第5話

突然のこと

 あれから毎日、浅桜さんがいる病院へと足を運んだ。その間も浅桜さんは元気そうだった。ちょうど今も病院の帰りだ。夕日がきれいで見とれている。

「入院って聞いたときは焦ったけどさ、元気そうだな」

「うん。このまま、何事もなく退院できればいいんだけどね」

そんな会話をしながら家に帰った。学校にいっては病院に通う。そんな毎日だった。お風呂に入り、夜ご飯を作る。今日はチャーハンだ。材料を切っているとインターフォンがなった。対応しに行く。特に誰かが来る予定はないはずだ。


 「はい……どちら様ですか」

「月城さんですか?編集の中谷です」

僕の小説を担当してくれている中谷さんだ。いつも、アドバイスをもらったりミスを指摘してくれる。本当に感謝をしている。玄関のドアを開けに行く。

「中谷さん、どうしたんですか?」

「急にすいません。近くまで来たので、これを届けようと」

中谷さんから封筒を受けとる。少し大きめの茶ぶうとうだ。

「月城さん宛に届いた手紙です」

「わざわざ、ありがとうございます」

僕の本を読んでくれた人たちが書いてくれたものだ。大切に抱える。

「ちなみに、新作の方はどうですか?進んでます?」

ドキッと心臓が跳ねる。最近は何かと忙しく順調とは言えない。でも、そんなことは言えない。

「ああ、順調です」

「本当ですか?彼女とかができて忙しいとかは……」

再び、心臓が跳ねる。まずい、取り乱すわけにはいかない。慌てて表情を作る。

「中谷さん、僕が彼女なんてできるわけないじゃないですか」

「まあ、そうですね。次があるのでそろそろ失礼します」

「ああ、お疲れ様です」

玄関のドアを閉めて一息つく。色々、びっくりした。それにしても、何で分かったんだ。彼女はいないが、少し気になる人がいる。だから、ドキッとしてしまった。それに、中谷さんのそうですねって失礼だな。

 そんなことを思いながら途中まで作っていたチャーハンを作った。我ながらいいできだ。ご飯を食べてお皿を片付ける。先ほど、中谷さんにもらった茶ぶうとうに手をかけた。正直に言ってこう言うものをもらえるのは嬉しい。何通か入っていた手紙を手に取る。

 一つ目は、SAKARUAさんからだ。名前はハンドルネームだろう。この人は新作を出す度に手紙を送ってくれる。


 成木斗 澄人さんへ

今回のお話も心にくるいい作品でした。毎日を生きるのが怖い主人公の心情表現が感動的でした。主人公が必死に戦い続ける姿に元気がもらいました。毎日を大切に生きたいと思います。一度しかない人生に感謝して、思い残しのないように生きていきたいです。素敵なお話をありがとうございます。

 最後になりましたがお体に気をつけて下さい。


 こう言ってもらえると嬉しい。小説を書こうと思える。今回、書いた話しは病気を抱えて余命宣告を受けた主人公の話だ。死を受け入れ死んだような毎日を送っていたがある人物と出会い生きることを選択したのだ。今となっては浅桜さんと重なる。この物語を書いたときは浅桜さんや風倉とは知り合う前だ。多分、一人だった僕がほしいものを書いたんだと思う。今ならそう思える。

 次の封筒に手を伸ばす。差出人の名前を見る。送ってくれたことのある人は覚えている。だから毎回見ているのだが今回は驚いた。

「花瑠巣……杏紗さん……」

僕が尊敬する小説家の花瑠巣杏紗さんの名前があった。手が震える。封筒を開け中を読む。


 成木斗 澄人様

急なお手紙失礼します。私は小説家の花瑠巣杏紗と申します。澄人様の小説を読ませていただきました。小説家としても人としても、大変勉強になりました。主人公の感情の変化や周りの行動と思い。時にぶつかりながら成長していく姿がとても印象的です。上映描写や言葉の表現がこの世界を作っていてとても刺激になりました。


 私もまだまだですが、澄人様のような誰かに元気や勇気を分けれるような小説を書けるように頑張りたいと思います。素敵な世界を作ってくれてありがとうございました。


 花瑠巣さんからもらってしまった。その手紙を握ったまま何度も読み返す。こんな言葉、僕には贅沢すぎる。嬉しくてたまらない。あの、花瑠巣さんが僕の小説を読んだのか。その感動をゆっくりと静かに感じる。その思いを抱えたままベッドに入った。寝れそうにない。


 いつものように浅桜さんからの着信が入る。スマホを開く。

(今日も病院に来てくれてありがとう。いつも学校帰りで疲れてるのにごめんね)

(全然、大丈夫。むしろ、毎日騒ぎに行っているみたいで申し訳ない)

僕のせいというよりは風倉のせいなのだが。今でも病室の場所を間違えている。なのに、こっちであっていると言い出す始末だ。よって、毎日困っている。

(なんか、湊君。いいことあった?いつもよりテンションが高いような?)

