第7話
僕らの夏の作戦
次の日、僕は怪我の状態を見せるため病院に行った。順調に回復しているようで捻挫の方はもう痛みはない。普通に歩けるし走ることもできる。あとは左手だけだ。まだ包の状態だが少し簡易なものになった。
その帰る道、少しだけ寄り道をした。書き上げた小説をポストに入れる。
「選考、通りますように」
ポストの前で手を合わせる。その後は帰宅して二週間後の準備をした。風倉とも相談したりして進めていく。
そして二週間はあっという間に過ぎた。僕は荷物を持って家を出る。風倉との待ち合わせ場所で待った。
「おはよう、ツキミナ」
「おはよう」
風倉も僕も少し大きめの鞄を持っていた。正直少し重い。
「行くか」
「そうだな」
僕らは朝早くに浅桜さんの家に歩いていく。この計画は浅桜さんには言っていない。一応、浅桜さんの両親には伝えて協力をしてもらっている。浅桜さんの家に近づくにつれて心臓がうるさくなっていく。それをどうにかしようとしているうちにインターフォンの前に来ていた。
ピーンポーン
「はい」
「月城と風倉です」
「えっ、湊君と涼君!どうしたの、ちょっと待ってて」
そう言うとインターフォンは切れた。浅桜さんのお母さんは黙っていてくれたようだ。
「浅桜、びっくりしてたな」
「まあ、朝八時から男が二人来たら驚くだろ」
そんな会話をしているとドアが開く。そこに立っていたのは寝起きだろう浅桜さんだった。
「二人ともどうしたの?何、その荷物……」
浅桜さんは僕たちを頭の上から足の先まで観察している。きっと頭の中は疑問がいっぱいなのだろう。
「浅桜さん、今から旅行に行くよ」
「えっ、今から?」
「浅桜、今すぐに行くぞ」
浅桜さんが状況を飲み込めず戸惑っている。まあ、日頃のお返しだ。
「でも、なんの準備もしてないよ?」
そう言うと一人、奥から鞄を持って出てきた。
「行っておいで。もう準備をしておいたからさ」
一目見て分かる。浅桜さんのお母さんだ。白い肌、黒い髪、そして笑った口元がそっくりだ。
「お母さん、知ってたの?」
「うん。連絡を貰ってたからね。夏休みに男の子二人に旅行に誘われるなんてモテモテね」
「お母さん!違うから。ちょっと着替えてくる」
そう言って一度中に入っていった。その間に荷物を受けとる。
「鈴をお願いね。湊君、涼君」
「はい」
そして、浅桜さんを待ってマンションを出た。一階に行くとタクシーが待っていた。
「主役を歩かせるわけに行かないだろ?」
それぞれの鞄を積める。行き先は空港だ。
「空港ってどこに行くつもりなの?」
「俺らの思い出の場所」
僕が記憶を失う前にいた田舎だ。風倉と話し合った結果、昔懐かしのところで過ごすのも楽しいだろうとなった。それに、何かがあったときにも対応しやすいからだ。安全面もあるし、風倉の家で寝泊まりができる。ホテルだと金銭面的に無理なのだ。結果、このような形になったのだ。
「旅行に行くなら行ってくれたらいいのに」
「サプライズ」
「びっくりしてほしかったんだよ」
空港に着くまで雑談をしていた。
「そういえば、湊君が書いてた小説はどうなったの?」
「早ければ明日、電話があるはずだよ」
「選考、通るといいね」
「うん」
今回は自信作だ。二人に再開して、僕も小説も変わった。きっと今の自分なら書きたいことが分かる気がする。
「涼君もコンテスト応募中だよね?」
「ああ。通ってくれ、頼むぞ」
「なんのコンテストなんだな?」
風倉は小説を書かないと言っていたし、なんのコンテストだろうと疑問に思う。
「それは秘密だ。浅桜の小説はどうなったんだ?」
「秘密だよ」
目をつぶってあからさまに目を逸らす。個人的にも興味があるのだが。
「落ちたのか?」
「違うよ。本当は秘密なんだけどね。書籍化が決定しました」
「マジか」
「すごいな」
