第3話

新たな再会


 月曜日。僕はいつも通りに登校して小説の構成を練っていた。じっくりと考えたいのだが……


「浅桜さん、なんで僕に構ってくるんだ?転校してきた自称美少女がクラスの空気に話しかけたら目立つよ」


ニコニコしながら僕の机で頬杖を付いている。それを見たクラスメイトは理解できるわけもなく、ひそひそと何かを言っている。


「周りの目は気にしてないよ。少しでも私と話した方が記憶が戻る……」

「その話しはしないでくれ。ここにいる人は誰も知らないんだ」


少し浅桜さんを睨みながらトーンとボリュームを下げて話す。僕の記憶のことは誰にも話していないので当然クラスにいる人は知らない。担任ですら知らないんだ。奇異の目を向けられるのも避けたいし、面白がられるのも嫌だ。それに、僕が僕のことを知らないのに、他人が僕ことを知っているのは気分が悪い。


「誰か一人ぐらいは知っているでしょ?友達一人くらい……」

「そこで止まるの止めろ。ご想像の通り一人もいませんが問題ありますか?」


なんで僕に関わるんだ。それに、友達がいないことは別に悪いことじゃないだろ。そんなのいなくても普通に高校生活は送れる。何も問題はない。


(そっか……ちょっとイケメンだし彼女とかいると思ってたけど友達すらいなかったのか……)


浅桜さんが聞き取れないくらいの声で何かを言った。


「何て言ったんだ?絶対悪口だろ」

「悪口なんて人聞きの悪い。そんなの言ってないよ。ほら、先生が来るよ」


また、悪い顔をしながら席に戻っていった。浅桜さんが言うように担任の先生が教室に入ってきた。


 「全員、席に着けー」


気だるそうに担任が声を掛ける。話で盛り上がっていた学生のグループは解散して各自の席に戻っていった。少し、静かになってホームルームが始まった。


 「えー、最近もありましたが今日から転校生が来る。入っておいで」


内心、驚いた。この短い期間に転校生が二人も。それも同じクラスに来るなんてあるのか。この学校の二年生は五つクラスがある。それなのに同じクラスに入れるだろうか。周りも同じことを思っているようで不思議そうな顔をしていた。しかし、その転校生が入ってくるとクラスは一瞬静まって、またざわついた。


「はじめまして、風倉《かざくら》涼《りょう》です。今日からよろしく頼む」


高身長で顔の整った男が笑顔で話す。いかにもスポーツができてクラスの人気者だ。本人に申し訳ないが面倒な人だと思う。元気でクラスの中心人物みたいな人は僕みたいな空気には天敵になる。しかし、クラスの女子たちは嬉しそうだ。浅桜さんもこういうタイプが好きなのだろうかと様子を伺うため、横を見る。


 なんと言うか予想外な顔をしていた。目を細めてじっくりと転校生の風倉を見ていた。周りの女子たちとは異なる眼差しだ。浅桜さんを観察している間に席を担任が案内していた。浅桜さんの横だ。つまり僕、浅桜さん、転校生風倉が並んだ。風倉が自分の席に向かって歩く。クラスの視線が彼に集まっていた。


 「ん?もしかして浅桜か?俺だよ、涼。覚えてないか?」

「もしかして、あの涼君?雰囲気変わったね」


静かに二人の会話をクラス全員が聞いた。転校生同士が知り合いなんてあり得るのだろうか。


「二人で盛り上がっている所悪いが座ってくれ」


担任の声で慌てて風倉が座る。その後、連絡事項を聞きホームルームが終わった。次の授業までの十分間の休み時間が始まった。クラスの人は浅桜さんと風倉の話をひそひそとしている。本人たちは昔の思い出に花を咲かせているようだった。


