第1話

~君との出会い~



 人間関係なんてくだらない。思い出、友情、青春、そんなものはこの世界にはない。学校とは綺麗事を並べていくだけで、何の価値もない。どれも、簡単に壊れてしまう。とても、脆いものだ。そんなものに時間を咲いても仕方ない。ずっとそう思って生きてきたんだ。君と出会うまでは……



 月城つきしろみなと。高校二年生。部活は入っていない。彼女、友達はいない。クラスの端で空気のように過ごしている。誰かに話しかけられることも、話しかけることもない。人間関係がめんどうだからだ。周りから見れば、感じの悪いやつだろう。勉強は、テスト前に教科書を読めば点を取ることはできるので努力したことがない。そんな、僕でも一つだけ続けていることがあった。小説を書くことだ。新人賞で受賞してからデビューをした。何冊か小説を出すことができている。学校でも小説を読むか書くかしている。僕の場合はパソコンではなくスマホで書いているので学校でもできるのだ。今日も変わらず小説を書いていると担任が入ってきた。ホームルームが始まるのだろう。席に着くように促している。聞かなければいけない情報もあるので一度手を止める。スマホを取り上げれても嫌だし。


「今日から、転校生が来る。入っておいで」


担任が声を掛けると教室のドアが開いたのと同時にざわつく。


「めっちゃ美人」

「すごくスタイル良くない?モデルみたい」

「あの子、かわいい」


クラスが転校生の話をしだしてうるさい。そう思いながら、黒板の前に立つ彼女を見る。黒い髪は長く、色白な肌。印象としては静かそうな人だと思った。


浅桜あさくらすずです。よろしくお願いします」


自己紹介をすると浅桜さんは軽くお辞儀をした。


「浅桜の席はあそこだ。しばらくは、分からないこともあるだろうから助けるように」


案内された席に浅桜さんが座る。僕の横だった。僕は窓際の後の端にいる。つまり、僕からして右にいるのだ。まあ、誰がどこに座ろうが関係はない。



 そんな感じでホームルームが終わった。次の授業までの十分休みが始まった。色々なアイデアをまとめたノートを見ながらスマホで小説を書く。その予定だった。隣にいる転校生の浅桜さんに興味を持った生徒が集まって騒がしい。集中が全く出来ない。結果、十分間で一文字も書けなかった。


 一限は数学だった。仕方なく、ノートを取る。本当はノートなんて取りたくないが目立つ行為は避けたい。ただ、黒板を写す作業に何の意味があるのだろうか。そんな疑問ばかりが浮かぶ。授業が始まってから二十分ぐらい過ぎた。あと三十分ぐらいかと考えていたら、右横から四つ折りにされた紙が投げられた。投げたのは、転校生の浅桜さんだ。どういうつもりだろう。先生にバレないように紙を広げる。紙には女の子らしい文字が書かれていた。


「久しぶりだね、湊君。私のことおぼえてる?声ぐらい掛けて欲しかったな」



小さくそう書かれていた。湊……月城湊。僕の名前だ。僕と浅桜さんは初対面だ。今日、初めて会ったはそうこずだ。名前も顔も初めて知った。しかし、心当たりが無いとも言えない。その理由は僕に高校一年生よりも前の記憶が無いからだ。正確には、日常生活と家族以外の記憶がない。勉強や日常生活は覚えている。でも、いたはずの友達、楽しかったはずの学校の記憶がない。原因は、僕が交通事故に逢ったからだ。それらが理由で田舎から引っ越して来たのだ。だから、今の学校に知り合いなんていないし浅桜さんのことも知らない。僕の事を知っているのなら記憶を失くした中学三年生辺りで知り合いだったのかもしれない。そんなことを考えていたら授業が終わってしまった。しばらく、浅桜さんは僕の様子を伺っていた。さすがに無視をするのは良くないだろう。


 しかし、次の授業は男女別の体育で言えなかった。早く、言うことだけ言ってしまいたいのだがタイミングがない。転校生であることもあって周りに人が多い。その中には入っていけない。クラスで空気同然の奴が美人転校生に話しかけると目立つ。僕は、記憶喪失であることを隠しているから目立ちたくないし、話題にもされたくない。だから、あまり人前で話したくない。そうこうしているうちに授業が終わりクラスメートは部活に向かったり、帰宅していた。気づけば浅桜さんもクラスにはいなかった。仕方ないし、明日にするしかないだろう。


 放課後の日課になっている図書館へと向かう。学校でも家でも読書をしていることが多いので一度に三冊ほど借りる。それを持って教室に戻る。最近ではこれを繰り返していた。教室のドアを開け中にある鞄を取りに行く。


「あっ」


浅桜さんが一人で教室にいたのだ。お互い、声が漏れる。


「湊君、何で返事くれないの?私のこと忘れちゃったの?」

「すいません」


なんか、すごく怒っている。浅桜さんの圧に負けて謝る。質問に対する答えが遅くなってしまったのは事実だから謝罪の気持ちもゼロではないし。


「何で、話しかけてくれないの?悲しんでけど……」

「話そうと思ってたけど、僕は浅桜さんが誰なのか分からない」


焦って答えたから、上手くまとまらず語弊があった。説明を付けたそうとしたが遅かった。

「じゃあ、何で小説を書いてるのよ!」

そう叫ぶように言葉を発した直後、入り口に棒立ちしている僕に向かって歩き出した。その顔は怒りと悲しみを混ぜたような険しい顔だった。うっすらと目には涙が溜まっている。僕に近づくにつれ、荒々しい足取りになっていき目の前で一瞬立ち止まったと思った時には平手打ちが飛んできていた。避けることはできず、顔に衝撃が走る。静かな廊下にパーンと乾いた音が響く。そして、浅桜さんは走って行ってしまった。