「本当だよ。題名は、これは彼のアルバムです。にした」
しっかりと題名を覚える。そうか。浅桜さんの書いた物語が本になるのか。どんな物語で、表現なのだろうか。すると風倉が質問をする。
「どんな物語なんだ」
「買って読んでください。千六百円になります」
「千六百円だな。絶対に買うぞ」
「湊君は買ってくれる?」
僕と目を合わせて浅桜さんが尋ねる。そんなの答えは決まっている。
「買うよ」
「前に聞いたときは高かったら読まないって言ってたのに」
「覚えてない」
確かに前はそう言った。でも、今は浅桜さんが書いた世界が、物語が気になる。可能なら今すぐにでも読みたいぐらいだ。浅桜さんの言葉、表現、世界観、物語。全てが楽しみだ。
「目的地に着きました。料金は三千五百円になります」
お金を払いタクシーを出る。荷物を引きずって空港に入る。
すごく大きい空港だ。何年間ぶりかに来たら圧倒される。
「ツキミナ、中に入ったらどこに向かえばいいんだ?」
「えっ」
そうだった。風倉は無自覚方向音痴だった。色々な人に聞いて何とか手続きを済ませる。誰か、大人の人をつれてくるべきだったかもしれない。荷物検索などを済ませて飛行機に乗り込む。浅桜さんを挟むようにして座る。そして僕は一冊の本を取り出した。長い時間座っていないといけないからだ。もちろん花琉巣さんの本だ。この前、浅桜さんに紹介した文が書かれている小説だ。
「また、花琉巣さんの小説?」
「うん」
「本当に好きだね。でも、私眠くなってきちゃった。着いたら起こして」
「俺もだ。昨日、楽しみすぎて寝れんかった」
子供かと思いながら本に目を通す。しばらくすると二人の寝息が聞こえてきた。
この物語が僕は本当に好きだ。そして勇気を少しもらえる気がするんだ。小説を読んでいたはずがいつの間にか寝てしまっていた。
「ツキミナ、起きろー」
「湊君、本を持ったまま寝てる。写真撮ろ」
なんだか騒がしい声で起きる。僕の視界には浅桜さんと風倉が写った。
「おはよう」
「ああ……寝てた」
「だね。小説を持ったまま……その本の小説の表紙、私が好きなイラストレーターだ」
そう言われて表紙を見る。このイラストレーターは花琉巣さんの小説を担当していることが多く僕も何度か目にしていた。力強くも繊細なイラストが表紙にピッタリだ。それにこの小説を読まないと書けないイラストだと思う。
「確か、イラストレーターの名前は……」
「小坂 羅竜《こざか らりゅう》」
そうそう。変わった名前のイラストレーターだった。イラストメイキング動画なども投稿していて、今、人気のイラストレーターだ。同じ高校生らしく、こんなイラストが書けるのはすごいと思う。
そんな話をしていると飛行機が着陸した。荷物を持って飛行機を降りる。慣れてはいないので少し周りを見てしまう。眠たかった目も一気に覚めた。空港に入るとこちらに向かって手を振っている人物がいた。良く見ると風倉とそっくりだ。
「おっ親父だ」
なるほお風倉の父さんなのか。びっくりするほど顔が似ている。年の離れた兄弟みたいだ。空港から風倉の家まで送ってくれるらしい。
「涼君のお父さん、今日はお願いします」
「ああ、鈴ちゃんだな。大きくなって。こっちはツキミナ君か」
風倉の父さんにもツキミナって呼ばれてたのか。心の中でなんとも言えない感情を味わいつつ車に荷物を入れていった。そして三人で乗り込む。
「腹減っただろ。帰ったら素麺があるぞ」
「ありがとう親父」
「やった、いただきます」
そんな会話をしつつ二時間ほど走る。山奥の景色が懐かしく、空気も美味しい。最近はビルや建物の中で暮らしていたこともあり、とても美しく見える。鮮やかな緑に夏の匂いがする。蝉の声や風の音が心地よい。それらに見とれていると目的地に着いた。
「ついだぞ。荷物は運んどくからご飯食べてこい」
「ありがとうございます」