 「本当に涼君変わったね。何て言うか……スマートになったよね?」


「いやー、モテたくてサッカー部に入ったらいい感じになったんだよ」


二人はどんな関係なのだろうか。小説を書きたいのに思考が持っていかれる。考え付くのは、転校前の知り合いだろうか……


 「じゃあさ、湊君のことも覚えてるでしょ?」

「湊……月城湊か?変わらないな~ツキミナじゃないか」


僕もこの関係図に含まれるのか。中学生の時ぐらいに浅桜さんと風倉が知り合いだったとするなら僕も関わりがあった可能性があるのか。ツキミナって呼ばれてたのか。わりと気になる。


「そうそう、性格は少し変わってるけど顔とか面影があるよ」

「ツキミナは俺のことを覚えているか?」


その一言で心臓が跳ねたのが分かった。

「湊くんは記憶が……」


「浅桜さん、それを話すなって言ってるだろ」

先程よりもう少し強く睨む。何度、言えばいいのだろうか。周りに知られたくはないのだが。

「ごめんって、怒った?」


からかうように笑っている。謝る顔じゃない。僕ばかりがからかわれて少し悔しい。


「知ってる。浅桜が転校してからすぐだったよな」


驚いた。僕が記憶喪失であることを知っている人と出会うとは。事故の後、誰にも関わらず逃げるようにして引っ越した。だから、僕を覚えている人なんていないと思っていた。


「僕のことを知っているのか?」

「病院まで行ったが俺のことも分からない様子だったからな。時間が経ってもしかしたらと思ったが……」


風倉が何とも言えない顔をする。なんだか、申し訳がない。


「ごめん……だから風倉のことも覚えてない」

「別にいいよ。ツキミナは悪くない」


そう言って風倉は笑った。僕の記憶のことや二人のことも気になる。もしかしたら、僕にとって大切な記憶があるかもしれないから。でも、今一番気になっていることがある。


「風倉、ツキミナって呼ぶの止めてくれないか?」

「今さら呼び方のクレームを言うの?湊君」


あだ名で呼ばれるのに慣れていないせいか恥ずかしい。それに、すごく仲がいいみたいに聞こえる。今の僕は今日が初対面だ。


「じゃあ、俺もクレームを言わせてもらう。なんで俺は呼び捨てで、浅桜はさんを付けるんだ?」

「それは……」


恥ずかしいからに決まっているだろ。記憶を失ってから家族と以外はほとんど話していないんだ。それに、いくらムカつくと言っても女子。なんか、呼び捨てにするのは抵抗がある。それに対し、風倉は僕の天敵になりかねない。なんか、さん付けする気にはならない。


 そんな話をしていたら授業開始のチャイムが鳴った。浅桜さんの時同様、転校生が来たことによって騒がしくなった。あっという間に一日の授業が終わった。帰るとき、二人に捕まったら面倒なことになりそうだ。そうなる前に急いで帰ろうと思う。次々と鞄に教科書を詰める。作業を急ぎながら横目で二人を確認する。結論から言うといなかった。クラスの人はまだ残っているのに二人の姿はすでになかった。鞄を手に持ちゆっくり教室を出る。


 しかし、なんで二人とも居なかったのだろうと思考を巡らせる。たどり着いた答えは転校生だからだった。浅桜さんも風倉も転校生だ。いろいろな手続きや説明などがあるだろう。そう思って安心して帰路に着く。久々の一人下校だ。今日はスーパーで卵と小麦粉が安いので買いに行くのだ。学校から直接スーパーに向かう。


 外の気温も上がってきている。夏が近づいてきているんだろう。スーパーがとても涼しい。目当ての卵と小麦粉を集めながら調味料や日用品も買う。なかなかの量を買ってしまった。一人で持つには少し重いが仕方ない。エコバックに買ったものを詰めてスーパーを後にした。


 少し歩いて自分のアパートまで向かう。ここまで来るのに汗をかいてしまった。本格的な夏がすぐそこのようだ。荷物の重みもあって息が上がる。階段を上って自分の部屋を目指す。そして、絶句した。