 何が起こったのか分からず、しばらくそのまま立っていた。幸いにも誰もいなかった。頬がヒリヒリする。何で、僕が叩かれたんだ。何で、小説を書いていることを知ってるんだ。どうして、あんなに怒っているんだ。分からないことが多すぎる。自分の中で浮かんでくる疑問に答えを探すが見つからなかった。借りてきた本を鞄に入れ教室を後にした。



 次の日、学校に行くと浅桜さんが先に来ていた。なんとなく気まずいが話しかけて誤解を解く気にもなれない。おたがい、昨日のことはなかったことにして過ごしている。まあ、話さず関わってないだけだが。そんな、スッキリしない感じで一日が終わった。つまらない授業も終わりまた、図書館に向かう。昨日借りた三冊のうち二冊が読み終わったからだ。卒業までに読み尽くしてしまいそうだ。新たな二冊を借りて教室に戻る。クラスの扉に手を掛けて動きを止めた。また、浅桜さんがいるのではないかと警戒したからだ。今度、平手打ちが来たら避けようと思いながらゆっくりと扉を開ける。しかし、そんな心配は杞憂に終わった。誰もいない教室を夕日が照らしているだけだった。運動部の声が三階にあるこの教室まで響いてくる。今日もまた、本を鞄に入れ教室を出る。


 学校から十分ほど歩けば僕の住むアパートだ。夕日に照らされながらまっすぐ家に帰る。母は田舎に残って医療関係の仕事をしている。父は病死した。兄弟もいない。だから、今は一人暮らしだ。アパートの二階に住んでいるので階段を上る。ポケットから鍵を出す。階段を上りきるとドアが見えてくる。そのはずだった。



 「帰ってくるの遅いね」

「何でここにいるんだ」


僕の部屋の前に浅桜さんが座っている。どうやって僕の家を調べたんだろう。何が目的だろうかと色々考えてしまう。


「早く中に入れてもらえる?」


六月の終わりで気温も上がってきている。僕のせいではないが蒸し暑い中、待っていたわけだし中に入れる。内心、何で浅桜さんを家にあげないといけないと思いながらドアを開けた。


「お邪魔します」


ニコニコしながら中に入っていった。僕の中では不満が溜まっている。


「意外と片付いてるね。男の子の部屋って感じしない」

「本当に何をしにきたんだ」


僕の部屋を見回した後、僕の方に振り返る。そして、ニコッと口角をあげた。


「昨日の続きを話そうと思って」


一応、お茶を出す。正直なところ、話したくはないが家まで来たわけだしと重い口を開く。


「昨日の僕の言い方が悪くて、言葉たらずだったからちゃんと説明する」


焦っていたから説明が足りていなかったのも事実なので説明する。本当は記憶が無いことを人に話したくない。面白がったり、好奇の目で見られたり変に絡まれたりするのが鬱陶しい。それが嫌で僕のことを知っている人がいない場所まで引っ越して来たんだ。黙っていれば分からないだろうし知られることもない。だから、誰にも話したくないし、僕のことを知っている浅桜さんもあまり良くは思えない。それなのに、口を開くと落ち着いて説明することができた。事故に遭って記憶喪失になったこと、高校一年生より前の記憶が無いこと。それが原因で田舎から引っ越してきたことなど、洗いざらい話した。その間、浅桜さんは真剣に話を聞いてくれた。話し終わった後はしばらく黙って、僕が話したことを整理しているようだった。部屋に僕と浅桜さんがいるのに静寂がこの空間を包む。


 「……その、色々大変だったのに顔を叩いちゃってごめん。大丈夫だった?思いっきりやっちゃたけど……」

「大丈夫」


本当はすごく痛かったが言わないでおこう。人生初の平手打ちだった。華奢な体であんなに威力があるとは驚きだ。しかし、誤解が解けて良かった。自分の話をするのが怖かったはずなのにスッキリしている気がする。まだ、疑問に思うこともあるけど。


「昨日、何で小説のことを聞いたんだ?」


僕の記憶喪失と小説の関係が分からない。あのタイミングで小説が出てくるのが謎だった。


「秘密」

「僕はこれだけ話した。秘密では通せないからな」


僕が話したことはクラスの人は知らない。高い価値がある情報だ。


「そうだな、記憶が戻ったら教えてあげる」

「記憶が戻るか分からないから了解できない」


僕の反対を聞かず浅桜さんはコップに入ったお茶を飲み干しキッチンに持っていった。

「お茶、ご馳走さま。じゃあね」

そう言って浅桜さんが玄関に向かう。僕が話しただけで、浅桜さんの話を聞けていない。すぐに追いかける。部屋を飛び出て浅桜さんの腕を掴む。


「いいの?転校してきた美少女にこんなことしていいのかな?」

「やめろよ、その言い方」


ニヤニヤと悪い顔をしている。仕方なく手を離す。


「じゃあね、また月曜日」


結果的に僕のことを話しただけになってしまった。浅桜さんについては何も分からなかった。彼女は何がしたかったのだろう。嵐が去って一息ついた。

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