第6話

僕が贈る記憶

 「湊君、起きないと遅刻するよ!」

誰かの声で目が覚める。ぼやける視界を擦りながらその人物を見る。黒く長い髪にまっすぐ僕を見つめる瞳。


「浅桜さん!何でいるの?」

「やっと起きた。何を寝ぼけたことを言っているの?」

そうだった。昨日から浅桜さんと風倉が泊まってくれてたんだった。誰かに起こされるなんて何年ぶりだろうと考えながら体を起こす。すると何か、美味しそうな匂いがしていた。その匂いを追うようにしてリビングに向かう。

「ツキミナ、おはよう。朝ごはんを作ったぞ」

「ありがとう」

リビングに向かうとテーブルの上に美味しそうなご飯が並んでいた。白米、目玉焼き、ベーコン、味噌汁が並んでいた。三人で座るには少し小さいテーブルだがギリギリ大丈夫そうだ。

「涼君、お腹減った。いただきます」

風倉が作ってくれたようだ。本当に美味しい。いつも、食パンや夜の残り物を食べることが多いので美味しく感じる。また、自分以外が作った味がとても嬉しい。ベーコンもカリカリに焼いてあり、味付けも好みだ。


「二人は目玉焼きをしっかり焼く人?それとも焼かない人?」

「俺は半熟がいいな。その状態が最高に美味しい」

風倉は半熟が好きなのか。満面の笑みを浮かべて答えた。

「僕は、箸で切りたいからしっかり焼きたいかな」

「だよね。私も湊君と同じ」

そんな話をしながら美味しく食べた。お皿を風倉が片付けてくれている間に身なりを整える。さすがに着替えるのは難しかったが何とか着替える。まだ慣れないことも多いが頑張るしかない。そして、三人で登校した。久しぶりの学校だ。


 浅桜さんと風倉しか関わりがないので特に何もなかった。今日は夏休み前の最後の日だった。寝ている間に経ってしまった時間の感覚がないので、びっくりした。明日から夏休み。授業はなく、集会や先生の話があるだけで午前中には学校が終わる。荷物をまとめていると担任に声を掛けられた。


 「月城、怪我の状態はどうだ」

「まだ、治ってないですけど大丈夫です」

一度、作業を止めて担任と話す。

「休んでいた間のプリントがあるから職員室まで来てくれるか?」

「はい」

返事を返して先生についていく。怪我の状態を知っているのか僕が歩くペースに合わせてくれた。こんな小さな気遣いができる人はすごいなと思う。

「風倉をかばって車の前に出たって聞いたが本当か?」

「えっと……はい」


廊下を歩きながら先生と少し話す。こうやって先生と話したことがないなと思い返す。ほんの少し前まで人と関わることを拒絶していた。過去の僕ではあり得ない。面談の時でさえ『はい』か『いいえ』でしか答えず最低限の会話で済ませていた。僕も浅桜さんと風倉に出会って変わったのかもしれない。

「大事な人がいるのかもしれないが無茶はするなよ。自分も大事にしないと結局はその人が傷つくからな」

「そうですね。今回、身に染みて分かりました」


先生は浅桜さんのことなどの事情を知っているのだろう。だから、今回の事故のことで思うことがあったのだろう。先生なりに気を遣ってくれたのだと思う。そんな話をしていると職員室に着いた。

「今、取ってくるからここで待っててくれ」

そう言われて廊下に一人で立っていた。明日から夏休みだからなのか部活も無いらしく今日は静かだ。午後から遊びに行く人が多いのだろう。校内に誰もいないようだった。窓から他の階を見ても誰もいない。青空を見ていると声を掛けられた。


