第二夜(Ⅲ)
「はぁ、腹減った……」
「ここまで長い会議は久しぶりだったな」
会議を終えて、トバイアスたちは遅い昼餉を食べていた。
「――まさか、メグがあんなこと言うなんてな」
「ああ。だが、マーガレットの望みならば致し方あるまい」
「はは……グリーンハルシュ嬢も、本当に欲がありませんよね」
「全くその通りだ」
「ところで兄上、上王陛下たちや王太后殿下から何か連絡はございましたか?」
「……ああ」
トバイアスは眉根を寄せた。それもまた、気に掛かっていることのひとつであった。
「その様子を見るに、どうやら色良い返事は貰えなかったのですね?」
「いや……そういうわけでは、ない」
ユリアーナの遺体が見つかってすぐ、トバイアスは伝書鳩を放った。先の国王夫妻である上王・王太后は王国の南方・サザランドにある南の離宮で暮らしているが、3日もあれば伝書鳩が往復するには十分な時間である。
「ではなんと?」
「――好きにせよ、と」
「え、嘘だろ!?」
ジェレミーは素っ頓狂な声を上げた。
無理もない。二人の上王は、成さぬ娘であるユリアーナと、血のつながらない姪であるオリヴィアを、目に入れても痛くないほどに可愛がっていたから。
ユリアーナが自死したこと、オリヴィアではなく、マーガレットを次の王妃に据えたいことを書いたのだから、猛反発は覚悟していた。だからこそ、ただひと言、好きにせよ、とだけの返答に拍子抜けしたし、暗号でも書いてあるのではないかと手紙をひっくり返したり炙ったりもしたのだ。
だが、何もなかった。
それが、トバイアスには薄気味悪く思えた。
「好きにせよ、ですか……これはまた……」
ユージンは口元を手で覆った。
トバイアスも同じ気持ちであった。
「折を見てこちらに来る、とのことだったが、正確な期日は教えていただけなかった」
「左様でしたか……」
そこで勢いよく扉が開いた。思わぬ暴挙に驚いてそちらを見れば、赤みを帯びた金色の髪に、赤みがかった紫の瞳を持つ少女が仁王立ちしていた。
「オリヴィア姫」
オリヴィア・リリー・クレスウェル。ユリアーナの従妹、【正統の姫】と呼ばれる姫だ。
「お邪魔しますわ、陛下」
にっこりと笑ったオリヴィアは、国王であるトバイアスたちに対して礼をするでもなく、食堂に足を踏み入れる。
「……オリヴィア姫。事前に訪問を聞いていたら、部屋を用意したのだが」
「勝手に押し掛けたのはこちら、お気になさらず。それよりも、あたくし、聞きたいことがございますの」
取り敢えず座らせていただきますわ、と言い放ち、客人は椅子に腰掛けた。
「聞きたいこととは何だろうか」
ユリアーナとは色彩の異なる紫色の瞳を細めて、オリヴィアは問うた。
「お姉様が死んだとは、何の冗談かしら」
「冗談なんかじゃない。ユリアーナは死んだ」
ジェレミーがムッとしながら言うと、オリヴィアは手に持っていた扇で口元を隠した。
「へぇ? あたくしが聞いたところによると、風邪を拗らせて、更に流産して、死亡……となっているけれど、これは嘘よね? だってお姉様は妊娠なんてしていなかったもの」
「姫は知らなかっただろうが、ユリアーナは確かに妊娠していてー」
「お姉様があたくしに大事なことを教えてくださらないなんてことはあり得ないわ。だから尋ねているの。一体何の冗談なのかしら?」
「冗談ではない。明後日には国葬が行われる。上皇陛下たちもご存知のことだ」
「公布を明日行うとは聞いていなくてよ? それこそ正にお姉様が死んでいない証拠でしょう」
自信満々にオリヴィアは言い放った。トバイアスたちはオリヴィアに冷めた視線を送る。
「――ユリアーナが望んだことだ。公布は十日後にせよ、と」
「……へ」
「あとで正式に話を通そうと思っていたが、今この場で言ってしまおう。次の王妃はマーガレット・ファロンだ」
「何ですって!? あたくしとアビーを飛ばすというの!?」
「話は最後まで聞いてほしい。そなたが成人したら、マーガレットは位を譲るとのことだ」
オリヴィアは眉間に皺を寄せた。
「随分とまぁ雑な仕事ね。どうせ在位中に娘が生まれたら、そちらに血統を移すつもりでしょう? あぁ、位を譲るというのはグリーンハルシュ嬢の発案ね? 益々信じられなくてよ」
「オリヴィア、いくらそなたでも許容できる発言と出来ない発言がある」
「これは失礼。陛下らの決定を疑うつもりはないわ。けれどそういった可能性を含めて、上王陛下や王太后殿下は王位継承を承諾なさっているのかしら?」
「上王ご夫妻も承諾なさっている」
「あら」
オリヴィアは軽く目を見開いた。
「そういうわけだから、王位継承については心配いらない」
「理解したわ。ところで、お姉様の遺体はどこにあるのかしら?」
「西宮の側の廃使用人塔だ」
「そう。では入らせてもらうわ」
「オリヴィア姫」
「すぐに出るから心配なさらないで結構よ」
淡々と言い、オリヴィアは立ち上がった。
「
トバイアスたちは全くご機嫌ではなかったが、気を付けて、と返して席についた。
「……オリヴィア姫の婚約者は決まっていたか?」
「他国の降嫁先を探していましたが……こうなっては国内から婿を取る他ないでしょうね」
「候補者選びを頼めるか、ユージン」
「分かりました」
「しっかしあれだな、怒ったかと思えば唐突に冷静になる。正しく気まぐれ姫だ」
「ジェレミー、事実でも言っていいことと悪いことがあるぞ」
「へーい」
ユージンは早速調べてきます、と言って執務室を出て行った。残された2人は、一先ず書類を片付けるべく、ペンを取るのだった。
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