・同士、仲が良かったからな」

「腹立たしい訳ではない」


淡々と言って、ユージンは本を閉じる。


「ここで何も得られるものはないだろう。北の離宮の管理人を召喚する方が早い」

「北の離宮に?」

「あぁ。今日鳩を飛ばせば、明後日には着くだろう」

「……良いかもしれないな」


二人はそれから会話をせずに書庫を出た。




3人は執務室で合流したが、ジェレミーとユージンも謎かけには頭を抱えた。


「ガルシアも謎解きを拒否、ですか……フェリックスたちに聞いてみましょうか」

「そうだな……明日また来るはずだし、聞いてみよう。ところで、お前たちは収穫は」

「あるわけないだろ、兄さん。あの薄っぺらい本から何が分かるってんだ。あ、でも北の離宮の管理人を呼ぶことになった」

「ほぉ」

「何か残っているものはないかと思いまして」


ユージンが捕捉する。


「なるほどな。では早急に鳩を飛ばそう」

「はい」


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