お礼を言って中にはいる。なかなかに大きい家で旅館かと思ったほどだ。きれいに磨かれた廊下を歩く。僕はむかし、ここにも来ていたのだろうか。
「いつ来ても、涼君の家は居心地がいいね」
「そうか?俺は普通だけどな」
「僕にとっては初めてだけど、安心感がある」
長い廊下を歩きながらそんな会話をする。そして襖を開けて部屋に入る。そこは和室だった。きれいな色をした畳でいい匂いがする。窓からは庭が見えていてきれいなひまわりが咲いていた。
「きれいなひまわり。夏って感じだね」
「奥に朝顔もあるぞ」
やっぱり浅桜さんは花が好きなんだなと再確認する。三人で花を見ていると風倉の父さんが素麺を持ってきてくれた。
「冷えてるぞ。若いもんはいっぱい食べてくれ」
「ありがとうございます」
三人ともお腹がすいていたのですぐに食べ始める。汁に着けて素麺をすする。冷たくて美味しい。しかし、あり得ない光景を目にした。
「風倉?」
「なんだ?」
風倉が不思議そうにこちらを見る。その顔をしたいのは僕なのだが。初めて見る光景に驚く。
「素麺にわさびを入れたいのは、まだいい。入れてる量、多くないか?」
わさびのチューブを力いっぱい絞って入れていた。さすがに入れすぎだろう。辛さしかない状態だ。
「涼君はいつもだよね。私は絶対にやらないけど」
いつもなのか。これが通常の光景なのかと驚きを隠せない。ちなみに僕も何も入れない。入れてもきざんだ海苔ぐらいだ。そんな会話をしながら素麺をお腹いっぱいに食べた。
「よし、昼からはあれしかないよね」
「だよな」
またこのパターン。主催者であるはずの僕が話についていけない。昼からはなんなのだろうと二人を見る。
「魚釣りだろ」
「いっぱい釣らなきゃだね」
そのまま強制的に川へ連れていかれた。川も音は心地よく涼しい。嫌いじゃないが僕は二人を見つめることしかできない。なぜなら。左手が使えないからだ。
「釣れないな」
「やった、六匹目」
風倉は全く連れていないが浅桜さんがすごい勢いで釣っていく。まあ、僕はただの見学だが。
「湊君はまだ釣りは難しい?」
「さすがにまだ無理かな」
心配されるのも嫌だから隠しているがまだ痛い。だからそこまで自由に動かせるわけでもないのだ。片手では釣りは難しい。
「だったら、湊君のお母さんのところに顔出してくれば?この前、心配してたし」
「そうだぞ。行ってこい」
「……じゃあ少し行ってくる」
僕は立ち上がり風倉の肩を軽く叩く。
(浅桜さんを頼むぞ)
(任せろ)
そんな意志疎通をして僕は病院に向かう。まだ昼だから家にはいないだろう。それにきっと昼の休憩時間だろうから会えると思う。川から少し歩いた小さな病院だ。しかし、ここらでは皆が使っているのでとても大事な役割を果たしている。受け付けに行き、母さんがいるか尋ねた。
「月城なんですけど」
「ああ、息子さんね。顔がそっくり。今、呼んできますね」
名乗っただけで分かってもらえた。しばらく、待っていると聞きなれた声が聞こえた。
「湊?こっちに着いたのね。怪我の状態はどう?」
「だいぶ治ってきたよ」
一応はこっちに来ることは伝えてあった。どこかのタイミングで寄ろうとは思っていたので顔が見れて良かった。
「鈴ちゃんとはどう?」
「どうってなんだよ。別に何もないけど」
何を探ってきているのだか。やめてもらいたい。
「夜の夏祭り、行くんでしょ?お小遣い」
そう言ってお金をくれた。
「絶対に成功させなさいよ」
そう言うとヒラヒラと手を振って戻ってしまった。だから、成功させるってなんだよ。自分の中で言い返すが、きっと顔は真っ赤なのだろう。その場を早く立ち去りたくて病院を出る。母さんがくれたお金に何かが挟んであったことに気がつく。それは地図で、タイムカプセルと書いてあった。後で三人で行こうと思いつつ帰りに少しだけ寄り道をした。