何で分かったんだ。文章でしか送ってないから声色や表情が伝わるはずがない。図星だったので少し焦る。

(絶対なんかあったでしょ。教えてよ)

(僕が小説を書いてるのは知ってるだろ?その小説を読んだ人が手紙をくれたんだ。その中に小説家の花瑠巣杏紗さんがいた)

浅桜さんは、僕が小説を書いていることは知っている。だけどペンネームは知らない。

(湊君が好きな小説家だよね。すごいじゃん。羨ましいな。私も湊君の小説を読んでみたい!教えて)

(恥ずかしいから絶対に言わない)


 言う、言わないのやり取りが続いていつの間にか朝になっていた。今日は土曜日なので学校はない。なので、午前中に浅桜さんに渡す果物を買って、午後から病院に向かう予定だ。もうすぐ風倉が僕の家に来るはずだ。


ピーンポーン


風倉だ。玄関に向かい風倉を中に入れる。ドアを開けた瞬間に飛び込んできた。

「暑すぎる。もう、夏って感じだぞ」

風倉が入ってきた時に外の熱気も入ってきた。確かにここ数日で気温が上がってきた。もうすぐそこまで夏が来ている。

「少し涼んでから行くか?エアコンつけてあるぞ」

「マジか。入るぞ」

靴を脱いで中に入っていった。まあ、暑かっただろうし仕方ないと自分に言い聞かせて風倉の後を追う。

「生き返る~」

リビングに入ると大の字になって寝ていた。相当暑かったんだな。

「人の家で寝るなよ」

「暑かったんだよ」

そんなことを当然のように言われても困る。仕方ないのでキッチンに向かった。そして冷凍庫を開けてアイスを取り出した。

「どうぞ」

「いいのか?ありがとうな」

棒アイスを風倉に渡す。バニラとチョコの味が一本で楽しめるアイスだ。値段もお手頃で嬉しい。袋を開けて取り出した。

「まじで美味しいよな。ツキミナはずっとこれを食べてるな」

「そう……か」

母さんに買ってもらった記憶はあるが誰かと食べた記憶がない。風倉の前で食べるほど好きだったのか。風倉や浅桜さんは僕の知らない僕を知っているんだなと再認識する。どうして、僕は忘れてしまったんだ。大切な人や時間の記憶なのに。


 「ツキミナの記憶はまだ戻らないのか?」

風倉が落ち着いた声で質問した。下を向いていて表情をうかがえない。僕はアイスを一口食べてから話す。

「この前話したかくれんぼだけだよ。でも、絶対に思い出す」

宣言するように口にする。僕は風倉のことも浅桜さんのことも思い出したい。大切だから。あんなに怖かったはずなのに今はどうしても思い出そうと求めてる。絶対に思い出す。もう一度心の中で自分に誓う。


「そうか……俺は嬉しかったぞ。あの後、俺が他人になった。そのままツキミナが引っ越して何も言えなかったから。忘れていてもまた会えたのが嬉しい。ありがとな」

「……ありがとうって言うのは僕の方だろ?」

僕はこんななのにそう言ってくれる人がいる。再開できて嬉しいと言ってくれる。きっとそれだけでいいんだ。そんな人たちがいる。感謝を伝えないといけないのは僕だ。


 「涼んだし、スーパーに行くか」

「そうだな」

アイスの袋と棒をゴミ箱に入れて家を出た。玄関を開けた瞬間に熱気に包まれる。

「確かに暑いな」

「だろ?でもツキミナは言うほど暑そうじゃないな」

「暑いのにはなんか耐性があるんだよ。逆に寒いのは無理」

そんな会話をしているうちにスーパーに着く。浅桜さんに持っていけそうな果物を探す。急に病院食に飽きたから果物を持ってきてと言われたのだ。こんなことばかりだ。

「どれにする?」

何種類かのフルーツが並んでいる。メロンやシャインマスカット、桃、スイカ。どれも夏の定番だ。この中から選ぶ。

「やっぱり夏だしスイカだろ」

そう言って丸いスイカの前で眺めている。大きなスイカで緑と黒の縞模様がきれいだ。しかし、病院には持っていけないだろう。

「持っていけないし、浅桜さんも食べれないだろ。病院の冷蔵庫にも入らないと思うし」

「そっか」

どう考えたら持っていこうと思うんだろうか。さすがに持っていったら驚くだろうなと思う。お見舞いの品にスイカを持っていくのは難しい。バスも目立つし。

「なら、これならいいか?」

風倉が出してきたのはカット済みフルーツの詰め合わせだった。カップにスイカやブドウ、メロンなどが一口サイズになって入っている。確かにこれなら色々フルーツが食べられるし問題がないだろう。

「それにするか」

フルーツの入ったカップをレジに持っていきお金を払う。そして再び外に出てバスに乗った。


 「病院の中は涼しくて気持ちいい。暑すぎるんだよ」

「暑いけどそこまでじゃないだろう」

病院に来たのだから騒がないでほしい。風倉を黙らせながら病室に向かう。ここ何日かで慣れた景色になってしまった。慣れた足取りで浅桜さんの元へ向かう。いつものように軽くノックすると落ち着いた声で返事が帰ってくる。