 「月城君……だよね」

その声で振り向く。そこに立っていたのは山崎さんだった。同じクラスの人で、物静かな印象だ。黒い髪を肩まで伸ばしたストレート。話したことはなかったはずだ。

「そうだけど……」

正直、突然のことに驚く。何の用だろうか。少し身構えて話を聞く。

「あの……怪我……大丈夫?しばらく学校に来ないなって思ったら大怪我だし……」

「ああ、もう大丈夫。痛みはあるけど普通に生活できるので」

心配してくれてたと思っていいのだろうか。浅桜さんと風倉以外で話したことがなく戸惑う。

「そっか、なら良かった………………」

そう言って山崎さんはうつむく。何か言葉に詰まっているようでその様子に首をかしげる。

「あの……えっと……私…………月城君のことが好きです!」

言葉に詰まりながらもじもじ話し出したかと思ったら叫ぶようにして話し出した。

「えっ?」

「えっと、だから月城君のことが好きです」

今の状況が理解できず止まってしまった。そもそも何で僕なんだ。今、初めて話したし。名前は知っているけどほとんど何も知らない。それでも少し顔が熱い。

「えっと……その……」

何か言わないとと焦る。でも、ちゃんと僕のことを言わないといけない。

「気持ちはありがたいけど、ごめんなさい。僕には……好きな人がいるんです。その人って決めているので……すいません」

きっとその気持ちを伝えるのにはとても勇気が必要だったと思う。それを断るのだ。しっかり頭を下げる。

「そっか……そうだよね。転校生の浅桜さんでしょ?クラスで全然話さなかった月城君が楽しそうに話してたからそうかなって思ってた」

涙を目に浮かべながらも僕と目を合わせて話してくれた。浅桜さんの名前が出て心臓が跳ねる。


「その好きな人と頑張ってね……私の気持ちを聞いてくれてありがとう。じゃね、月城君」

そう言って走って行ってしまった。悪いことをした気分になる。僕のことを好いてくれるのは嬉しいが決めているのだ。僕は約束を果たしたいし、本気だから。明日から夏休み、やるしかない。そう決めて、もう一度窓から青い空を見上げた。


 「悪い、遅くなった月城!飲んでいたコーヒーをプリントにこぼしてしまってな。新しいのを用意していたんだ」

そうだったのか。でも正直助かったと思う。山崎さんがいるときに来られたら気まずかった。

「プリント、持っていけるか?」

「大丈夫です」

そう言って何枚かのプリントを受けとる。片手が使えないだけで右は動ける。だから右でプリントをつかむ。

「休んでいたところはいつでも教えてやるからな。夏休み、色々頑張るんだぞ」

そう言って先生がニッと笑う。やっぱりこちらの事情を知っているのだろう。

「はい!」

自分で自分に誓うように返事ををした。先生はガッツポーズをして職員室に戻っていった。僕もプリントを持って教室に戻る。痛む時はあるが歩ける。いつもより少し遅いが階段も使える。静かで長い廊下を歩き、教室のドアを開けた。


 「お帰り、湊君」

「おお、ツキミナ。荷物をまとめといたぞ」

浅桜さんと風倉だけが教室に残って僕を待っていてくれた。二人のところまで歩く。

「遅くなった。先生がコーヒーをプリントにこぼしたみたいで。荷物、ありがとう」

そう言いながらプリントを鞄に詰める。教科書やらで一杯になっていた。

「さて、帰りますか」

「だな。学校、暑いし」

「今日も僕の家に来るつもりか?本当にもう大丈夫だから」

そう言って二人をそれぞれの家に返そうとする。やっぱり家に誰かがいるのは慣れない。

「行くの。まだ怪我治ってないから心配だし」

「そうだぞ。それにみんなでご飯を食べたいしな」

すでに行く気だった。こんな状態の二人を止められるわけはなく今日も泊まりになりそうだ。そう思っていたら僕の鞄を風倉が取る。

「重いだろ。俺が持っていく」

「大丈夫、それくらい持てる」

今の僕の体では鞄を取り返せない。風倉は僕の鞄と自分の分を持って教室を出る。

「大丈夫。涼君、力持ちだから。さあ、帰るよ」


言われるがまま三人で帰路につく。風倉が荷物を持ってくれたので苦しい思いをせず

帰ることができた。

 苦労する生活は続くが二人がいるから何とか生活ができている。またしても家に泊まるようだ。昨日とほとんど変わらなかった。今日は風倉がカレーを作ってくれて、みんなで食べた。中辛で浅桜さんは少し辛そうにしていたが水を飲んで食べていた。その後、人生ゲームやカードをして過ごす。昨日と変わらないことだがとても楽しかった。そして、いつの間にか寝ていた。