風倉の家に帰ると浅桜さんたちも帰ってきていた。
「湊君、見てみて!十二匹も釣れた」
「俺は二匹」
「おおすごいな」
そこには元気良く泳いでいる魚がいた。これを釣ってどうするのだろうか。
「後で親父が焼いてくれるから食べようぜ」
食べるんだ。そんなことを話していると風倉の父さんが来ていた。
「おお、結構釣れたな」
「浅桜ばっかり釣れるんだよ」
「お前は下手だもんな」
浅桜さんが釣りがうまいのは少し意外だった。風倉の方ができそうなイメージがある。
「そうだ。夏祭り、行くんだろ?浴衣あるぞ」
「やった、いいんですか」
案内されて浴衣を着てみる。風倉が少し手伝ってくれて、浅桜さんは着なれているのか別室で着替えてきた。ものの五分ぐらいで着替えて終わっていた。僕と風倉はいまいち分からずに迷って悪戦苦闘していた。
「不器用男子だな」
「仕方ないだろ。左手が使えないんだ」
浴衣をきた頃には日が沈み、祭りが始まる時間になっていた。赤い夕日に包まれて三人で近くの神社まで歩く。次第に太鼓の音は大きくなっていき人も集まってきた。
「ねえ、射的やろうよ。今年は湊君に勝つからね」
「だな。ツキミナに勝つぞ」
「僕はそんなに強いのか?」
正直、射的をやった覚えがない。二人に勝てるくらいうまかったのだろうか。三人で並んで射的をする。僕は左が使えないので店員さんが支えてくれた。ハンデがありすぎるだろと重い
思いながら引き金を引く。
「大当たり」
「ツキミナ、当たりすぎだろ」
「私、一個しか取れなかった」
「俺はゼロだ」
五回撃てるのだが五回とも当たった。意外とできるのだなと思う。
「こんなに景品も要らないから、好きなのあげるよ」
そう言って二人に差し出した。浅桜さんはぬいぐるみ、風倉はおかしを持っていった。
その後も全ても屋台を回った。わたあめ、金魚すくい、くじ引き、りんご飴など。食べれるだけ食べた。楽しいこの空間も、美味しそうな匂いもただただ幸せに満ちていた。とても楽しいし、心から笑えた。黄色や赤、オレンジ、暖かな色に囲まれる。
「今年も花火あるかな?」
「あるみたいだぞ」
花火を見るために少し高いところに移動する。浴衣の状態にも慣れてきた。この腕なら浴衣の方が楽なのかもしれない。
「楽しかったな」
「またここのお祭りに来るとは思ってなかったよ」
そんなことを話しながら腰を下ろす。すると花火が上がる音がして真っ黒な空で弾けた。
ヒュー バーン
きれいな色をした花が咲き、消えていく。儚い炎の花が咲いては消えていく。きれいなのにどこか、寂しい。三人で遠くの花火を見ていた。浅桜さんの横顔は真剣だが笑っていた。
こんなときに花琉巣さんの小説を思い出していた。花は咲いては散っていく。だから美しく大切にできる。散っていった花のことを誰が覚えていてくれるだろう。静かに去っていったあの子のことを皆が忘れていくのだろうか。なんの場面だったかそんな言葉を思い出していた。なぜだか、少し浅桜さんと似ている気がしたのだ。
花火も終わり帰る人もちらほらと見えるようになっていた。
「そろそろ帰るか」
「そうだね」
「少しだけ寄り道をしないか」
僕が二人に提案する。さっき母さんからもらった地図だ。それを二人に見せる。
「懐かしい。やってたよね」
「ツキミナの家だな」
どうやら僕の家の庭に埋めてあるらしい。そのまま家に向かう。神社からは近く、三分ほど歩いたところだった。久しぶりに庭に入るとすでにスコップが置かれていた。きっと母さんだろう。風倉が地面を掘ってくれた。幼い僕たちが埋めたからか、わりと浅いところにあった。
「これだな」
風倉は土を払い大きめの箱を開けた。そこには、なにやら沢山の物が入っていた。一番上には古くなった紙が入っており浅桜と書いてあった。
「これ、私のだ。懐かしい」
