第2話

~また来る嵐~



 日曜日、ショッピングセンターに行った。ノートを買いに来たのだ。小説のアイデアを書き貯めるノートだ。ずっと同じノートを買い続けている。そして、原稿用紙も買う。基本的にはデータで書いているのだが、原稿用紙を使う場合もあるからだ。お金を払い買ったものをリュックに詰める。母から送られてくるお金と本の売り上げ料で生活しているので無駄遣いはできない。本屋に寄ってから真っ直ぐ帰ろうと心に決める。このショッピングセンターには複数のお店が入っているので、色々揃うのだ。勉強にもなるし、単純に面白い。新しい本を求めて本屋に向かう。


 見慣れた棚を見て回っていると一つの本が目に止まった。


「あっ」


思わず声が出る。僕が尊敬している小説家の新作が出ていたのだ。花琉巣かるす杏紗あずささんだ。花琉巣さんの新作が出ていたなんて知らなかった。顔出しはしておらず、本名も分からない。性別などの情報は公開しておらず、ミステリアスだ。言葉の表現や構成、登場人物のキャラクター性。何を取っても素晴らしい。心を揺さぶられるストーリーが好きだ。まだ、本を読んでもないのに感動している。本を手に取って表紙を眺める。


 「その、小説家好きなの?」

「うわっ」


浅桜さんが後ろにいた。いつから見ていたのだろうか。いつも気づいたらいる気がする。


「一番好きな小説家だよ。尊敬している」

「へえー、湊君にも好きとかの感情があるんだね」

「失礼だな。人に感情が無いみたいな言い方するなよ」


なんで、僕が無感情みたいになったいるんだ。僕が失ったのは記憶だけだ。


「で、その本を買うの?」

「買うよ」


花琉巣さんの本は今の所、全部持っている。新作が出ているならば迷わず買う。本を持ってレジに向かう。千五百円……正直、高い。でも、花琉巣さんの本だから仕方ない。お金を払い、本屋をでると浅桜さんが待っていた。



 本を見ていたが僕が来たことに気づいたのか振り返る。そして、にっこりと笑った。


「湊君、今から私とデートしよう」


唐突に言われて驚いた。何を考えているのだろうか。


「何で僕が浅桜さんとデートしないといけないんだよ」

「新しい学校だから、買うものがいっぱいあるの。家まで持ってほしいなって」


なるほど、買い物に付き合ってほしいのか。


「嫌だ。そんな荷物持ち」


何で、僕が浅桜さんの荷物を持って歩かないと行けないんだ。いくら昔知り合いだったとしても、今の僕には関係がないのに。


「行くよ」


僕の手を掴み、強引に引っ張る。結果的に色々なフロアに連れていかれた。百均、文房具、洋服屋、ゲーセン、食品、家電。全てのフロアを回ってしまった。


「家電なんて見る必要あったのか?」

「あっ気がついた?」


高校生が家電には興味があまり無いだろう。洗濯機まで見ていたし。一人暮らしならあり得るが、多分浅桜さんは違うだろう。いたずらだったわけだ。家電は見て回っただけだったが、他での買い物が多く袋を沢山持たされた。重いし、多すぎる。それに対し、浅桜さんは一つも持っていない。少しは持ってほしい。



 その荷物を全て僕が持ったままショピングセンターを出て浅桜さんの家に向かう。外は日が暮れ初めていて、夕日が綺麗だ。昼間よりも気温が下がって心地よい風が吹いている。それだけなら気持ち良く家に帰れるのだが、荷物が重いので半減した。


「……重い」

「頑張って、あともう少しだから」


浅桜さんが僕の前を歩く。その表情は夕日で見えないがきっと笑っている。しばらく、川沿いを真っ直ぐ歩く。


「見えてきたよ。あそこのマンション」


視線を動かしマンションを見上げる。


「デカ」


高層ビルみたいなマンションだ。自分が安いアパートに住んでいるのもあるが、明らかに金持ちの住む家だ。マンションの入り口に着く。


「ここの十階が私の家だよ」


浅桜さんは真っ直ぐにエレベーターに向かい上に行くボタンを押した。


「私はエレベーターを使うけど、湊君は階段を使ってもいいよ」


そう言って階段がある方向を指す。そう言っている浅桜さんの表情はニコニコしている。


「使わない……」


僕は大荷物を抱えてここまで歩いてきたんだ。すでに息切れをしている。体育の授業でも僕が一番体力が無い。この状態の僕が十階まで階段を使えば間違いなく倒れる。今日の僕は頑張ったほうだ。