 「ツキミナ、起きるぞ」

「うわっ、風倉か」

目を開けると風倉の顔が目の前にあってびっくりした。なんていい目覚めだろうか。

「今日は浅桜が朝ごはんを作ってくれる日だぞ」

そう言われてキッチンへとむかう。風倉が強引に僕を起こし引っ張っていく。

「え?」

思わず声を出してしまった。リビングに入ると何かの匂いが僕たちを包む。風倉と顔を見合わせてテーブルを見た。そこには白いお皿の上にある黒い何かがあった。そこから何かが焦げた匂いがしている。

「昨日は俺が作ったからってことで浅桜に任せたが何を作ったんだ?」

「スクランブルエッグとウインナー」

卵の黄色はどこに。このお皿の上には黒色しかないのだが。形状的にウインナーだけは見つけることができた。

「ちょっと焦げちゃった」

「ちょっとじゃない気が……」

浅桜さんには悪いが少し換気をするため窓を開ける。すると蝉の声が入ってきてうるさい。まあ、少しの間だし我慢するしかない。この焦げた匂いよりはましだろう。

「だって、湊君が目玉焼きはしっかりと焼く派だって言ってたから」

そう言って申し訳なさそうな顔をしていた。その姿に少し笑いそうだ。

「それは目玉焼きの話だから。それに、焼きすぎかな……」

「……ごめん」

 本気のトーンの謝罪だった。明らかに声も表情も暗い。きっと僕たちのために頑張った結果だったのだろう。

「まあ、食べれるし大丈夫だよ」

「そうだぞ。お米はうまく炊けてるぞ」

風倉と励ます。お米は無事そうだ。炊飯器で炊いているから大丈夫だったのだろう。そう話しているうちにいつもの浅桜さんに戻っていった。

「いただきます」

 そう言って卵を口に入れる。真っ黒すぎて卵と認識していいのか分からなかった。想像通り、とても苦い。少しだけ卵の味がする気がする。正直な感想を言うと卵風味の炭だった。お米を食べてごまかす。ウインナーは焦げているもののましなほうだった。

「無理して食べなくていいよ?」

「大丈夫」

「ウインナー美味しいぞ」

そこから無言で黒と白の二色ご飯を食べた。そこから一段落着いた九時頃に風倉が立ちあがった。

 「行くか!」

『どこに』という疑問を抱えて風倉を見上げる。そんな僕を置いて浅桜さんも立ちあがった。

「そうね」

二人は分かっているらしい。僕はソファーに座ったまま風倉と浅桜さんに尋ねた。

「どこに行く予定なんだ?」

すると二人がとびきりのキメ顔で言った。また悪いことを考えているんだろうなと想像が付く。

「夏だよ?行く場所なんて決まっているでしょ」

「だよな」

まさか、海なんて言わないだろうなと焦る。夏に行く場所ほ必死に考えるが海しか出てこない。どこだろうか。海だけはやめてくれと願う。

「映画館に決まってるよね」

「何でだよ」

ツッコミを入れてしまった。初めて夏に映画館を聞いた。この流れは間違いなく海だったろ。まあ、海じゃなくて助かったが、

「だって映画館、涼しいじゃん」

「夏と言えば映画館だよな。ツキミナ、準備して行くぞ」

そう言われて無理やり僕を立たせる。二人に言われるがまま準備をする。この状態の二人は止められないのをよく知っている。仮にも僕は怪我をしているのだが。足は湿布もいらないほどだが、腕に関しては包帯がしっかりと巻かれている。そして、気づけば玄関で靴を履いていた。

「まあ、リハビリと思って行こう。ね、湊君」

「はあ……行くよ」

浅桜さんに言われたら行かないなんて言えない。仕方なく着いていくと言いたい所だが少しだけ楽しそうだ。

 家の近くのバス停に乗って映画館に向かう。僕、一人で来たことがないので場所はしっかりと把握していなかったがバスを降りるとすぐに見えたので良かった。入り口を通ると涼しい空気が迎えてくれた。そして、このメンバーで何を見るのだろうと疑問に思う。浅桜さんも女子だから恋愛系や感動系だろうか。