「どうぞ」

変わらず白い空間に浅桜さんだけがいる。クーラーがついているので冷えた空気が体を包む。

「暑いなかご苦労様。涼んでいいよ」

浅桜さんが手招きしながらニコニコしている。それに従うようにして僕らは座る。

「果物、買ってきたよ」

「やった。みんなで食べよ」

そう言って袋からカップを取り出しみんなで食べる。

「スイカ、美味しい。夏の味だ~」

「ブドウもうまいぞ」

「美味しい」

それぞれ幸せな気持ちになる。甘くて美味しい果物だ。三人であっという間に食べきってしまった。

「美味しかった。ありがとう」

容器や袋を片付ける。三人で他愛もない話をして過ごす。この中で僕も笑えることが増えてきたと思う。


 「明日でやっと退院だ」

「そうだな。明日、九時頃に迎えにくればいいか?」

浅桜さんが明日やっと退院できる。何事もないようで安心した。正直、ずっと怖かったから心から安堵する。

「荷物があるから助かる。九時頃でお願いね」

明日の時間の打ち合わせをしていると面会の時間の終わりを告げるアナウンスが鳴った。

「そろそろ帰らねえとだな」

「じゃあ、明日な」

「うん。また明日ね」


 ドアが閉まるギリギリまで手を振っていた。浅桜さんの笑顔が見れて良かった。少しは体調が良くなっているのだろうか。それとも……と考えてしまう。でも浅桜さんが笑っていられるようにしてあげたいと思う。


 病院を出てバス停に向かった。少し日が沈んで夕日が顔を出していた。きれいな色に世界が染まっていた。

「バス、遅いな」

「そうだな。ちょっと調べる」

「ありがとう」

風倉がスマホでバスの情報を調べてくれている。夕日が眩しすぎて視界が悪い。風倉もスマホの画面がしっかりと見えないようだ。さっきより涼しくなったなと周りを見渡す。夕日色の世界で車が通る道路。見慣れた街だ。でも、次の瞬間に僕の体が固まった。


 逆走していたのか分からないがトラックと車が正面衝突した。その勢いのまま車がこっちに突っ込んでくる。当然、コントロールを失ったまま勢いだけが増してこちらに近づいてきた。気づいたときには、もう避けることはできなかった。でも、それでも……

「風倉、逃げろ!」

叫びながら風倉を突き飛ばす。今までにないくらい速く、全力で体を動かす。

「ツキミナ!」

風倉が恐怖と驚きが混ざったような顔で僕を呼ぶ。映画のようにすべての動きがスローモーションになったように見えた。飛んでくる部品も、壊れたバス停も、迫る車も。全部ゆっくりに見えて、音もあまり聞こえなかった。


 どうなったのか分からないが僕が周りを認識したときに最初に見えたのは夕焼け空と風倉だった。頭がふわふわして、視界が霞む。アスファルトの上にいるのかすごく硬い。

「ツキミナ、俺が分かるか!しっかりしろ」

「……風倉」

良かった。無事みたいだ。風倉が大粒の涙を流している。だるくて、眠くて動けない。

「良かった。すぐに救急車がくるからな。それまで待ってろ!」

風倉が何か言ってる。多分、僕に向かっているのだろうが何も聞こえない。意識も遠退いていく。そして視界も閉じていった。


 誰かが騒がしく話している。状況が分からない。あの後どうなった。風倉は無事だったのか。僕は死んでしまったのだろうか。何も思い出さずに。何も言えずに。せっかく出会えたのに。僕は思ってることを言えないまま。


 暗闇の中で僕だけが泣いている。冷たくて、苦しくて悲しい。何もない空間に僕だけが座って、何かを求めているようだ。そんなどこまでも続く闇の中で声がした。

「と君……湊君…………目を開けてよ!死んじゃうなんて絶対に許さないから」

浅桜さんが泣きながら僕の名前を読んでいた。そうだ。僕はまだ浅桜さんと風倉のことを思い出してない。ありがとうって言えてない。それに……言えてないことがまだあるんだ。僕が死ぬわけにはいかないんだ。三人で笑えるようにするって決めたんだ。浅桜さんを笑顔にするって決めたんだ。だから、まだ生きたい。


 また夢だ。中学生ぐらいの僕と浅桜さんがいる。学校の屋上らしきところにいる。風が吹いていて浅桜さんの髪がなびく。僕が近づいていく。

「湊君、どうしたの?屋上に来てって」

なぜだか僕の顔が赤く染まっている。自分の後ろに何かを隠しているようだ。

「鈴ちゃん……好きです。僕と付き合って下さい!」

大きな声で僕が浅桜さんの告白している。そして、ピンク色の花束を渡した。どうなるんだろうと僕もドキドキする。それと同時に先を越されたような気持ちになった。過去の自分なんだろうけど。

「湊君……ありがとう」

そこで浅桜さんが言葉を区切った。そして、一歩僕に近寄り、耳元で囁いた。

「ピンクのガーベラ、私の誕生花を用意してくれたんだ。もし、本気ならどこにいっても私を見つけて。そして真っ赤なバラを四本ちょうだい……待ってるからね」

そう言って一歩浅桜さんが下がる。僕の目を見て微笑んでから走っていった。これはフラれたのだろうか。それとも試されているのだろうか。どこに行っても、時間が経っても好きだと言ってくれるか試されているようだ。そして、きっと今でも試されてる。


 夢はそこで終わった。早くみんなに会いたい。寝てる場合じゃない。後悔なく生きたい。そう強く思って目を開ける。そこには白い電気があって、消毒の匂いがした。

「湊君!大丈夫なの?今、先生を……」

「ツキミナ、良かった!本当に……良かった」

浅桜さんと風倉だ。ここは病院のようだ。浅桜さんが病院の先生を呼ぶために走っていった。風倉は無事横で泣いている。体を起こそうとするがうまく力が入らない。次に身体中の痛みが襲ってきた。動くことができない。風倉のことも心配なのに。


