第20話
ホテル生活が馴染んできて、はや一ヶ月が経った。季節は夏に移り変わり少々暑さを感じる。いつもと変わらず小説を読んでいたそんなある日、花園様が笑顔で部屋に入ってきた。
「屋敷、直ったみたいだよ。帰れるよ」
「もう、直ったんですか?」
なかなかの爆発であったため、もう少し掛かるかと思っていたのだ。この世界の建築技術や色々な知識は思っていたより高いらしい。
「今日中には帰るから荷物をまとめてね」
そう言われたが俺の荷物はほとんどない。貰った衣類と小説ぐらいで荷物と呼べるものは無いので、五分程度で終わった。花園様も荷物は多くない方なのかそんなに時間は掛からなかった。その荷物が入った鞄を持って部屋を出ると九重ごいた。
「二人は荷物はまとまったみたいだね」
「はい」
九重も荷物がまとまったのか廊下に鞄が置かれていた。衣服の類いが入っているような鞄と医療的な鞄の二つが置かれていた。
「七草君、僕の荷物をお願いしてもいいかな?僕は陽和さんを運んであげたいから」
「いえ、俺が運びますよ」
この前の九重の腕が気になる。傷跡だから、痛みは無いのかもしれないが何となく陽和を持たせるのは申し訳ない。
「……じゃあ、お願いしようかな。それなら僕が七草君の荷物を運ぼう」
そう言いながら九重に荷物を渡す。三つの鞄を持って先に降りていった。
「じゃあ、俺は陽和を運ぶので先に降りていてください」
「…………」
花園様に一言、声を掛けて陽和のいる部屋に入った。
いつ来ても静な部屋だ。白い肌に微かな血色が見れると少しだけ安心する。あまりにも目を覚まさないから死んでしまうのではと思ってしまうのだ。
本人は嫌がるかもしれないが陽和の体を抱える。しっかりと体温があり安心する。抱えても目を覚まさない。包帯が沢山巻かれた痛々しい体に心が痛む。そんなことを考えながら階段を降りて花園様のところに向かった。
降りるとすでに車に乗り込んでいた二人が向かえてくれた。陽和を寝かせて自分も乗り込む。花園様の横には荷物が置かれていたため、九重の横に座ろうとした。
「……あっ僕の横に荷物を置いて、七草君は小雪のところに座ってよ」
九重が慌てて荷物をどかしていた。急にどうしたのだろうと思いながら九重の指示に従う。
「えっと……じゃあ、横に失礼します」
そう言って花園様の横に座った。しばらくして屋敷へと車が走り出した。九重はうたた寝を初め花園様は窓の外を眺めていた。
俺も同じ様に窓の外を眺めるが特に面白いものは無い。深い緑の木々が見えるだけだった。その場の空気感に耐えられなくなった俺は花園様に話しかける。
「えっと……なんか怒ってますか?」
「怒ってない」
少し食いぎみに返された。間違いなく絶対に怒っている。しかし、何かした覚えがないし、謝りようがない。気にさわるようなことをしたのなら申し訳ないが分からない。
「怒ってますよね」
「怒ってないよ」
花園様は窓の外を見たままこちらに向いてくれない。声色はいつもとあまり変わらないが機嫌は良くなさそうだ。俺が悪いことをしたのには間違いないがちゃんと話がしたい。
どうやってもこちらを向いてくれなそうだ。最終手段を取るしかないだろう。座っている花園様に手を伸ばす。膝の上に置いている手に触れる。少しだけこしょばす。
「……アハッハ……ハハ」
くすぐったいらしくすぐにこちらを向いた。
「止めて……玄兎……くすぐったいから」
そう言われて手を止める。花園様が行きを整えている。それを待ってから話をしようと思っていると花園様が不思議そうな顔をした。
「何で、私が手が弱いって知っているの?」
「……俺が弱いので花園様もかなと?」
そんな話をしたい訳じゃないと思い直して花園様も思い出したようにふくれた。
「申し訳ないんですがどうして怒っているか分からなくて……」
「……」
そっと花園様の顔を伺う。まだ怒っていそうな上に少しだけ困った顔をしていた。
「そんな顔をされたら怒れないな。でも、乙女の気持ち知らずとだけ言っておこうかな」
「……?」
言われた意味が分からない。理解しようと思考を巡らすが答えが出てこない。
「……許してほしい?」
まだ、花園様が言ったことが分からないがその問いに頷く。
「じゃあ……これからも一緒にいてね」
「……もちろんです」
自分勝手かもしれないがこんなにも優しい人から離れたいなんて思わない。少なくとも俺を救ってくれた人だ。花園様から離れたくないし離したくない。
そんな会話をしながら屋敷に戻った。以前と変わらぬ姿で向かえてくれた屋敷を見て少しだけ安心した。
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