「私、ずっと見たいと思ってたのがあるんだ。手続きしてくるから待ってて」

そう言って走っていってしまった。なんか、本当に楽しそうだし元気な高校生に見える。走っていく浅桜さんの背中を目で追っていた。

「俺たちはポップコーンを買いに行こうぜ」

「そうだな」

少しの間レジに並んでコーラとポップコーンを買う。ポップコーンもいろんな味があって驚いてしまった。少し迷ってしまったが三種類のポップコーンを買って交換することにした。買い終えると少し先で浅桜さんが手を振っていた。合流して浅桜さんを先頭に向かう。赤い椅子が規則正しく並んでいて結構な人が座っていた。特有の雰囲気に周りを見てしまう。そして席に座り始まるのを待つ。その間に浅桜さんに一つの疑問を投げる。

「浅桜さん、これは何系の映画なんだ?」

「ホラー系」

そう言った浅桜さんの顔は満面の笑みだった。無情にも映画が始まるアナウンスが流れて文句も言えなかった。数分前の僕は恋愛系や感動系を予想していた。どうやら偏見だったらしい。

 そこから二時間は放心状態だった。この世にはこんな恐ろしい映像があるのか。そしてこれを作ったのも僕たちと同じ人間なのか。衝撃的すぎて思い出したくないのに何度も僕の頭の中で再生される。僕はずっと絶叫寸前だった。

「面白かったね」

「俺、途中から寝てた。なんか心地いいんだよな」

「あんなに怖い話の中、寝てたのか。そしてホラー映画を見て面白いって」

僕だけなのだろうか。純粋に怖かったと思っているのは僕だけなのだろうか。僕にはホラーを見て面白いってという感覚は分からない。いいか悪いか分からない余韻に浸っていると浅桜さんが笑顔で話しかけてきた。

 「次さ、本屋さん行きたい」

「僕も行きたい」

恐怖を紛らわせたいのもあるが、一番落ち着く場所でもある。確か、ここから五分ぐらい歩くと大きめの本屋があったはずだ。僕と浅桜さんの意見により向かう。

 「意外と大きい本屋だな」

「だよね。ずっと来たかったんだ」

それぞれの見たい所に向かう。僕と浅桜さんは小説があるところに進む。風倉はマンガの方へ行った。僕は花琉巣さんの本を探す。今のところ新作の情報は無いが必ず見てしまう。花琉巣さんの小説を眺めていると浅桜さんが戻ってきた。その手にはすでに小説が抱えられていた。

「また、花琉巣さんの小説?」

「うん。新しく出ていないか見てた」

会話をしつつ浅桜さんが持っている本に目を向ける。題名は『僕の世界で永遠に』だった。間違いなく僕の小説だ。初めて書いた恋愛ものだ。僕が書いたことを悟られないようにしないといけない。

「浅桜さんはいい本があった感じ?」

「うん。新作が出ていて初の恋愛ものなんだよね」

笑顔で僕の小説を眺めている。僕の小説を好きと言ってくれて楽しみにしてくれているのはやっぱり嬉しい。でも表に出さずしまっておこう。

「花琉巣さんの小説で気に入っているところとかないの?このシーンがとか、言葉がとか」

「俺の明日をあげるから明日からも俺と生きてください……かな」

今まで読んだ小説を思い返してその台詞を言う。なんかとても心に響いたしなぜだか悔しかった気がする台詞だ。

「へー……なんだか告白みたいな台詞だね」

「花琉巣さんの恋愛ストーリーだったから」

花琉巣さんが恋愛を書くのは珍しく、正直驚いた。聞かれたからこの台詞を言ったが、僕が浅桜さんに告白しているみたいで恥ずかしい。

「その告白はうまくいったの?」

「……いかなかった。他に好きな人がいるからって。でも君の明日はもらおうかなって言ってたと思う」

そしてこう続いた。私のことを好きになったくれてありがとう。お礼に私のことを知る権利と少しの間だけ守る権利をあげる。そう言って彼女が去っていくはずだ。恋愛ものは読まないが衝撃がすごかった。彼女の思わせ振りな態度や計画性。最後にはその『好きな人』からも告白されているのに断ってしまった。そこで話は終わる。この謎が多い感じや読めない心情が読者を虜にした。僕もその一人だ。