 浅桜さんが出ていってから一分もしないうちに病院の先生が来た。今の状態の確認、簡単な検査、事故のことを聞いた。僕の体は事故の規模からすると生きてることが不思議だと聞いた。状態としては左腕骨折、右足のねんざ。身体中に擦り傷があると言われた。なかなかの大ケガだがこれで済んだのが奇跡らしい。死んでもおかしくなかったと。


 そして事故の原因はトラックの運転手が飲酒運転をしており道路を逆走。その後、普通に走っていた車と正面衝突した。その勢いでバス停に突っ込んだらしい。


 それらの説明を受けて病室に戻された。とりあえず今日は入院らしい。あの事故から三日間も目を覚まさなかったこともあり経過観察をするみたいだ。病室には浅桜さんと風倉がいた。

「本当に……良かった。このまま死んじゃったらどうしようって」

「ツキミナ、悪い。俺のせいだ……また、助けられなかった」

浅桜さんは大粒の涙を流し、風倉はうつむいていた。また、助けられたとはなんの話だろうか。

「心配かけたな。大丈夫だから泣き止んでくれないか?」

「うん……ちょっとびっくりしただけだから」

浅桜さんも風倉にも笑っていてほしい。でも、心配してくれたのだろう。二人とも目元が真っ赤だ。

「風倉は、怪我してないか?それに、またって?」

「俺は大丈夫だ。かすり傷だけ。またって言うのは……」

そこで風倉が言葉を詰まらせた。少しの沈黙の後風倉が話してくれた。

「またって言うのは、前にも突っ込んできた車からツキミナが俺を助けてくれたことがあった」

「そうだったのか。そのときもあまり怪我をしなかったのか?」

泣きそうになりながら話してくれた。前にもそんなことがあったのか。

「ツキミナが守ってくれたから怪我はなかった。でも、そのせいで……ツキミナの記憶が…………」

うつむいたまま風倉が涙を流す。浅桜さんは事前に聞いていたの静かに話を聞いていた。

「風倉、記憶のことは誰のせいでもないから……気にするな」

なんか、視界がぼやけてくる。二人が良く見えない。良く分からないけどすごく眠たい。まぶたが重く、すぐに寝てしまった。僕の忘れてしまった記憶を覗く。


 目を開けると真っ白な空間にいた。今の状況を確認しようと周りを見る。ここは病院のようでいくつかのベッドが並んでいた。その一つのベッドに浅桜さんと僕がいた。真っ白で清潔な病院のベッドの上に浅桜さんがいた。そして僕が椅子に座って何かを話している。雰囲気的には楽しい話ではないだろう。


「私、大人になる前に死ぬんだって……今かも知れないし、明日かも知れないって言われた」

そう、涙を流しながら語る浅桜さんの顔色は真っ白でこの空間に溶けてしまいそうだった。まるで、色も音も全て消えてしまったような感覚だった。分かっていたことでも人に言われるとこんなにも苦しいことなんだ。

「……大丈夫、きっと死なない。僕が守るし、助けるから!」

「無理だよ……その辺の虫とかじゃないんだよ?私は死んじゃうの。皆と生きていけないの!」

浅桜さんが泣き叫ぶように言葉にする。そして、皆と生きていけないと言う言葉がささる。浅桜さんがいなくなってしまう。

「守るから、死ぬことなんて考えなくていい。その瞬間が来るとしても笑っていたい。みんなでいよう」

「だって……死んだら忘れられる。私がいなかったことになる。皆の中から私が消えていく。楽しかったことも消えていく……そんなの、嫌だよ!」

大粒の涙が浅桜さんの白い肌を流れる。浅桜さんの叫びが木霊する。死んでしまったら、浅桜さんと過ごした日々が消える。そんなことはない。心の中でそう叫びかけた。今の僕は浅桜さんのことも忘れているのに。思い出せないでいるのに。消えないなんて言えるはずがない。

「絶対に忘れない!皆が忘れても僕が覚えてる。忘れても必ず思い出す。約束する!」

「約束って……分からないじゃん。絶対なんて言えないじゃん……」

そこで、浅桜さんが言葉を切る。僕らは静かに見守る。涙を拭いて再び話し出した。

「忘れないって、約束するなら……湊君が書いてる小説に私のことも書いてよ。そしたらこの世界でもみんなで生きていける。忘れないでいてくれるでしょ?」

「書くよ。いつまでも忘れないために……皆で過ごした日々を残せるように。鈴ちゃんがそれを望むなら書くよ。そして、どこに行っても思い出せるようにするから泣かないで」


 だから、僕が小説を書いているのか。ずっと分からなかった。小説は好きだし書くのも楽しい。でも、それが書いている理由ではなかった。記憶を失った後も書かないといけないと思っていた。なぜだか分からないが、がむしゃらに書いていたんだ。きっと浅桜さんとの約束を無意識に守ろうとしていたんだな。