それは原稿用紙のようでぎっしりと文字が書いてあった。
「何が書いてあるんだ?」
「秘密に決まってるでしょ」
次に風倉から僕に渡された。それは万年筆と写真だった。中学生ぐらいの僕たちが写っていた。裏には『約束』の文字があった。
「これは俺のだ」
「何を入れたの?」
すると風倉が自慢げに見せてきた。持っていたのは手のひらサイズのロボットだった。
「俺のロボ七号だ。自信作だったんだよ」
「なんで自信作を入れるんだ」
ロボットを入れてたのか。おもちゃを改造したようなロボットだった。
それぞれの思い出を抱えながら風倉の家に向かう。
「なんか、いい匂いがする」
「親父が魚を焼いてるんだろう」
家の前に行くと七輪で魚を焼いていた。とてもいい匂いがする。お祭りでお腹いっぱいだと思っていたが一気にお腹が減る。
「今、部屋に持っていくから家に入ってろ。しっかりと手を洗うんだぞ」
「はーい」
手を洗いに行く。風倉の父さんにはたくさんのお世話になった。後でちゃんと感謝を言わないとだなと思う。手を洗って部屋に戻ると風倉がいた。
「浅桜さんは?」
「二階のベランダ。今がチャンスだぞ」
風倉に背中を押される。そう言われた瞬間、急に緊張してきてしまった。
「行ってこい」
思いっきり背中を叩かれて部屋を出された。
「ダメだったら慰めてやる」
「頼む」
暗い廊下を歩いて片手に用意したものを持つ。そして階段を上ってベランダに向かった。思い出作りともう一つの目的。
部屋に入ってベランダに足を進める。そこには、星空を眺める浅桜さんの姿があった。心臓がうるさくて、いっそのこと止めてしまいたい。
「浅桜さん……」
「あっ湊君。星が綺麗だよ。今、呼びに行こうと思ってたところ」
「うん。確かに綺麗」
周りが暗くて助かった。きっと僕の顔は真っ赤なんだろう。変な汗が頬を流れて、唇が震える。本当に口から心臓がでそうだ。夜空を眺める浅桜さんの横顔を見る。暗いこの空間で浅桜さんの肌が淡く光っているようだ。真っ直ぐ、どこか懐かしそうに星空を見ている浅桜さんを見ていたらなぜか落ち着いてきた。自然に口が動いて僕は言っていた。
「鈴ちゃん、好きです。僕と付き合ってください」
僕は真っ赤なバラを四本、浅桜さんに差し出す。真っ直ぐに僕の目は浅桜さんを捉えていた。
「本当に?私のことが好きなの?いいの……私で」
そう言いながら僕に飛び付いてきた。浅桜さんは涙を流していて、少し震えていた。
「約束したからな。どこに居ても見つけ出すって。それに、花言葉だろ?」
「思い出したの?」
「まだ、全部は思い出してない。一部だけど少し思い出したんだ」
きっと全部、思い出す。どんな瞬間も覚えていたい。君がずっと生きていられるように。
「赤いバラを四本。花言葉は、死ぬまで気持ちは変わりません……だろ?」
思い出した記憶で浅桜さんは本気ならこの花を渡してほしいと言った。そして、この前の勿忘草。花が好きな浅桜さんなら考えそうなことだと思った。
「そっか……本気なんだね。ありがとう湊君。こちらこそ、よろしくお願いします」
花束を浅桜さんに渡して、星空を二人で見る。都会で見るそれよりも綺麗だった。ベランダの手すりの掛けた手に浅桜さんが手を重ねる。体温があって暖かい。人生で二回目の告白だ。一回目も浅桜さんだったけど。
「ねえ、湊君。今日だけ……今だけ……聞いてくれる?」
「うん」
浅桜さんは星空を見たまま僕に話しかけてきた。一瞬、僕は浅桜さんの方を見てから星空に視線を戻す。少しだけ冷たい風が頬を撫でていった。
「湊君がここに連れてきてくれたのは私のためなんでしょ?少しでも思い出したなら……」
そこで、浅桜さんが言葉を詰まらせた。ゆっくりと僕が口を開く。
「浅桜さんの言おうとしていることは、たぶん思い出した。でも、浅桜さんの願いだけじゃなくて、僕もこの三人で過ごしたかったから」