 「なんで……」

「相変わらず、帰ってくるの遅いね。湊君」

「暑いから早く入れてくれ。頼む、ツキミナ」


浅桜さんと風倉が部屋の前に座っていた。浅桜さんがニコニコとしている。


「なんで……僕の家にいるんだよ」


もう、思考が追い付かない。いや、というよりは考えるのをやめたい。


「昔の仲間が再開したんだよ。話すことが山ほどあるからに決まっているでしょ」

「何でもいいから、早く開けてくれ。走ってきたから暑いんだよ」

「何で、走ってくるんだ」


仕方なく鍵を開けて中に入れる。


「玄関を塞いどけば、絶対にいれてくれると思ったから」

「はあ……」


ため息が出る。今日は大丈夫だと思ったのに。浅桜さんと会話をしているうちに風倉は中に入っていった。浅桜さんを中に通し、玄関を閉める。三人分の靴を並べ直してリビングに向かった。


 すると、風倉が冷蔵庫を開けてお茶を飲んでいた。


「ぷはっ生き返る~」

「涼君、私にもちょうだい」

「おっいいぞ」


風倉がもう一つ棚からコップを取り出してお茶を入れた。何で自分の家みたいに馴染んでるんだ。コップも何で場所が分かったんだよ。


「はあ、勝手に飲むなよ……」


 なんだか、二人といると疲れる。浅桜さんと風倉の会話を聞き流しながら、スーパーで買った物を片付ける。何日分かの食材を買ったので重かった。冷蔵庫にしまう物や棚にしまう物を分けながら片付けていく。今日はお好み焼きにしようと思っていたが無理そうだ。二人が居るなか作るわけにもいかないだろう。だからといって二人が帰った後だと時間が遅くなる。また明日にして今日は何か簡単な物を作ろう。夕食のことを考えているうちに片付け終わった。二人はリビングに座って楽しそうに話していた。本当に仲が良かったのだろう。キッチンですることもないのでリビングに向かう。


 「ツキミナ、腹減った。なんか作ってくれよ」

「私も湊君が作ったご飯食べたい」


キラキラした眼差しを二人が僕に向けている。何で僕の家に上げた挙げ句、夕食まで作らないといけないんだ。


「家に帰ってそれぞれで食べればいいだろ?」

「親に今日の晩飯は要らないと連絡したぞ」

「私もしたよ」


もう連絡したのか。でも、二人の分も作ればお好み焼きを作れる。今日は朝から作ろうと決めていたから食べたい。


「分かった。作るけど文句は言うなよ」


 そう言ってキッチンに向かう。不本意ではあるがお好み焼きを作る。三人分ならいつもより多めに作る必要がある。キャベツなどの食材を切って生地を作る。最後に桜えびを入れる。母が教えてくれたレシピだ。僕の家ではお好み焼きを作るときはいつもこれだ。小さい頃から母がつくってくれたので懐かしい味がする。片面を焼いたらもう片面を。その作業を繰り返す。焼くときも楽しい。キッチンがお好み焼きの匂いに包まれる。三人分を焼いて皿に盛り、調味料を持ってリビングに向かう。


 「できたよ」

「すごく美味しそう!」

「感謝していただきます」


浅桜さんはスマホで写真を撮っている。それに対し風倉は料理を出した瞬間に食べ始めた。二人とも美味しそうに食べてくれて安心した。


「湊君、桜えび入ってる?」

「ああ、入れたけど……嫌いだった?」


桜えびを入れるのは少数派なのだろうか。僕はわりと普通のことなのだが。


「ツキミナの家は絶対に入れるよな」

「うん、懐かしい味がする」


 二人は僕の家でご飯を食べてことがあるのだろうか。懐かしい味と言っているあたり、僕の母が作ったのだろうか。それほど、僕と仲が良かったのか。この二人にあってからずっと疑問ばかりが浮かぶ。僕の記憶のことや二人のこと。寝る前も学校でも考えてる。思い出したいと願っている。だけど、思い出そうと思ったら怖くて頭痛がひどい。忘れたい記憶、辛い記憶じゃないはずなのに。