 少しづつ浅桜さんの言っていたことと繋がる。浅桜さんとの約束を見て僕は目覚めた。真っ白な空間に見慣れた顔が二人。とても安心する。

「湊君、おはよう。ずっと寝てばっかだね。また、二日も寝てたよ」

「ツキミナ、大丈夫か?」

浅桜さんは笑顔で話しかけてくれて、風倉はとても心配そうにしている。

「もう、本当に大丈夫だ。二日も寝てたのか……十分ぐらいの仮眠程度かと」

「十分って、感覚がずれすぎじゃない?二日間全く起きない湊君のところに通った私たちに感謝してよね」

あの事故から五日間が経った。浅桜さんも退院して学校に行っている。そのため、二人とも制服を着ていた。学校帰りに毎日寄ってくれているのだろう。

「ありがとう。わざわざ病院まで来てくれて」

「私は優しいから許してあげよう。病院の先生は骨折とねんざだけだから、起きられれば退院でいいって」

「ツキミナ、本当に大丈夫か?」

良かった。すぐに退院できそうで良かったと思う。浅桜さんと過ごせる日々があとどれくらいか分からない。そんな中で、怪我をして動けないなんて嫌だ。

「涼君は大丈夫しか言わないの?」

「本当に大丈夫か心配なだけだ。また、ツキミナに何かあったら」

「風倉、本当に大丈夫だから」


 微笑みながら風倉に返答する。僕が目覚めない間もきっと心配してくれていたのだろう。そんな会話をしていると病院の先生が入ってきてこれからの話をしてくれた。これからの生活で気を付けることや、現状などの説明をうける。たまに通院する必要はあるみたいだった。左手は二ヶ月から三ヶ月で治るそうだ。今は首から包帯で下げている状態だが、二週間ほどすればもう少し簡易的なものにできるらしい。折れてはいるものの治りやすい形のようで回復が早いそうだ。足の方は湿布をしていれば歩ける。まだ、走るのは難しそうだ。車のガラスや部品などで切った傷も治ってきているようで痛みはあるがそこまででもない。傷跡は少し残るかも知れないが、どれも治るらしい。先生には何度も奇跡だと言われた。コントロールを失った車の前に飛び出したにも関わらずこれで済んだ訳だし。後遺症も残らないみたいだ。と言っても人生最大の怪我としては記憶喪失を含め二回目だ。風倉がここまでの傷を負わなくて良かったと思う。痛み止と包帯、湿布をもらい、家で治療することとなった。なので今日から退院していいと言ってくれた。話を終え病室に帰る。家に帰るための支度をするのだ。浅桜さんと風倉が待っていてくれた。


 「お帰り、湊君」

「ツキミナ、病院の先生はなんて?」

「もう、退院していいって。今から帰る準備をする」

そう言って自分がいたところを見て初めて気がついた。僕の身の回りの物や服があった。当然だが、急な入院で僕は何も準備はしていない。荷物をまとめてあったわけではないし、持ってきていない。僕が驚いていることを察したのか浅桜さんが説明をしてくれた。

「一昨日に湊君のお母さんが荷物を持ってきてくれたの」

「母さんが?」

「走ってここに入ってきたぞ」

そうだったのか。わざわざ、遠いところ来てくれたのか。記憶のことを知っている人がいないところに行きたくて僕は引っ越して来た。最初にいたところは田舎でここらだと新幹線とバスに乗る必要がある。気軽に行き来はできない。そんな中来てくれたんだ。後でお礼を言わないとだ。そんなことを考えながら荷物をまとめる。片腕が使えないのは不便なもので、自分の荷物を片付けるのでさえ一苦労だった。しかし、二人も手伝ってくれたので助かった。


 先生たちにお礼を言って病院をあとにする。荷物は風倉が持ってくれた。バス停に向かうが本来の位置と少しずれたところにある。この前の事故で壊れてしまったため、臨時の看板が立っていた。少しの間待っているとバスが来て三人で乗り込む。時間的に混んでいたが周りの人の善意で座ることができた。歩ける良いっても揺れるバスの中では立ってられない。なんだか、申し訳なく感じながら座ること四十分。僕が降りるバス停に到着した。何とかお金を払いバスを降りる。僕の他にあと二人が降りた。浅桜さんと風倉だ。


 風倉の家は知らないが浅桜さんのお見舞いに言っていたときは僕よりも後に降りていた。そして、浅桜さんは川沿いをまっすぐ言ったところなのであと三つほど先のバス停で降りるはずだ。つまり、二人とも降りるバス停はここじゃない。

「何で二人とも今バスを降りたんだ?」

二人は何かを企んでいそうな顔をしている。そして、こちらを見て笑った。

「怪我して大変そうだから、手伝いに行くに決まっているでしょ」

「ツキミナには感謝しないとだからな」

どうやら、僕の家に来るようだ。また、騒がしくなりそうだ。二人とアパートまで歩く。浅桜さんを先頭に階段を上る。風倉が僕の体を支えてくれて、何とか階段を進む。上に着いたので鍵を開けようとポケットを探る。

「鍵なら私が開けるよ」

そう言って浅桜さんが僕の家の鍵を開けた。思考が停止する。何で浅桜さんが僕の家の鍵を持ってるんだ。僕のポケットの中に家の鍵は間違いなくある。だから、鍵を取られたわけではない。