僕はずっと一人で生きてきた。昔はそうじゃなかったとしても覚えてないことや覚えてない人は知らないことだった。でも、どこか悲しくてむなしい。自分の中が空っぽで、それに蝕まれて苦しかった。騒がしいながらも嬉しくて暖かかった。それが楽しくて幸せで、もっと知りたいし一緒にいたいと思った。でも叶わないかも知れないと分かったとき、僕の中で日常の脆さに絶望した。その中で僕ができること。浅桜さんが望むこと。そして僕のことについて考えてきたんだ。これが僕の答えだった。
「……そっか。じゃ湊君にもバレちゃったんだね……本当はずっと話そうと思ってたの、私のことを……でも怖かった。みんながいなくなったらって、離れて離れていったらって」
浅桜さんの声が震えていた。息を大きく吸ってから、浅桜さんがもう一度話し出した。
「私の言葉で言わないといけないって思って……私……冬まで生きていられないの。もうすぐ死んじゃうの。それでも私のことを好きでいてくれる?」
「そんなのは関係ない。僕は本気だって言っただろ?だから、死ぬとか考えないでいい」
いつの間にか僕のことを見ていた浅桜さんに向き合う。死ぬからとかは関係なくて僕を笑わせてくれる浅桜さんが好きなんだ。いなくなってしまっても僕は変わらない。
「湊君は約束を守ってくれたんだね。最後にひとつだけ、お願い聞いて?私の名前をもう一回だけ呼んでよ」
「……鈴……ちゃん」
「うん、湊君」
しばらく、二人で星空を眺めてから一階に戻った。川で釣ってきてくれた魚が焼けていて、すごくおいしかった。風倉の慰めはいらなさそうだ。ご飯もおいしかったし、楽しかった。そして気づいたときには布団の中にいた。浅桜さんの意見により三人が同じ部屋で寝ている。
二人は寝ているようで寝息が聞こえてきた。僕は、楽しかった興奮がまだ余韻として残っていた。先程の告白もよぎって顔を覆ってしまう。布団にもぐって、しばらくすると僕も寝ていた。長旅で疲れている体は簡単に意識を手放した。
朝、誰かが僕を読んでいた。体を揺すられる感覚があった。
「ツキミナ、起きろって」
「湊君、朝弱いのは変わらないね」
浅桜さんと風倉に起こされて目を覚ました。時刻は九時過ぎだった。昨日、なかなか寝付けなかったからだろう。ボサボサになった髪を少し直しながら起き上がる。
「ツキミナ、朝ごはん出来てるらしいぞ。早く行かないと俺が食べるからな」
「分かった、今行く」
そういいながら三人で部屋を移動する。浅桜さんは僕に朝が弱いと言ったが、ついさっき起きたようだ。髪もバタついているし、眠たそうな顔をしている。
「おお、三人ともおはよう。寝れたか?」
「おはようございます。お陰さまで」
浅桜さんがそう言ってニコニコしていた。
「腹減った~朝飯、早く食べようぜ」
風倉はすでに座っていた。確かに僕もお腹がすいていた。それぞれ、椅子に座って食べ始めた。
「いただきます」
すごくいい匂いがしていて、美味しそうだ。日本人の理想のような朝ごはんだった。焼き魚に豆腐のお味噌汁。白い熱々のご飯。シンプルだが一番美味しい。焼き魚も塩がちょうどよく、ご飯が進んだ。
「涼君の家のご飯、やっぱり懐かしいな。和食って感じが好き」
「そうなのか?俺てきには普通なんだが」
「風倉はそうでも、他の家の料理って特別に思えるもんなんんだよ」
そんな会話をしながらご飯を食べた。
予定では、今日の午前中には帰る。浅桜さんの体のことを考えた結果だ。浅桜さんの両親も心配するだろうし、病院側の条件的にも長い間はここにいられない。そんな中、浅桜さんが提案した。
「写真を撮りたいなって思っているんだけど」
「いいな。俺は賛成だ」
「どこで撮るんだ?」
写真を撮る場所を浅桜さんに確認すると、ニコッと笑った。僕らは首をかしげる。
「秘密。私に着いてきて」
