第8話
~そして僕らは~
あの旅行から一週間が経つと学校が始まり夏休みが終わった。それでもまだまだ気温は高くて暑い。浅桜さんは入退院を繰り返していたがその度にお見舞いに行っていた。そんなことを繰り返しているうちに、気づけば夏は過ぎて秋になっていた。時間が過ぎていく早さに驚いている。学校でも長袖を着ている生徒が多くなってきていて僕もその一人だ。風倉は半袖を着ていた。外に出れば秋の匂いがしていて紅葉も色づき出した。
その秋の日に浅桜さんはこの世を旅立った。
僕は少し肌寒い秋の空の下を歩いて学校に向かっていた。相変わらず一人で投稿している。浅桜さんは入院をしているから学校で話せるのは風倉だけだ。いつも通りに教室に入ると風倉が先に来ていた。同じような時間に登校しているから珍しいことでもない。
「おお、ツキミナおはよう」
「おはよう」
何気ない挨拶。窓際の自分の席に鞄を置く。するとスマホが鳴った。風倉にも着信がきているようで、二人そろって内容を確認する。浅桜さんからだった。いつものように花の指定だろうと目を通す。
湊君、涼君、ありが
そこで文字が途切れていた。嫌な、予感がする。一瞬固まってしまったが僕はすぐに教室を飛び出した。それは風倉も一緒だった。登校してくる生徒を避けながら階段を下りる。もう、夏でもないのに汗が止まらない。うまく息が吸えない。でもそんなことはどうでもよくてただ走った。校門を出ようとしたら車が入ってきた。担任の先生だ。見つかったとしても強行突破するだけだ。そう思っていた。僕らは車の横を通ろうとして先生に声をかけられた。
「月城、風倉、乗っていけ!」
予想外の言葉に驚いたが僕らは先生の車に乗り込む。息を整えながら冷静になろうとする。僕よりも先に風倉が話し出した。
「なんで先生が俺らに協力してくれるんですか?学校を抜け出してどこかに行こうとしていたのに止めないんですか?」
「まあ、事情を知っているからな。浅桜のことはご両親から聞いていたし、月城と風倉のことも聞いていたからな」
やっぱり学校側は知っていたのか。でなければ、この三人が同じクラスにはならないよな。そう考えている間も先生の車は病院に向かっていた。その中で先生は話を続ける。
「昔、大事な人が事故で亡くなったんだ。だから、会いたい人がいるなら今、会わないときっと後悔する。だから、行ってこい。学校は何とかしてやるから」
そう言われたときには病院に着いていた。先生の車を降りる。
「先生、ありがとうございました」
しっかりとお礼を言った。頭を下げて、車を見送る。そして、浅桜さんがいる病室に向かって走った。
今、行くから浅桜さん!
その真っ白な部屋はいつもよりも騒がしくて、白や淡いピンク色の服を着た人が沢山集まっていた。入り口で一瞬止まってしまった。でもその中に割って入っていく。
「浅桜さん!」
「浅桜!」
名前を呼ぶがいつもみたいに、湊君とは呼んでくれない。浅桜さんにてにはスマホが握られていた。
「……はあ……はあ……湊君、涼君…………」
周りの音が急に遠退いて消えたような感覚だった。浅桜さんの声だけが鮮明に聞こえる。震える手で浅桜さんの白い手を握る。風倉の手も重なる。
「…………今までありがとう…………そして私を……はあ……はあ……」
とても苦しそうなのに一生懸命に笑顔を作ろうとしていた。浅桜さんの手が僕らの手を強く握る。
「……私を…………好きになってくれてありがとう。ちゃんと生きて……ね」
ピー ピー ピー
無情な機会音が聞こえる。浅桜さんの手から握っていた力が消える。真っ黒できれいな瞳は閉じていて、作り物のような真っ白な肌に微笑みの表情を浮かべていた。
「僕の方こそありがとう…………鈴ちゃん」
「浅桜との約束、絶対果たすからな」
涙が溢れて体に力が入らない。その場に座りこんでしまう。風倉も同じ様に座っていた。
人の命はなんて儚いんだろう。なんで浅桜さんは笑っていたのだろう。きっと、その瞬間が一番怖かったはずなのに。僕らのために、笑ってくれた。最後まで浅桜さんは優しくて強かった。こんな僕を好きだと言ってくれてありがとう。頭では分かっているのに涙が止まらなくてどうしようもなく叫びたい。今でも浅桜さんが目を覚まして話してくれるんじゃないかと思ってしまう。浅桜さんと過ごしてきた思い出が頭の中を駆け巡る。浅桜さんが僕の名前を呼ぶ声がする。
「久しぶりだね、湊君。私のことおぼえてる?声ぐらい掛けて欲しかったな」
「昔の仲間が再開したんだよ。話すことが山ほどあるからに決まっているでしょ」
「すごく美味しそう!」
「ありがとう。やっぱりきれいだね」
「ピンクのガーベラ、私の誕生花を用意してくれたんだ。もし、本気ならどこにいっても私を見つけて。そして真っ赤なバラを四本ちょうだい……待ってるからね」
「約束って……分からないじゃん。絶対なんて言えないじゃん……」
「私はイチゴにしよ。湊君は抹茶でいい?」