「どうした?家に入らないのか」

「入るけど……何で浅桜さんが僕の家の鍵を持ってるんだ?」

動揺と少しの恐怖が混ざる。理解できない。何で持っているのか検討もつかない。混乱しながらも家に入る。靴を脱ぐなど日常的なことも困難だ。またしても風倉に手を貸してもらいながら家に入る。


 そして、ソファーに座る。一息ついてからもう一度尋ねる。

「何で僕の家の鍵を持ってるんだ?」

「湊君のお母さんから預かったから。お見舞いに来たときに、何かあった時ようにって貸してもらった」

「ちゃんとツキミナの前で話したからな」

母さんが渡してたのか。僕の家の鍵は自分が持ち歩く用と母さんに預ける用の二つがあった。それを渡していたのか。納得はしたが風倉がの言葉は納得できない。意識がない人の前で話しても意味がないだろう。


 そんな話をしながら息を吸う。僕の家だ。当然、僕の家に帰ってきているのだが一番落ち着く。病院にいる間、ほとんどを寝て過ごしていたがやっぱり落ち着かない。慣れない消毒の匂い、白い空間、近くに感じる人の気配。一人で住んでいる僕には騒がしすぎる。この家の空気や慣れたソファーが心地よい。とても、安心すると共に浅桜さんのことがよぎる。浅桜さんはこれまでに何度、病院にいたのだろう。普段、家族と過ごしている浅桜さんが一人の夜は何度巡っただろう。余命宣告をされて、家族や大切な人との会える日を不安に思い、泣いた日もあるのだろうか。暗い病室で一人、泣いた日はどんなに辛く怖いのだろうか。そんな姿が脳裏に浮かぶ。


 夢で見た記憶のことなどの整理ができてなくて不安定だ。これから僕ができること、やりたいことはなんなのか。浅桜さんのやりたいことは、望むことは何か。そして、今回の事故で言えない思いに気がついてしまった。言えないまま死んだら伝わらない。当たり前だけどすぐに忘れてしまうんだ。だから、言わないといけないんだと思ったんだ。一人、そんなことを考えていたら浅桜さんがお茶を持ってきてくれた。

「どうぞ。外、暑かったし」

「ありがとう」

冷えた麦茶がコップに注がれていた。浅桜さんから受け取り一口飲む。本当は僕が出すべきなのに申し訳ない。

「あとは自分でできるから二人とも帰って大丈夫だよ。日もくれて夜になったら危ないし」

夕日も沈みかけ街は夜になろうとしていた。道も見えなくなるし子供だけでうろつくのも危ない。早く帰るように促す。しかし、二人は目を丸くした。

「なに言ってるんだ?今からツキミナの退院祝いだろ?」

「それに、そんな体で大丈夫なわけないでしょう。私たちでお世話するから安心して」

全然、安心できない。浅桜さんと風倉だろ。いい人だし優しいが心配しかない。しかも退院祝いって僕よりも浅桜さんだろう。二人を制止する術もなく見守ることしかできなかった。


 「そうだ。言い忘れてたけど私たち泊まるからね」

「えっ……何で?」

何でそうなるんだ。二人とも何で泊まるんだよ。頭の中が混乱して状況に追い付けない。

「ツキミナの母ちゃんにも許可はもらってるから心配するな。これでしっかりとツキミナの世話ができるな」

「…………」

ありがたいし、いい人なのは分かるが不安と心配しかない。それに母さんも勝手に許可しないでくれ。鍵を渡したり、泊まる許可をしてみたり。皆の気遣いには感謝するがなんとも言えない気分になる。


 「湊君は休んでいていいよ。私たちで夜ご飯を作るから」

そう言って浅桜さんがエプロンを身に付け髪を一つに結んでいる。いつもおろしている髪の雰囲気が変わる。思わず視線を逸らす。

「俺もエプロン着けよ。髪は結べないし三角巾でも着けるか?」

「エプロンは似合っているけど三角巾を着けたら調理実習みたいだね」

二人でそんな会話をしていた。なんだか心配で様子を見に行くとテキパキと作業をしていた。慣れた手付きで冷蔵庫から食材を取り出しまな板の上で包丁を動かしている。その様子を見て違和感を覚える。

「浅桜さん、風倉、何で道具の位置を把握してるんだ?」

まるで自分の家のように道具を出している。包丁もまな板もフライパンもすぐに取り出している。

「湊君が入院している間も来てたからね。鍵も貸してもらってたし」

「ツキミナが退院したらサポートしてやろうと思ってな。色々買ってあるぞ」

なるほど、僕がいないときも出入りしていたのか。そして、色々と触っていたんだな。見られたら良くないものはないが少し怖いな。

「……まあ、ありがとう」


 小さく囁いてからキッチンを離れる。そして、スマホを取り出した。母さんに電話を掛ける。

「もしもし、母さん。今、大丈夫?」

「湊!起きたの?良かった。痛いところは?大丈夫なの」

喜びの声かと思えば心配そうな声をしていた。母さんは変わらず元気そうだ。

「まだ、痛いけど大丈夫だよ。それより、浅桜さんと風倉に鍵を渡したり、家に泊まるのを許可した?」

「鈴ちゃん…………浅桜さんと風倉さんが退院したあとのサポートをしたいって言ってたから」

母さんの様子を見るに二人に押しきられたな。安易に想像ができる。

「でも、わざわざ来てくれてありがとう」

「当然よ。むしろ起きれるまでいてあげられなくてごめんね」

「仕方ないから気にしないでいいよ」

母さんは医療関係の仕事をしている。だから、簡単には休みを取れない。そんな中ここまで来てくれたんだ。感謝しかない。しばらく、母さんと電話をした。最近はあまり話していなかったので話したいことがたくさんあるようだ。近況報告や現在の体の状態などを話した。そんな会話を終え、スマホをしまう。


