第15話

お店を出てから一つの店に立ち寄る。ここまで来るなかで帰りに寄ろうと決めていたのだ。目的のものをその店で購入し出る。すると思わぬ人物と出会った。

「やあ、こんなところで会うとは奇遇だね。七草君」

「……こんにちは九重さん」

出会った人物は九重だった。正直あまり知らないし、何となく不振に思っている。できれば会いたくない一人なのだが。


「今からホテルに帰るところかな?」


「まあ、はい」


「そうか、じゃあ一緒に帰ろう」


断る理由を思い付かず仕方なく隣を歩く。コツコツと靴の音が二人分響く。自分より少しせのたかい九重を一瞬だけ見て様子を伺う。


無表情だがどこかにこやかな彼を見るとなぜか背筋が凍る。

「今日は一人で市場に来たのか?」


「……はい」

なぜ、そんなことを聞くのだろうと思いつつ一応答える。

「……そんなに警戒しなくてもいいよ?でも、君の境遇からしたら仕方ないのかもしれないね。知らない大人は怖いだろうからね」


「……」


九重が言っていることは間違いではない。正直なところ、信頼できる人物がいなかった俺は、俺以外が怖い。


陽和は俺を助けてくれた。けれど何か裏があるのではないだろうかと思ってしまう。誰かの優しさを素直に受け入れられないことは自分でも自覚はあった。


でも、仕方ないのだ。



だって、誰も助けてくれなかった。



何度も神様とやらに願った。



それでもなにも変わらなかったし、求めるたびに怖くて傷ついた。

「その左の頬も誰かに?」


そっとその傷があったところを触る。もう痛みはないただの傷跡だった。何かに剥ぎ取られたような、焼けただれたような傷跡。


「……この傷はどうしてできたのか分からないです。俺の人生は途中からでこの傷のことを俺は知りません」

どうしてできた傷跡なのか言えなかった。何となく九重がいない方に顔を向けながら歩く。まだホテルまでの道のりは長い。

「そうなのか。君の事ばかり聞くのはフェアじゃないね。僕の話しもしよう」


九重はそう言って左の腕の服を少しめくった。そこには見慣れた傷跡があった。俺と同じような焼けただれたような傷跡。


驚いて九重の顔を見る。どこか悲しそうな笑みを浮かべていた。


「初めて目があったね。僕も君に近い境遇だと思う。捨てられて一人だった僕は誰も信用しなかったからね」

 そう言って、九重は話を続ける。俺と同じ様に冷たい町で育ち、虐げられてきとこと。それが苦しくて必死に上り詰めたこと。それらを語る九重は遠いところを見つめていた。

「まあ、だからと言って君の全てが分かるわけでもない。でも、どうかそんなに怯えないでほしい。僕はここまで上り詰めて君たちのような人を救いたいと思っている。でもすぐに信用してほしいと言っている訳じゃない。できれば心を開く準備をしていてほしい」



「…………そうですか」


言葉に詰まる。警戒はしているが九重がこんな人物だとは思わなかった。


少なくてもあの傷跡の痛みは本物だ。思っていた人物像と少しずれがあって戸惑う自分がいる。


しかし、俺のなかで答えは出ず黙って下を向きながらホテルに戻った。

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