第10話
「えっ、何!」
建物が揺れて、思わず身を屈める。音と衝撃からしてこの建物の一部が爆発したと分かった。俺はすぐにドアを開け、音が鳴った方へと走る。色んな部屋からメイドの人が顔を出していた。
「危ないので、反対側の階段で一度外に避難してください」
避難を促しながら廊下を駆け抜ける。その指示に従ってくれて俺と反対の方向に走っていった。振り替えると花園様も着いてきていた。
「花園様も危ないので避難してください」
「そんなわけにはいかない。それに私のことを知っているだろう?」
能力のことだろう。自分は死なないから大丈夫という俺にしか分からないメッセージだった。できれば来てほしくないのだが何を言っても仕方ないだろうと諦める。
今回の爆発が何が原因のなか分からないので花園様には安全地帯にいてほしい。少なくとも、俺を狙った可能性が一番低いと思っている。
なぜなら、ここは花園様の屋敷であるからだ。その家の者を狙った可能性が考えられる。そして次に俺を狙う可能性がないからだ。能力があることを知っている人が少なく、メイドの人は知らない。
そもそも、あまり人前では披露してこなかったし分かるはずもないからだ。トータルしても狙われている可能性がるのは花園様だ。犯人がまだ現場にいる可能性がある以上は来てほしくないというのが本音だった。
頭のなかで今の状況を整理しながら走る。通ったところにあったドアを開けながら進んでいるので少しだけ時間がかかりそうだ。怪我人や動けない人がいないか見て回っているのだ。そして最後の階段に差し掛かったときだった。思わず足を止める。
「どうしたの、玄兎……ってこれは」
階段が瓦礫で埋まっていたのだ。すぐにどかすこともできないほどの瓦礫の山だった。思っていたよりも爆発の規模が大きいようだ。
「玄兎、反対がはの階段を使って行こう」
花園様が長い廊下の先を指さしている。普通はそうした方がいいのだろうが、こうしている間にも犯人が逃げる可能性もあるし、次の爆発が起こる可能性もあった。なので、俺は階段から一番近い部屋の中に入る。
「えっ、何をするつもりなの?」
驚いた声を出している花園様を置いて、窓を開ける。ここはどうやら二階のようだった。それを確認すると俺は思いっきり壁に蹴りを入れた。見事に砕け散って大きな穴が空く。爆発で建物は壊れているしこのぐらいなら誤差だろう。
「花園様、今だけ我慢してください」
そう言って花園様を抱える。
「えっ、ちょっと玄兎!」
さすがに驚いたのか大声を出している。俺は構わずそこから飛び降りるのだった。人を抱えた状態でも無事に着地することができた。まだ、驚きから覚めてない花園様を地面に下ろす。
「怪我はないですか?」
「いや、無いけど……身体能力、どうなっているの?」
そんなことを言われたも俺にはこの程度なんでもないのだ。花園様と爆発もとにまで向かう。できれば避難してほしいが、俺といた方が安全だろうと思いなにも言わなかった。
そして、、その現場に行くと一人の人影があった。俺よりも先に花園様が反応した。
「九重さん」
「ああ、小雪、無事だったか。玄兎君も」
この前、廊下ですれ違った九重だった。彼も爆発の様子を見に屋敷から出てきたようだ。その綺麗な服は砂ぼこりによって汚れていた。
「爆発の原因はなんだったんですか?」
端的にそれだけを九重にきく。そして、九重が口を開こうとした瞬間だった。またしても爆発が起きる。爆風で身動きが取れない花園様の前に立ち、少しでも和らげる。
そして、次に俺たちを襲ったのは熱風だった。建物の一部が炎に包まれる。真っ赤に染め上がった建物の中から一人の男の姿が見えた。そいつはゆっくりと歩いてこちらに向かってきている。そしてその男の顔が見えてきた。そいつはこの前、花園様が取り押さえた人だった。多くの家を焼いた男性だ。
「九重さんは逃げてください」
静かに花園様が言った。前方の男性に警戒しつつそのやり取りを見守る。
「……しかし」
「一般人には勝てません」
どうやら、九重は能力を持たないただの人らしい。確かに、そうならばここは危険な場所だろう。花園様の圧力に負けて九重は逃げていった。
あらためて、その男性と向き直る。この前の虚ろな感じは消えていたが正常な状態ではなかった。それは怒りと表すのがいいだろうか。その感情だけを本能のままに、振りかざす獣となっていた。
なぜ、このタイミングでこのような変化があったのかは分からないが今は撃退するしかないのだろう。もう、きっと彼には言葉なんてものは届かない。
「玄兎、下がっていていいよ。私が何か……」
「いえ、俺が行きます」
俺のことを拾ってくれた人だ。俺を大切にしてくれる人だ。こんなに危ないところには行かせられない。
花園様はきっと能力で死なないから何をしてもいいと思っているのだろうが俺はそんなことは思わない。その時の痛みは彼女のなかに残っているし、辛いと思うのだ。生き返るから死んでもいいとは俺は思わない。
だから、俺が彼女を守りたい。俺にはそれだけの理由がある。
花園様は…………俺が守り通す。
俺は燃え盛る建物に近づく。花園様は後ろで見守っていてくれた。なんとなくしか理解していない能力ではあるが今はやるしかないのだ。もう、何も奪われないために、壊されないために。
「なんで、急に暴れているんだ?」
一応、話しかけてみる。返事なんて期待していないし、なんと言われようともやることは変わらない。炎の燃え盛る音が一段と大きくなり、肺のなかにむせるような空気が入ってくる。うつむいていた男が睨むように視線を合わせてくる。
「全てを終わらせるために。この地獄を……自分自身を終わらせるために……俺が俺のまま消えるためにだ!」
そう叫びながら向かってくる。きっと苦しいのだろう。この世の全てを呪ったような叫びだ。俺にも似たような気持ちがある。だから、彼の言う地獄も見てきたが今を生きるために拳を固め放つ。
一撃だった。彼が立ち上がることは二度となかった。攻撃が当たる直前に彼の目元を流れる雫があった。
しかし、その自らの炎に書き消されたのだった。俺はゆっくりと花園様の元に歩く。幸い、俺は怪我も焼けどもしていない。ただ、疲れたなと少し微笑みながら歩を進めていた。
「玄兎!無事か……あの男は?」
「……」
しばらくの間、俺の口は動かなかった。なぜか、震えて言葉を作り出すことはできなかった。
そしてしばらくして目頭が熱くなって頬を何かが流れる感覚があった。花園様が驚いた顔をしているのがぼんやりと見える。
こんなところを見せるわけにはいかないと急いで顔を背けて服の袖でそれを拭う。一度、口に力を入れてその感情と震えを押し殺す。そして、言葉にした。
「あの男は…………解放されたと思います」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます