第4話
呼吸が早くなる。熱くて、建物が焼けていく匂いと音が頭から離れない。建物の前で呆然と立ち尽くしてしまう。
そして、一つの事実にたどり着く。
『陽和が中にいるんじゃないか』
逃げれたのだろうか。熱気のせいなのか嫌な汗が全身から吹き出る。燃える炎の音が誰かの悲鳴のように聞こえた気がして俺はゆっくりと足を進める。
この世界で、俺に初めて優しくしてくれた人だった。
暖かさを教えてくれて、生きろと言ってくれた人だった。
素性の分からない俺にかまってくれて、笑ってくれて、初めて心配してくれた。
そんな優しい人だった。ゆらゆらと力なく燃え盛る家に近づく。回りの人が行くなと叫んでいるがどうでもいい。この中に陽和がいるのだから。
その瞬間だった。聞きたくなかった声が俺の耳に飛び込んできた。
「ははっ……やってやったぞ。人間以下のお前を助けるような偽善者の末路だ!」
その言葉と共に煮えたぎる感情が俺を支配する。もうなんだっていい。これからのことなんて、この一瞬は考えなくていい。
拳を握りしめる。
「お前も焼け焦げろ!」
そう言いながら、俺のことを押す男だった。しかし、その腕ををつかみ顔面に思いっきり拳をぶつけた。
その男は二、三メートル後方に飛んでいった。そこで伸びている男に馬乗りになって何度も拳を叩き込む。
止める者はいなかった。ただ、この怒りをぶつけてしまいたかった。俺が何かをされることは構わないが、どうしてあんなにも優しい人がこんな目に遭わないといけないんだ。
どうして、この世界は俺から奪うのだろう。俺が何かをしただろうか。こんな人生を歩まないといけない罪を犯しただろうか。この男の方がよっぽど罪人だ。
どうしてという言葉、怒りの言葉だけが俺の中にあった。その思いだけを力にして殴った。やがてそいつの抵抗も消えて意識を失っていった。
再び、立ち上がり周囲を見渡す。この火事を聞き付けて見に着ていた野次馬は戦慄していた。
それもそうだろう。人間以下と言われて、忌み嫌われていた俺が、貴族の子供を殴り倒したのだ。
誰も声を発せず、動くことも出来ないでいた。それだけの圧があったのだろう。静寂が辺りを包み炎が燃え盛る音だけが静かに鳴っている。
再び、炎が包む家に向かう。まだ、もしかしたら生きているかもしれない。そんな、ありもしない希望を持って。
今の俺は死なない気がした。
何にも負けないと思えた。
例え、この世界を支配する神様がきたとしても俺は勝てるだろう。
炎が鼻先まで迫ってきた。そして、その一歩を踏み出そうとしたとき、一つの足音がこちらに向かってきた。
コツコツと固く冷たいレンガ造りの道を歩いて俺の元に向かってくる足音だ。俺は振り返る。そして、その姿を見た。
「私は花園 小雪《はなぞの こゆき》だ。あそこの男を殴ったのはお前だな?」
その瞬間、腹部に激痛が走ったのを最後に意識を失った。
花園小雪と名乗ったその女性は、笑っていたように思う。
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