「ごめん、ごめん。怒った?」


浅桜さんは笑いながらからかってくる。無事にエレベーターに乗った。


 十階でエレベーターを降り浅桜さんの家に向かう。少し歩いて扉の前に着き浅桜さんが鍵を開けた。


「……お邪魔します」

「うん。中まで運んでくれる?」


両手が塞がっているが何とか靴を脱ぐ。廊下を通ってリビングまで行き荷物を置いた。すべての重みから解放された。正直、疲れた。


「じゃ、僕はこれで……」


荷物を置いてさっさと帰りたい。玄関に向かおうとする。


「待って、お茶ぐらい飲んでいって。荷物持ってもらったし、私の部屋にいて」

「いや、でも……」

「いいから、いいから」


 そう言って浅桜さんの部屋に押し込まれた。浅桜さんの部屋に一人になってしまった。一応浅桜さんも女子なのだ。そして、僕は男。警戒心が無さすぎると思うのだが。女子の部屋を見るのは罪悪感があるが見回してしまう。机やカーテン、タンスなどは淡いピンク色をしているものが多い。きれいに整理整頓されている。そして、机の上に目がいった。 そこには原稿用紙が置いてあった。浅桜さんも小説を書いていた。驚いてその場に固まってしまった。


「見たらダメだよ。アイデアを盗まれちゃう」 

「ごめん……えっと、つい……」


自分の目が泳いでいるのが分かる。悪気は無かったが、見たのは事実だ。


「湊君も男の子だね。女の子の部屋の物を勝手に見るなんて」

「目に入って、気になったから……」


必死に言い訳をするが恥ずかしいし、無理があると思った。


「言い訳は聞きません。お茶ですよ~」

「……ありがとう」


お茶を受けとる。冷えた緑茶だ。すごく喉が乾いていたので飲み干す。冷たくて美味しい。 



 「私が小説を書いているの、意外だった?」

「僕も書いているから何も言えないけど高校生で書いている人は少ないから」


いないことはないが、少なくとも僕は会ったことはない。


「あー確かにそうかもね。じゃあ、私は数少ないライバルだね」

「ライバル?」


浅桜さんと僕がライバル……


「そう。だから、書き続けてね。私、負けないから」

「僕が負けるわけがないだろう」


これでも、一応小説家だ。何冊か本も出している。趣味とは違う。


「例えばさ、私が小説を出したら湊君は買ってくれる?」 

「……浅桜さんの本」 


僕と同じ年齢の浅桜さんが書いた小説。人生における経験値は小説を書く上で多いほうがいいと僕は思っている。生きている年数が同じぐらいなら、その経験値が同じぐらい。そう考えるなら、浅桜さんの小説にも興味がある。しかし、一部の記憶が僕にはないからなんとも言えない。そして、どんなジャンルを書いているか想像が付かない。ホラーやミステリーだろうか。それとも、女子だし恋愛だろうか。悔しいことに興味がないと言えない。


「いや、そんなに考えなくても……もっと軽い質問のつもりだったんだけどな」

「……値段が高くなかったら買うかな」


必ず買うとは言えない。花琉巣さんの小説なら別だけど。


「多少、高くても買ってよ」

「生活費は削れないから」


無駄遣いはできない。もちろん、浅桜さんの小説が無駄と言う意味ではなく少しお金に余裕がある時なら買うかなって言う感じだ。


「真面目か!」

「お金は大事だから……」

「まあ、湊君らしいかも」


僕らしい。浅桜さんは今と昔の僕を知っている。記憶に無い僕は、今の僕とは違うのだろうか。事故の後から母との距離ができた。家族とのことは覚えているがそれ以外が分からなくなった僕は怖くて、情けなかった。なぜだか心配されることも腹が立った。だから、人から距離を取っていたんだ。


 自分の記憶に興味がない訳じゃない。けど、かつての友達にも、母にも聞けなかった。こんな僕を知ってほしくなかった。何より知ることが怖かった。思い出せない自分に腹が立った。


 もし、嫌な記憶しかなかったら。辛い記憶しかなくて、今よりも苦しくなったら?思い出すのが怖かった。思い出さないほうが幸せでいられるかもしれない。このまま、僕の記憶と感情に蓋をしていたほうがいいと思っていた。


 でも、少しの間しか会ったことがないが浅桜さんと関わりがあった時間は少し楽しかった。過去の記憶が辛いものだけじゃない気がする。僕からすれば友達を語る他人にしか見えない。だから、新しく関わるのは避けていた。だけど、僕は僕のことや浅桜さんのことを知りたいと思ったしまった。


 「……浅桜さんは、昔の……僕のことを知っているんだろ?少し教えてほしい。思い出したい」


後半に行くにつれて声が小さくなっていき、顔も下に向いていった。頭は下げたまま目だけを動かし浅桜さんの表情を伺う。少し、驚いたかと思ったら、微笑んだ。


「嫌だよ。自分で思い出してもらわないと意味ないもん」

「意味ってなんだよ」


浅桜さんは何かを企んでいるのか。笑顔をそのままに続けた。


「自分で思い出した上で行動してほしいの」


行動してほしいとはなんのことだろうか。浅桜さんが言っていることが分からない。


 「ねえ、湊君。いつまで女の子の部屋にいるの?」

「浅桜さんが帰ろうとする僕を止めたんだろう」


またしても浅桜さんがからかってくる。分かっていてもいらっとくる。


「もう、一時間経つよ」

「言われなくても帰るよ」

荷物を持って玄関に向かう。

「また、明日ね」

「学校でな」


 そう言って浅桜さんの家を出た。帰り道も寝る前も今日あったことを振り返りながら過ごした。

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