 少し浅桜さんと話して僕は小説を見に行き、浅桜さんはレジに向かっていった。今は色んな小説があって日々進化しているのだと驚く。単純にホラーやサスペンス、恋愛だけではなく転生などジャンルが増えていく。本当に読んでいて飽きないし勉強になる。そんなことを考えながら小説のコーナーを歩いていると本を書い終えた浅桜さんが歩いてきた。

「そろそろ、涼君と合流したいんだけど、どこにいるか分からなくて」

確かに一度も見ていない。浅桜さんと風倉を探す。最初、マンガがある方に向かったからそこに行く。しかし風倉の姿は見当たらない。風倉は無自覚方向音痴なのを思い出して少し不安になる。この本屋から出ていなければいいけど。そう思いつつ二人で歩く。すると、画集が並ぶコーナーに風倉がいた。

「あれ、風倉だろ」

「あっ本当だ。涼君ー」

二人で風倉の元へ向かう。なにやら熱心に読んでいるようだった。

「おお、ツキミナと浅桜じゃないか。どうしたんだ?」

「私たちは買いたいもの買えたから探してた」

今の状況を風倉に説明する。すると風倉が読んでいた本を閉じながら言った。

「探してたのか。それは悪かったな。でも、電話してくれれば良かったのでは?」

「あっ」

浅桜さんと声を揃えて気がつく。確かに電話すれば簡単に集まることができた。どうして気がつかなかったのだろう。多分、僕に友達と遊ぶという経験がなかったからだろうか。そう考えて少し寂しく思う。

「そういえば、なんで画集なんて見てたんだ?」

「イラストがうまい人ってかっこいいだろ。それに好きなマンガのイラスト集は見るだろ。買うか迷ってたんだよ」

「そうだったんだ。私もイラストうまくなりたい」

浅桜さんのイラストは……うまくなるのは少し時間が掛かる気がする。芸術的センスが高すぎるし。そんな思いを飲み込む。たぶん風倉も同じ思いだ。

 「そういえば、腹減った」

「ごめんね。朝の炭事件が……」

炭事件……スクランブルエッグとウインナーになりたかったものたちのことだろう。できればもう同じことは繰り返してほしくない。

「まあ、どこかファミレスでも行こう」

 そう言って本屋を出てファミレスを探す。風倉に任せるのは怖いのでスマホを使い場所を把握する。ここから十分ほど歩けば行けそうだ。三人で歩く。夏の日差しが暑い。浅桜さんの体調を窺いながら歩く。最近は笑っているが浅桜さんの体が心配だ。そんな思いを抱えながらも談笑して歩く。そしてファミレスに入った。

 「涼しいー生き返る」

涼みながら席に座る。なかなか人は多いが席が空いていて助かった。浅桜さんがメニューを見ながら話す。

「みんな、何を食べる?私はサンドイッチにしようかな」

「俺はステーキにするぞ」

「じゃあ、僕はハンバーグで」

それぞれの注文するものが決まって店員さんを呼ぶ。風倉がすべての注文をしてくれた。それぞれが選んだものとドリンクバーを注文した。

 「飲み物、何がいい?私が湊君のを持ってくるよ」

「ありがとう。僕はお茶でいいかな」

「俺も手伝うぞ」

そう言って二人は席を離れて僕だけが残った。僕の左腕が使えないのを気にして浅桜さんが行ってくれたのだろう。二人がいるからマシなのだろうが片手が使えないのは不便だ。大事なものは失ってから気付くものなのだと実感する。