浅桜さんに言われた通りについていく。靴を履いて、家を出ると少し歩きだした。浅桜さんはどこに向かっているんだろうか。迷うことなく浅桜さんは進んでいく。僕は、覚えているところもあるがおぼろげだ。僕が昔、過ごしていた村。だけど、二人のことを思い出さない。こんなにも大切に思っているのに、僕は忘れたままだった。悔しく思いながらも浅桜さんの後に続いた。
「着いたよ。ここで写真を撮りたい」
そういって連れてこられた場所は公園だった。木々が多く、風が吹いていて気持ちがいい。そして、ここは僕でも見覚えがあった。タイムカプセルに入っていた写真の背景にそっくりだった。約束と書かれた写真の場所。
あの写真と同じ構図で写真を撮ろうとするが難しい。三人で写ろうと思ったら、誰かにカメラを任せたい。つまり僕らとは別にもう一人いないと難しい。三人で試行錯誤していると一人の男性に話しかけられた。
「写真なら、撮りましょうか?」
「いいんですか?」
通りかかった男性が撮ってくれることになり、スマホを渡した。浅桜さんを真ん中にして三人が並ぶ。
「湊君、笑って」
浅桜さんにそういわれて口角をあげるが、うまくいかない。自分は笑顔が下手なんだと思いながら浅桜さんを見る。幸せそうでとびきりの笑顔をしていた。浅桜さんを見ていたら、自然と僕も笑えてきた。
「はーい、撮りますよ」
そして写真を撮ってもらいスマホを受け取った。三人で画面を覗き込む。
「どうかね。撮れとるか?」
「もう、バッチリだ」
「風倉、敬語」
何でそんなに馴れ馴れしいんだろうか。写真を撮ってくれた男性は笑っていた。
「いいんだよ。子供はそのぐらいで。じゃあな」
そう言って、男性は去っていった。優しい人で良かったと思う。改めて、写真を見る。
「いい写真だ」
そして僕らは公園を後にして、風倉の家に戻った。それからはバタバタだった。空港に向かうまであまり時間がなく、荷物をまとめて車に乗り込んだ。
「ツキミナ、忘れ物はないか?」
「無いよ。何で僕だけに確認するんだよ。風倉こそ無いのか?」
「無い。それに、あっても親父が送ってくれる」
そんな会話をしながら空港に向かった。車の中でも楽しく、昔に戻ったみたいな感じだった。車の中だと言うのにカラオケ大会が始まったり、イラストを書いてしりとりをしていた。意外にも風倉の歌は上手だった。イラストでは浅桜さんの芸術的センスは変わってなくて難解だった。でも、やっぱり楽しくて笑いながら騒いだ。風倉の父さんも微笑みながら見守ってくれた。
「よし、着いたぞ。またいつでも来いよな」
そう言い残して帰っていった。風倉の父さんには本当にお世話になった。帰ったら、お礼の品でも送らないとなと思う。
僕らは空港の中に入って、手続きをする。相変わらず風倉は方向音痴だったが、何とか飛行機に乗ることができた。荷物を預けて席に座る。なんだか、やっと落ち着いた気がする。
「……ふう」
息を着く。旅行前からの準備や気持ちの整理。浅桜さんに言いたいことでずっと緊張していた。帰ることは少しさみしい気持ちがあるがやっと肩の荷を下ろすことができそうだ。
「湊君、疲れた?」
「まあ、疲れてないとは言えないけど、楽しかったしいいかなって」
「そうだね。私も楽しかった。でも疲れたから少し寝ようかな。着いたら起こして」
そう言って浅桜さんはすぐに寝息を立て始めた。風倉の方を見るとすでに寝ていた。着いたらって、僕も眠たいのだが。そんなことを考えながら二人を見ていたはずがいつの間にか僕も寝ていた。
飛行機のアナウンスで目が覚めた。どうやら着陸するようだ。二人はまだ寝ている。全員、シートベルトはしているしまだ起こさなくてもいいだろう。二人の横顔を見ながら少し振り返る。