 すると、ご飯ができたようで浅桜さんと風倉が戻ってきた。机の上にお皿が並ぶ。

「人生で一番の自信作だ」

そう言って作ってくれたのはオムライスだった。白い湯気が上がり黄色い卵が食欲を誘う。赤いケチャップで『みなと』と書いてある。この字は浅桜さんだろう。

「すごく美味しそうだよね。早く食べよう」

浅桜さんも作っていたはずだが誰よりも目を輝かせている。

「いただきます」

スプーンですくって食べる。利き手は右なので問題ないと思ったが左が動かせないと変わってくるものなんだな。オムライスは少し熱かったがとても美味しい。人生で一番の自信作と言うのも無理ない。味付けがしっかりしているし、食材の味もする。それに普段、自分が作る味と違うのでまた新鮮だ。食べ終わるのが惜しいほど美味しかった。

「ごちそうさま。美味しかった」

「それは良かった」

風倉が料理を作るのが上手いなんて思わなかった。お皿を回収しキッチンへと運ぶ風倉の背中を見ながら思う。


 その後十分ぐらいで片付けを終えて風倉が戻ってきた。

「全部、片付けたぞ。間違ってたらごめんだけど」

「全然、気にしなくていいよ。助かった」

風倉が椅子に座り、口角を上げた。浅桜さんも同じ表情をしている。僕だけ状況が飲み込めず困惑していた。

「さあ、やるか!」

「もちろん、やるよね」

「いや、何をだよ」

浅桜さんは自分の鞄を探っている。何を始めるつもりだろうか。二人は目をキラキラと輝かせている。嫌な予感しかしないとドキドキする。そして、浅桜さんが取り出したのはトランプだった。

「お泊まり会……じゃなかった。退院祝いと言ったらトランプだよね」

「お泊まり会って言いかけただろ」

やっぱり遊ぶのが目的だった。浅桜さんが笑顔でトランプを切っている。

「なにする?ババ抜きとかかな」

「七並べも楽しいぞ」

「スピード以外で」

スピードは名前の通り早さが重要になってくるゲームだ。なので片手が使えないのは厳しい。できなくもないが確実に負ける。色々と相談した結果、七並べとなった。簡単に言うと全部で四枚ある七のトランプを縦に並べる。そこから順番にカードを並べる。七を基準とするから次に置けるのは六か八となって並べていく。手札が早くなくなった人が勝ちだ。

「順番決めのじゃんけんするぞ。最初はグーじゃんけんポン」

二人がグーで僕がチョキを出した。別にいいのだが負けてしまった。

「じゃあ、湊君から時計回りね」

ゲームが始まる。片手では慣れないのもあって大変だが何とかカードを置いていく。浅桜さんがニヤリと笑い、風倉が頭を抱える。僕もそれなりに悩んだり遊ばれたりしながら遊んだ。どうやら、浅桜さんがとても上手いらしい。結果は一番に終わったのが浅桜さん。次に僕で風倉はカードをたくさん持っていた。


 「負けた。浅桜、強すぎだろう」

「ここが違うのです」

そう言いながら頭を指している。確かに頭脳戦なところもあったが、基本的には風倉の表情が手持ちのカードをばらしている状態だった。それに対し、浅桜さんは迷う素振りもなくニヤニヤしていた。


 「じゃあ、次はどうする?」

風倉が負けっぱなしは嫌だと言わんばかりに次を提案する。トランプを片手でするのはこんなにも大変だったとは。本来であれば片手でカードを持ち、もう一方で作業をする。それが出来ないのは少し大変だった。

「私、やりたいのあったんだ。準備するから待ってて」

そう言って取り出したのは紙とペンだった。風倉と僕は首を傾げる。何がしたいのだろうか。そして、笑顔で僕たちに言った。

「絵しりとり」

言葉を使わず、イラストを描いてしりとりをしていくものだった。普通のしりとりと同じで『ん』は付いてはいけない。どれだけ繋がっているかを最後に確認する。そんなしりとりだ。

「じゃあ、さっき負けた涼君から時計回りね」

つまり風倉、浅桜さん、僕という順番になる。紙の端に風倉が何かを書き浅桜さんに回す。浅桜さんも十秒ほどで書き終わり僕に紙とペンが回ってきた。紙を見て驚いた。


 なんだこれ。最初に書いた風倉の絵はリンゴだろうとすぐに分かった。問題は次だ。歪んだ楕円形に紐みたいな線が二つ。風倉がリンゴだから『ご』か『こ』で始まる何かだ。正直、全くわからない。『ご』か『こ』が付く単語を考える。ゴリラ、ゴマ、駒、コアラなど色々と考えたが当てはまらない気がする。そして、申し訳ないが最後に思い付いたのはゴミだった。でも、リンゴの後にゴミが来るだろうかと思いつつ絵を描く。始まりは『み』なので三日月を書いた。風倉に渡す。