「お待たせ。烏龍茶だよ」

「ありがとう」

僕は烏龍茶、浅桜さんはリンゴジュースだった。風倉はメロンソーダ。ステーキに合うのだろうかと言う疑問がある。それから五分もしないうちに料理が運ばれてきた。

「美味しそう」

「だな。早く食べようぜ」

白い湯気の中から料理が顔を出す。ソースの匂いやお肉が食欲を誘う。風倉ではないが早く食べたい。

「いただきます」

歩いたりして少し疲れていたのかとても美味しい。浅桜さんのことを引きずるつもりはないが朝の炭のこともありとても美味しく感じる。ちゃんとしたご飯だ。ソースもハンバーグと絡んで美味しく満足だ。

「ステーキ、うまいぞ」

「サンドイッチも美味しい。卵がいい感じになってる」

お互いに感想を言いながらご飯を完食していった。普段、僕一人でファミレスに来ることもないので楽しかったし美味しかった。

「美味しかった。外、暑いしアイスとか食べようよ」

「いいぞ。何にするんだ?」

まだ食べられるのか。ここに来る前にポップコーンも食べてるはずなのに。そう思っている間にも会話は進む。

「俺はバニラアイスにする」

「私はイチゴにしよ。湊君は抹茶でいい?」

勝手に話が進んでいく。メニューを見るとアイスは四種類あるようだ。バニラ、イチゴ、抹茶、そしてチョコだった。この中なら僕は抹茶を選ぶ。

「抹茶でいいよ」

そう返事をすると同時に風倉が店員さんを呼んでいた。風倉が店員さんと話している間に、浅桜さんはスマホを触っていた。

「親に連絡してるの。この前、入院してたからね。彼氏かと思った?」

「彼氏なんて考えてない」

浅桜さんが笑いながら話している。図星で恥ずかしい。急いで否定した。浅桜さんは僕が何も知らないと思っているのだろう。風倉からも聞いているし、少しだけ思い出していることもある。浅桜さんの体のこと知らないわけがない。きっと親への安否確認なのだろう。

「本当?彼氏とか想像したんじゃない?」

「してないってば」

「浅桜は彼氏いないのか?」

「いないよ。募集中です」

そんな会話をしながらアイスを待っていると店員さんが持ってきてくれた。

「冷たくて美味しい」

しっかりと抹茶の味がする。やっぱり夏はアイスだなと思う。全員、お腹いっぱいだ。三人で割り勘にして店を出た。

 「あと一つだけ行きたいところがあるんだけどいい?」

「いいよ。どこなんだ?」

今日はだいぶ歩いたがどこに向かうのだろう。疑問に思いつつ浅桜さんに着いていく。ファミレスから三分ぐらい歩くとそこに着いた。

「ここの雑貨屋に来たかったの」

そう言って中に入っていく。お店の中では小物や文房具などが売っていた。それぞれ歩いて回る。雑貨屋なんて来たことがない気がする。色々なものを見て回っていると栞を見つけた。ずっと同じものを挟んでいるのでそろそろ買い換えたかったのだ。

 色々な種類があり迷ってしまう。月や桜、竜など和風を意識した模様が多い。どれもきれいだし迷った。その結果、桜の栞を選ぶ。僕の大切で好きな人の名前にも桜が入っているからだ。そして、もう少し進むとストラップが売っているところに目がいった。そこにはお守りがあった。浅桜さんと風倉にはお世話になったし何かお礼がしたい。しばらくお守りを眺める。風倉には勝負運にしようと思う。サッカーもやると言っていたし。浅桜さんの分が決まらない。恋愛運はダメだし。むしろ僕が欲しいぐらいだ。楽しく過ごしたいという浅桜さんの願いから友達運を選んだ。それらをレジに持っていく。お金を払い二人を探す。すると風倉だけはすぐに見つけることができ合流した。