僕はこの二人と過ごしていて楽しかった。昔のことは今でも分からないけど、大切にしたいと思っている。可能なら、いつまでも一緒に生きていきたい。死んでほしくなくて、どうしようもなく不安になる。きっと本人が一番命の危機にあっているだろう。浅桜さんはそんな気持ちをずっと抱えてきたんだなと、ふと思った。明日の朝を無事に向かえることができるか、好きな小説家の次回作が読めるか、会いたい人に笑顔で何気ない話をすることも。全部、できるか分からない。また明日、がないかもしれない生活はどれだけ怖いのだろうか。眠れない夜もきっとあっただろう。それでも、僕らと過ごすことを選んでくれて大切にしてくれた。笑顔で名前を呼んでくれた。それなのに僕は今でも思い出すことはできない。こんなにも大切で儚いこの瞬間を簡単に忘れてしまう。僕は悔しくてしかたないのに、大切なそれは戻らない。
「…………何で忘れたんだろうな」
誰にも、二人にも聞こえないぐらい小さな声で呟く。どうして僕は今、こんなにも胸が苦しいのだろうか。
いつの間にか飛行機は着陸していて、二人を起こさないといけないと思い自分の気持ちを噛み殺す。
「浅桜さん、風倉。起きろよ。降りるぞ」
「……ん?朝なの…………あっ飛行機にいたんだった」
少し寝ぼけているが浅桜さんが目を覚ましてくれた。後は風倉だけだな。そう思い体を揺らすが全然起きない。どうしたものか。
「涼君が起きないときはね、こうするんだよ」
不適な笑みを浮かべながら浅桜さんが風倉に近づいていった。そして……
「こちょこちょだー」
「うわっ浅桜、やめろって」
風倉が飛び起きる。本当に起きるんだなとその光景を眺める。たまに思うがこの二人って子供だよな。もちろん年齢的に全員子供なのだが、精神年齢が幼い。にしても、飛行機の中で騒がないでほしいな。
「二人とも?騒いでないで降りるぞ」
「あっはい」
「ツキミナが怒った」
幼児二人を引っ張って飛行機を降りた。そこからタクシーで浅桜さんを家まで送り風倉と歩いていた。夕陽を背中に川沿いを歩く。疲れているのか荷物が重い。
「楽しかったな」
「そうだな。なんだかんだ言って僕も楽しかったよ」
そんな会話をしながらそれぞれの家に向かう。夕陽を川が反射してきれいだった。そんなことを考えていたら風倉が話し出した。
「告白は、うまくいったんだろ?」
「……うん」
突然そんなことを聞かれて驚いた。ぎこちなく、返事を返す。
「そっか……そうだよな」
悔しそうな声で風倉は上を向いていた。僕より少し身長が高い風倉の表情は夕陽が邪魔をして見えない。
「俺な、昔……浅桜に告白したんだよ。でも好きな奴がいるからって、断られてたんだ」
「えっ、そうだったのか?」
初めて聞いた。もしかしたら僕は知っているのかも知れないが、今の僕は少しも知らなかった。風倉が顔を正面に戻しながら続ける。
「それで、振り向いてほしくて色々やったんだ。サッカーも勉強も全部。でも……やっぱりツキミナには勝てないな」
そう言った声は少し震えていて、苦しそうに笑っていた。風倉は浅桜さんのことが好きだったのか。僕は何も知らなかった。
「それでも、この旅行は楽しかったし最高だった。だから、俺は二人のことを見守ることにする。ツキミナと浅桜は安心して笑っとけ」
「…………風倉、ありがとな」
やっぱり風倉は優しくて強い奴だなと思う。内心、穏やかではないだろうが僕らのことを考えてそう言ってくれている。風倉は浅桜さんの気持ちを尊重したのだろう。だから、応援してくれて僕の背中を押してくれた。本当にいい奴だと思った。
「まあ、浅桜の言う通り三人が再会して良かったと思うぞ。それに幸せそうだからな」
「そうだな」
それから、風倉と道を別れそれぞれの家に帰る。家に着くと疲れが押し押せてきてそのまま寝てしまった。
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