第9話
初めて、能力持ちの事件に向かった日から何日かが過ぎた。その間、花園様に同行することもあったが、俺が何かすることもなかった。ただ、ついていくだけだった。これからどうしていこうかと思いながら、もらった紅茶を淹れる。
香りが良く、何か考えごとをするのにはぴったりだ。そんなことを考えているとノックの音が響き渡る。
「はい」
返事をしながらドアまで向かい、扉を開くするとそこには満面の笑みの花園様がいた。
「えっと、どうかされましたか?」
「遊びに来ちゃった」
そんなことを言いながら花園様は中に入ってくる。思わず首を傾げてしまう。
仮にも忙しい人なはずなのだがと思いながら、淹れかけていた紅茶を用意する。カップを二人分だし綺麗な色をした紅茶を淹れ花園様のところまで持っていく。
「ありがとう。私からはこれをあげよう」
そう言って机の上に白い箱が置かれた。花園様がそれを開けると赤い木の実のようなものがのった何かが出てきた。甘い匂いがする。
「これは、ケーキと言うものでね。甘くて、紅茶と合うんだよ」
こんな食べ物があるのかと思う。全体は白いホルムで三角形をしていた。上に乗っている赤いものは苺と言うらしい。フォークで一口サイズにして食べる。
それはとても優しい味がして美味しい。柔らかくて、甘い。今までにこんなものは食べたことがなかったので、ちゃんと甘いと言うことを認識したのはこの瞬間だった。
「気に入った?紅茶が好きならお供にと思ってね」
そんなことを言いながら花園様も美味しそうに食べていた。今までの食事は生きるために、生命を繋ぎ止めるためのものに過ぎなかった。美味しいなんて感情は必要なかった。
食べなければ明日の命も怪しいような日々だった。食事は栄養補給でしかないと思っていたのだが、こんなにも幸福を感じてもいいのだろうか。食事という行為に幸せだと思ってしまった自分自身に驚く。
「ケーキにも色んな種類があるんだよ。今度は一緒に買いに行こう」
そんなことを優しげな顔で花園様は言ってくる。その顔はとても幸せそうで見ている俺も少しだけ優しくなれそうだった。でも、心のどこかで少し、寂しくも悲しい気がした。
そして、疑問を投げ掛ける。
「今日は何で遊びに来たんですか?別に俺のことはどうでもいいでしょう」
いつもの忙しくなく働いている花園様。時間ができたのなら休息をとればいいだろうにわざわざ、俺のところに来る理由なんてあったのだろうか。少なくとも、たまたま拾った俺のことなんて能力持ちの道具だろうに。
「なんかね、玄兎といると私はまだ人間なんだなって思えるんだよね」
「花園様は人間ですよね?」
何を言っているのだろうか。俺を含め、人間であることは当たり前だ。それ以外の何者でもない。
「そうなんだけどね。たまに、自分は誰で何で生きているのだろうと思ったしまうことがあるんだよ」
それは、花園様の記憶が欠けているからだろうか。この前話してくれたときに聞いたのだが、とある人に拾われるまでの記憶がないとのことだった。その事が関係しているのだろうかと思ってしまう。
でも、俺は今生きているのだあればいいのではないだろうかと思う。今、少しでも笑えているのであればきっといいことだと思う。
「玄兎は、ここに来るまでのはどんな感じだったの?別に話したくなかったらいいけどね」
先程よりも少しだけ悲しそうに笑った気がする。俺の過去なんて聞いてもきっと面白くない。けれど花園様の過去だけ聞いておくのも違うなと思い、少しだけ話すことにしたのだった。
いつも無表情の玄兎が少しだけ、困った顔をしながらも話してくれた。無理にきこうとしたわけではないのだが、話してくれるらしい。
彼はどうしてあの町で一人で生きてきたのだろうか。
俺は気がついたときにはこの街の隅にいた。ひどく寒くて、暗かったのを覚えている。固くて、不衛生で、希望なんて無かった。きっと、いつかはその光に包まれると思っていたのに、簡単に暗闇へと引きずり込まれた。
食べるものも、雨風を凌げるところもなかった。どうしようもない絶望のなかで見えない太陽を眺めていたら、こんな俺に話しかけてきた少女がいた。桜田陽和だった。
「こんなところで、大丈夫ですか?」
「……」
何かを言っているのだろうが、意識が朦朧として聞こえなかった。そこで俺の意識は途絶えたが次に目を覚ますと白い部屋のなかにいた。
驚いて、体を起こすとそこは知らない空間だった。
暖かみのある空間で不思議と落ち着く。どうして、自分がこんな空間にいるのか理解できず辺りを見ていると一人の女性が入ってきた。
「ああ、意識が戻ったんですね。まだ、動いちゃダメですよ」
そんなことを言いながら駆け寄ってきた。意識が途切れる直前に誰かに話しかけられたような気がしたが彼女だろうか。そんなことをぼんやりと考える。俺は彼女に助けられたのだろうか。
良く見ると点滴が施してありここが医療関係の施設であることがわかった。陽和は身よりの無い俺を助けてくれてたまに食べ物をくれた。こんな俺に話しかけてくるなんて物好きだと思ったがその優しさが眩しかった。そんなある日のこと。陽和があることをきいてきた。
「そう言えばなのですけど、お名前はなんと言うんでしょうか?」
「……気がついたときにはあそこにいたから、名前は」
俺には名乗れるものがなかった。その事を告げると陽和は少しだけ悩んでポツリと言った。
「七草玄兎、なんてどうでしょう」
名前すらもなかった俺にくれたのだ。どうして、こんな名前にしたのかは教えてもらえなかったがとても……込み上げてくるものがった気がする。このときはこんな感情を知らずなにも言えなかった。でもきっと、嬉しかったんだと思う。ありがとうって言えなかったなと今なら思える。
そんな苦しいながらも一筋の光を見つけた。絡んでくる貴族もいたがどうでも良かった。明日も、しっかりと生きてやりたいことをやろうと思えた。俺が望む未来にするために頑張ろうと立ち上がれた。そんな矢先にあの火事が起こったのだ。
あの貴族が陽和のことを焼いたとき許せなくて初めて感情を俺の外に出した感覚だった。その感情を抑えるのは難しくて、可能な限り力にかえて拳にのせた。その瞬間は何でもできるようなきがした。誰が相手だろうとも、勝ってねじ伏せることができるような感覚すらあったのだ。
そんなところに花園様がやってきたのだ。その怒りを一瞬だけ忘れてしまうものがあった。俺は花園様によってこの屋敷に連れてこられた。これが俺が花園様と出会う前の一部だ。一通り、話し終えて花園様の方に向き直る。すると彼女は顎に手を当てて何かを考えているようだった。しばらくその様子を眺めていると花園様が話し出した。
「私と玄兎は能力があって、昔の記憶が無い……これは能力持ちの共通点と見ても良さそうだね」
「……そうですね」
「自我がある能力者とそうではないものがいる現状。どう見るべきかな」
とても難しい問題を解くような顔をしながらそんなことを口にする花園様。確かに、この世界に置いて能力を持っているものはあまりに少数派で未知だ。それなのにかかわらず意志疎通ができるものはほとんどいない。街を破壊する行為ばかりで、原因も仕組みやその他に置いても分かっていない。
そんなことを二人で思考していると近くで爆発音がした。
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