 「おお、ツキミナは買い物終わったのか?」

「ああ、終わった。風倉は?」

「俺も終わった」

そんな会話を交わし少しふらふらしていた。ここに入ってからもう一時間も過ぎていた。

「そろそろ、浅桜さんと合流した方がいいんじゃないか?」

「そうだな。電話をしてみる」

先ほどと同じようなことをしないように風倉が電話を掛けてくれた。

「もしもし?」

「涼君、どうしたの?」

風倉の電話越しに浅桜さんの声が聞こえる。一応聞き取ることはできた。

「俺らは買い物が終わったんだけど、浅桜はどこにいるんだ?」

「ああ、入り口で待ってて。注文に時間が掛かっちゃって。じゃあ、またあとでね」

そう言って電話は切れてしまった。仕方なく入り口の方へ向かう。

「浅桜、何を注文したんだろうな」

「さあ」

そんな会話をしつつ浅桜さんを待った。十分ほどすると浅桜さんが走ってきた。

「ごめんね。遅くなっちゃった」

「大丈夫だぞ」

「いいけど、何を買ってたんだ?」

「それは秘密」

口元に人差し指を置いて笑った。何を買ったのだろう。疑問に思いつつ二人にあるものを渡す。浅桜さんにはピンクの包装紙、風倉には青の包装紙を渡した。

「なになに?湊君」

「くれるのか?ツキミナ」

「まあ、良かったら……」

すると包装紙を丁寧に開けて中身を取り出していた。先ほどのお守りが顔を出す。

「お守りだ。友達運!」

「俺のは勝負運だ」

喜んでくれて良かった。二人はお互いに自慢し合っている。その様子を見ている僕まで幸せな気持ちになった。

「湊君、ありがとう」

「だな。ツキミナ、ありがとう」

まっすぐ僕の目を見て感謝を言われた。少し照れる。

 これから家に帰るのが少し惜しいぐらい楽しかった。三人でバスに乗った。今日はそれぞれの家に帰る。さすがに親も心配するだろうから。別れを告げて自分の家に帰った。ずっと二人がいたこともあり少し寂しく静かだ。

「ただいま……」

なんの返事も帰ってこない。当然だ。誰かがいるって幸せなんだなと実感する。夜ごはんは何にしようと冷蔵庫を見るとメモが貼ってあった。

(お帰り!ツキミナはまだご飯を作れないだろうからお好み焼きを作っておいたぞ。俺の味だ。しっかりと食べろよな)

風倉がお好み焼きを作ってくれてたみたいだ。電子レンジで温めて食べる。確かに僕が作るのとは違う味だ。それはとても暖かい味がした。

 夜、いつものように皆でスマホを通して話していた。そして、風倉とだけ話す。ずっと気になっていたことを聞いた。

(浅桜さんの体は悪いのか?)

本人には聞けないし、風倉と対面でこの話をするのが怖かった。知りたくない答えが帰ってくるのが怖い。布団に潜ってスマホを握る。五分、待っても返信が来ない。既読はついている。寝てしまったのだろうか。そう思ったとき着信音が鳴った。

(浅桜は今年の冬を越えられない。今、生きているのが不思議だそうだ。もう長くないから好きにさせてもらっているようだ。ツキミナには言うなと言われたけど)

そうか。もう今年の冬を越えられない。この夏が終わる前にいなくなるかもしれない。明日の保証もない。

(風倉、教えてくれてありがとう。知っていた方が時間を大切にできる。浅桜さんにはバレないようにする)

(本当にバレないように頼むぞ。でも知らないと何もできない。だから浅桜の口から浅桜の言葉で言うべきだと俺は思うがな)

風倉の気持ちに共感する。確かに浅桜さんは言いたくないのかもしれないが話して欲しいとも思う。

 そしてもう一つ風倉に尋ねた。

(なんで風倉はこんなに浅桜さんに詳しいんだ?)

僕は浅桜さんから一つも情報をもらってない。どうして風倉はこんなに詳しいのだろうか。

(短期間に転校生……しかも知ってる奴が。怪しすぎるだろ?だから担任を問い詰めて浅桜の病院を調べた)

風倉の行動力がすごいなと思う。教師も情報を渡したのか。

(病院は何も話してくれなかっただろ?)


(守秘義務だと言われた。だから浅桜に遊ぶ日を決めたいと言って日を割り出した。そのあとは強制的に同行した)

他にも方法がある気がする。風倉の行動が一種のストーカーに見える。でも浅桜さんも素直に言わないだろうと想像ができる。

 そして僕も一つ思い付いてしまった。

(風倉、二週間後空いてるか?)

(空いてるぞ)

そこから二人の作戦会議が始まった

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る