「……ふっ」

笑っている。原因は予想が付くが、次は何を書いてくるだろうと不安だ。先ほどと同じように浅桜さんに回って僕のところに来た。またしても頭を抱える。まず、僕が描いた三日月は伝わったようでキウイが描かれていた。意外にも絵が上手ですぐに分かった。次の浅桜さんの絵は台形の上に数本の線が描かれていた。またしても分からない。何が描きたいんだろう。最後の文字から考えて僕の中の結論は池となった。台形の部分が水で数本の線が回りにある木だと結論付ける。なので『け』で始まる毛虫を描いた。それを風倉に渡す。この作業を何度か繰り返した。

「もう、限界だな」

「全部、繋がっているかな」

繋がっていないと思う。一人だけ、ある意味画伯がいるので難しい。どうやら、僕が画伯に対して理解と芸術センスが無いみたいなので。

「最初は俺だな。リンゴを描いたぞ」

それは分かるんだ。幼稚園児が見てもリンゴと言うだろう。次の浅桜さんの言葉に僕と風倉が注目する。

「ゴキブリ」

「へ?」

「ふっ」

変な声が出てしまった。ゴミじゃなかったんだという驚きよりもワードセンスに驚く。しりとりも後半戦ではなく『ご』が付く単語を選び放題のなかでゴキブリを選んだのか。

「次は湊君だよ」

「……申し訳ない……けど、何を描いたのか分からなくて……三日月を描きました」

風倉と僕は必死に笑いそうなのを堪える。別に人には得意、不得意があるし下手でもいい。でも、堂々と当然のようにいられると少しおかしい。早く話題を変えてと風倉に視線を送る。

「ツキミナが三日月描いたからキウイを描いた」

風倉の絵はだいたい分かる。半分に切られた状態のキウイだった。そして再び浅桜さんの番だ。僕の予想は池。

「イソギンチャク」

だから、ワードセンス!とツッコミを入れたくなった。いないことは無いだろうがイソギンチャクを描く人っているんだなと思う。犬とかイルカとか、もっと分かりやすいのあっただろうに。なぜイソギンチャクにしたんだ。仕方ないから続ける。

「毛虫を描いた」

そんな感じで笑いを堪えながら答え合わせをしていった。ずっとイラストとワードセンスが気になる。


 「やっぱり、私は絵苦手かも。美術の先生にいつもなんか言われるし……」

「例えば、何を言われたんだ?」

確かに美術はどうなっていたのだろう。少し、興味がある。

「前の高校で、白鳥を描いてたの。そしたら、きれいなユリですねって言われた」

浅桜さんが写真を見せてくれた。申し訳ないが確かにユリに見える。昔からこんな感じだったのか。少しだけ知れたようで嬉しい。それにずっと楽しそうだ。浅桜さんが少しでも楽しく笑えるようにしていきたい。


 それからも色々なゲームをやった。トランプだけでなく他のカードゲームもたくさんやった。楽しい時間はすぐに過ぎていく。


「もう、十一時か」

「そろそろ、寝た方がいいか?」

「そうだね。明日も学校だし」

三人で部屋を片付ける。使ったカードやペン、紙をケースにしまったりしていく。その間も雑談しながら楽しく過ごした。

 「ツキミナは自分のベッドで寝て、俺と浅桜は布団を使わせてもらうぞ」

そう言って押入れを風倉が指していた。確かにそこには布団が片付けてあった。母さんが友達とかが来るかもしれないと買ってくれた物だ。当時は使わないと思っていたが助かった。

「色々としてもらっているのに自分だけベッドって……」

「なに言ってるの?怪我してるんだから当然でしょ。私たちのことは気にしないで」

そう言って僕は半ば強引にベッドに座らされた。二人が布団を敷く姿を黙って見守る。今の僕には何も手伝えないだろう。そして、それぞれが布団の中に入る。

「じゃあ、電気消すぞ」

「うん、ありがとう」

「おやすみ」

 そして風倉が電気を消して真っ暗になった。疲れた。体力的にはとても疲れていてすぐにでも寝たい。しかし、考えたいことが多すぎて頭はそれらを処理しようとして寝れない。二人の前で普通に振る舞えるように考えることを意識的に止めていたことが一気に僕の脳を駆け巡る。

 僕の記憶、バラの花、余命、時間、約束、小説。そんな単語がぐちゃぐちゃに混ざる。今から起こるであろうこと、忘れてしまった罪な記憶、僕の思い。浅桜さんがもう、生きられないことが納得できない。まだまだ、一緒に生きていたいと思ってしまった。なのに、それが叶わないかもしれない。そんな道が選択できないこの現状世界が憎い。明日、死ぬかもしれない。今、寝てしまったらもう目を開けられないかもしれない。大切な人に会えなくなる。この世界から自分が消えてしまう恐怖。考えただけでこんなにも怖い。なのに、毎日こんな気持ちに耐えている浅桜さんを思う。どれだけの恐怖だろうか。きっと僕なら耐えられない。

 浅桜さんとの約束。僕が浅桜さんのことを忘れないこと。僕が浅桜さんにできることはなんだろうか。横からは二人の寝息が聞こえる。僕が二人のためにできること。浅桜さんの願い。遊び疲れていてぐっすりな二人の寝顔を見ながらそんなことを考えていた。

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