赤いバラ

第5話

俺は不思議な感覚で目を覚ました。地面が柔らかく暖かい。


目を開けると知らない天井があった。なんなら、天井なんてものを見るのすら久しぶりだった。


何とか、体を起こすと全身が痛む。元々、傷だらけだったし、誰かに腹部を殴られたからだ。先程のことを思い出しながら辺りを見渡す。

 ここは、まるで病室のようだった。全体が淡いピンク色でふかふかのベットの上で寝かされていたようだ。


しかし、ここは一体どこだろうか。それに、陽和はどうなったのか。あの男を殴った後からの記憶が曖昧だ。色々な疑問と不安が一気に押し押せる。ただ、呆然とベットの上に座っているとこの部屋のドアが開いた。

 入ってきたのは容姿の整った、淡い桃色のような色の髪をした女性だった。そして少しずつ思い出す。


確か、火事の現場で彼女に殴られたのだった。そこまで考えたところで彼女はこちらを向き可愛らしい笑顔を見せた。

「意識が戻ったようだね」

彼女はそう言いながら俺の元へ近づいてきた。そして、俺のベットのすぐ横に立った。

「さっき、一応名乗ったが聞いていなかったよね。花園小雪だ、よろしく」

そう言って、手を差し出してきた。俺も手を出しながら喜びと絶望を覚えた。そして、再び笑顔を見せ花園と名乗る女性は今の状況を説明してくれた。

「君が殴った貴族の息子に関しては不問にしておいたよ。本来ならば両方に処罰だったんだけどね」

「……そうですか……ありがとうございます」

一応、感謝を述べる。しかし、助けられなかった陽和のことが頭から離れない。


俺はどうなったってよかったのに。


どうして、あんなにも優しい人が残酷に死んだのか分からない。

「そして君に提案があるのだけれど興味はないか?」

俺の考えていることとは反対に花園は明るい声で言った。本当は提案なんてものはどうでもいい。


何せ、今この瞬間に全ての希望が消えたからだ。望んだ未来も世界も消えたからだ。だから、俺は花園に沈黙を返す。

「君は家族もおらず、家も金もないのだろう?ならば、私に拾われないか?もちろん悪いようにはしない」

そう言われたが、もう生きる意味すらも見出ださないのだ。今日まで頑張ってきたことも耐えてきたことも無駄だった。それに花園に俺を拾うメリットがない。


それなのにそんな申し出をしてくるのは流石に不審だった。なので再び無言でいることにした。

「…………」

「やりたいことや夢はないのか?それを叶えるためでもいい。だから私と一緒に来ないか?」

確かに、諦めるにはまだ早いかもしれない。でも生きることをやめればこの生活から抜け出せると思ってしまう。


何十年と耐えて頑張って結果がこの有り様だ。だから、断ろうと思ったとき驚きの一言を花園は口にする。

「桜田陽和は生きている」

思わず、顔をあげる。そこでは花園が真剣な眼差しで俺を見ていた。

「……本当に?陽和は生きている?」

「ああ。私が助け出したからな。だから、交換条件だ。君が私のもとに来るのなら桜田陽和の治療と君の生活を保証する」

判断は一瞬だった。



陽和を助けたい。俺を救ってくれた彼女に恩返しがしたい。


そして、俺が今まで生きてきた理由の一つをまだ果たしていない。


先程のことがあまりに衝撃で諦めかけたがそういう訳にはいかないのだ。だから、俺は陽和を助けてくれた花園小雪と名乗る希望の光の手を取った。

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