「湊君、ありがとう」
「そっか……本気なんだね。ありがとう湊君。こちらこそ、よろしくお願いします」
「ねえ、湊君。今日だけ……今だけ……聞いてくれる?」
「湊君」
鮮明に今までの記憶が浮かんでくる。はじめて今の高校であった日。ご飯を作ったり、勿忘草を渡したり。少しだけ思い出した記憶の浅桜さん、告白したときの表情。僕の名前を笑顔で呼んでくれた、あの響き。
「花は咲いては散っていく。だから美しく大切にできるの。散っていった花のことを誰が覚えていてくれるのかな。静かに去っていったあの子のことを皆が忘れていくのかな。でも、私はちゃんときれいに散るから。私の大好きな皆には笑っていてほしいから、笑って散るの。見ててね、湊君」
花琉巣さんの小説が脳内で響く。でも少し違っていて、僕の名前が呼ばれた。何度も何度もこの台詞が頭の中で流れる。思わず、彼女の名前を呼ぶ。
「…………浅桜さん」
「ツキミナ……」
風倉が僕の背中に手を置く。分かっている。全部、浅桜さんの思いも、願いも。でも、僕の中でぐるぐると頭の中をかき混ぜられているような感覚だ。浅桜さんが最後の瞬間までずっと願った僕らの幸せ。だから、僕は必死に涙を止める。そして少し微笑みながら立ち上がる。
「浅桜さん、本当にありがとう。ずっとずっと大好きだよ……さようなら」
唇を噛み締めながら涙をこらえる。大丈夫、絶対に浅桜さんを忘れない。今度こそ忘れないんだ。ダメだ。下を向いたら涙が溢れてしまう。少し上を向いているとここに向かって走ってくる足音がする。
「鈴!」
浅桜さんのご両親だ。まだ化粧もしていない女性とスーツ姿の男性。どちらも慌てた様子だった。僕らは静かに頭を下げて病室を出る。きっと、今は僕らがいない方がいいだろう。自分の娘が死んだんだ。家族だけの時間がいい。
病室を出た後は少し病院内のイスに座っていた。手が少し震えていて目元が晴れている感覚がする。大丈夫、忘れないって決めたんだ。一生懸命に生きた浅桜さんみたいに僕も生きていくんだ。浅桜さんが僕に残してくれたことなんだ。
「ツキミナ、これ」
風倉がカフェラテを買ってきてくれた。コーヒーが飲めないことを知っているのだろう。こんなときでも人に気を配ることができる風倉がシンプルにすごいと思う。僕は僕の感情の整理だけで限界なのに。風倉から受け取ると横に座ってきた。
「大丈夫か?ツキミナ」
「……大丈夫、だと思う。さすがに今は笑えないけどいつまで暗い顔はできないからな」
無理な笑顔を作る訳じゃないが、浅桜さんはきっと僕らに笑っていてほしい気がする。少なくとも僕だったらそう思うから。風倉がくれたカフェラテを飲む。甘くて暖かい。泣きまくって疲れて冷えた体に溶けていくのが分かる。しばらく二人の間に静寂が流れる。涙も止まって立ち上がる。一応浅桜さんの両親に挨拶をしてから学校へと向かった。
一応、学校を抜け出したわけだから職員室に向かうと担任の先生が出てきた。
「月城、風倉、会えたか?」
「はい」
病院まで送ってくれたのだ。色々報告をするべきだろう。そして、僕らが間に合って浅桜さんが亡くなったことを伝えた。すると先生は目を閉じて何も話さなかった。やがて口を開く。
「まだ学生で若いのにな。二人は体調不良で帰ったことにしてある。だから、今日は帰れ」
そう言われて教室に置いてきた鞄を渡される。僕らはその鞄を受け取る。確かに、今は一人でいたい。ちゃんと冷静に考えたい。だから、今回は先生の言葉に甘えて帰ろうと思う。
「すいません、今日は帰ります。色々とありがとうございました」
そう言って深く頭を下げる。風倉も僕の横で頭を下げていた。先生が送ってくれたから浅桜さんと会うことができた。感謝してもしきれない。そして帰宅しようとした。
「月城」
先生に呼び止められた。僕らは足を止めて振り返り先生の方を見る。
「浅桜が転校してきてしばらくしてから月城の話を聞いた。だから記憶のことを知っていたんだ。本人以外からその事を聞いてしまった。気分が悪かったら申し訳ない」
先生が頭を下げていた。そうだったのか。浅桜さんが先生に僕のことを話したのか。でも、知っていたからこそ先生は色んなサポートをしてくれていたのだろう。優しく声をかけてくれていたのだろう。
「いえ、大丈夫です。本当にありがとうございました」
再び、お礼を言って帰宅した。浅桜さんが僕のことを先生に言った理由も想像がつく。自分が死んだ後に僕のことを頼もうとしていたのだろう。心配しすぎだ。ちゃんと学校生活を送るように先生にだけは教えていたのだろうと思う。家に帰るなり布団に潜った。とにかく疲れたし、まだ少しだけ泣き足りなかった。風倉が優しいから、泣かないようにしていたがあと、少しだけ泣かせてくれ。
今日だけ……今だけは……
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