「何、ボーとしてるの湊君。ごちそうさま。おいしかった」

「いや本当にうまかった。ありがとなツキミナ」


気づけば二人が笑顔を僕に向けていた。考え事をしていた。慌てて意識を会話に戻す。


「おいしかったのなら良かったよ。お粗末様でした」


 そう言いながら三人のお皿を回収する。片付けをするためキッチンに向かった。使ったフライパンやお皿を洗う。すぐにやらないと汚れが落ちにくくなってしまう。家事のなかで洗い物が一番好きなのだ。汚れがきれいになっていく様が目に見えて分かる。それが気持ちいい。着々と片付けをしていると風倉が入ってきた。


「トイレ借りるぞ」

「どうぞ」


浅桜さんを気遣ってか小声で話し開けてきた。風倉は常に声が大きく感じていたから小声でも話せるんだと思った。


 お皿を洗い終わり、キッチンを掃除していた。するとリビングの方面から何かが倒れる音がした。作業を止めて様子を見に行く。リビングには誰もいない。風倉はトイレに行ったし、浅桜さんがいるはずなのにいない。リビングよりも奥にある僕の部屋だろうか。ドアを開ける。すると、電気が付いていて浅桜さんが中で倒れていた。


「えっ浅桜さんどうしたの?大丈夫!」


焦りながら駆け寄る。浅桜さんは酷く咳き込んでいる。意識はあるが辛そうだし会話はできなさそうだ。浅桜さんの体を起こし、背中をさする。手を動かしながらどうすればいいかを考える。こういう時は何をしたらいいんだ。何が最善なんだ。


「大きな声がしたが、どうした?」


風倉が戻ってきた。浅桜さんの様子を見え駆け寄ってくる。


「浅桜、救急車呼ぶか?」


風倉が落ち着いた声色で話す。僕がしっかりしないといけないのに、風倉の声で冷静になる。


「……大丈夫…………いつもの……ことだから」


 何とか会話ができるようだ。そして、いつもの事と言うのはどういう事だろう。浅桜さんは持病でも抱えているのだろうか。変わらず背中をさする。すると、浅桜さんが腕を少し上げ何かを指差す。その先には浅桜さんの通学用カバンがあった。僕はそれを急いで取りに行く。それを浅桜さんに渡すと中からポーチを取り出した。その中には薬が沢山入っていた。そのポーチの中から一つの薬を取り出した。風倉が飲み物を渡す。


 二十分ぐらいが過ぎただろうか。何とか浅桜さんが落ち着いてきたようだ。


「ごめんね、急に……びっくりしたよね」

「大丈夫か?」


浅桜さんが力なく笑う。表情は笑っているが余裕はないのだろう。風倉も安心したようで緊張した空気が少し緩んだ。


「……まだ、治ってなかったんだな」

「残念ながらね」


二人の会話からしてやはり持病なのだろう。まだ、治っていないと言っているあたり昔からなのだろうか。僕が記憶を失う前からだったりするのか。


 とりあえず、浅桜さんが落ち着くのを待った。しばらくすると咳も止まって顔色も良くなっていた。


「浅桜は俺が送っていく」

「浅桜さん、歩けそう?なんなら、タクシーでも呼ぼうか?」

「二人ともありがとう。もう大丈夫、歩けるよ」


浅桜さんは鞄を手に取り立ち上がった。足取りはしっかりしていて大丈夫そうだが心配だ。


「じゃあな。ツキミナ、また明日」

「ああ、また明日な」


 二人を見送り片付けに戻る。さっき途中にしていたキッチンを終わらせ、リビングのテーブルを拭いた。その後、お風呂に入り自室に戻る。その間、ずっと先ほどの光景が何度も頭の中で再生される。僕は慌てるばかりで何もできなかった。それに対し風倉は冷静で浅桜さんを落ち着かせていた。こういう時に適切な行動ができる人はシンプルに尊敬する。


「そういえば何で、僕の部屋にいたんだ?」


浅桜さんが何をしていたのかも気になるが、疲れて頭が働かない。ベッドに倒れるようにして眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る