砂漠にて
降り注ぐ日差し、舞い上がる砂ぼこり。
周囲はどこまでも乾燥した大地が広がっていた。むきだしの土、砂、砂利、ぽつぽつと生える小さな植物。
そんな場所を、頑丈なピックアップトラックが駆け抜けていた。
「うまくいくかな」
運転手を務めている八的が、助手席のシズクに聞いた。シズクは新品のジャージと白衣に身を包んでいる。この格好でないと落ち着かないらしい。古いUSBメモリを空にかざしていたが、すぐに飽きたらしく白衣のポケットへしまいこんだ。
「その質問はもう三十八回目です。いい加減飽きていただきたい」
目をつむったまま、シズクはにべもなく言った。
「はいはい」
八的は降参とばかりに手を軽く挙げて、すぐにハンドルを握る。ボタンを押して窓を開けてみた。すぐに熱い空気が吹き付けてきて、窓を閉める。
少しの間、車内は沈黙に支配された。
だがすぐに八的が話し出した。
「お前は落ち着いてられていいよな。月が落ちてきてるんだぞ? 人類存亡の危機なんだ。いや人類どころじゃない、他の生物だって絶滅しちまう」
「よくあることです」
シズクの物言いに八的は絶句する。
彼の非難を込めた視線に気づいたのか、シズクが言い添えた。
「宇宙ではそういうことはよくあるのです。戦争や自然災害で」
「だが今回はどちらでもない。人類に罪はないし避難すらできない。そうだろう」
今度はシズクが両手を挙げた。
「確かに。なんとしても止めなければなりません」
「うまくいくかな?」
「その質問はもう三十九回目です」
「わかったよ」
トラックは丘陵地帯にさしかかり、そこを越えた。
こぢんまりした警告看板の横を通り過ぎる。
観光客らしき集団が看板を写真に撮っていたが、トラックを見つけると、うらやましそうに視線を送ってきた。
「こんなときでも観光か」
皮肉な口調で言う八的に、シズクは眠そうに答える。
「エイリアンならいま通り過ぎたと、言ってあげればいいのではないですか」
「違いない」
そう、観光客の目的はエイリアンであった。
彼らの群がっている場所から少し離れた位置に空軍の基地がある。
グルーム・レイク空軍基地。
通称はエリア51である。
窓の外では砂漠の景色が変わらずに続いている。
「にしたって腹が立つ。全員ダマされてたんだ。イオンエンジンを造ったのも円盤を造ったのも、『ニュートンのリンゴ』を手に入れて研究したのも、全部あいつの指示だ」
「見事な手腕だと認めざるを得ませんね」
ハンドルを握りながら、八的はちょっと視線を上に向けた。
「お前はちょっと怒った方がいいぞ」
「怒っていますよ」
八的はシズクをちらと見てみるが、彼女は目を閉じてリラックスしている。
「そうは見えないね」
「本当ですよ。今回の事件のせいで、世界中に多大な被害が出ました。死傷者も出て……」
「そうじゃない。いや、それもそうなんだが」
八的がシズクへ指を立てる。
「お前だよ。お前だって酷い目にあったんだ。もっと怒っていい」
「そうですか?」
「そうとも!」
ばん、と八的がハンドルを軽く叩いた。
「みんな勘違いしてるんだ。お前は自分勝手なヤツだって。本当は真逆なんだ。お前は自分のことなんてどうでもいいと思ってる。他人を助けられりゃそれで満足なんだ。自分がどうなろうとな」
シズクは答えない。ただシートにもたれて静かに座っている。
ゲートが見えた。
白黒の縞模様の遮断機が前後にふたつ下りて、中央には赤く大きく「STOP」の文字。走り寄ってくる守衛に八的が身分証を手渡し、ひとことふたこと告げると、遮断機が重々しく上がった。
そのまま、広大な塩湖を窓の外に望みながらトラックは走り続けた。
八的が手の汗をスーツで拭きながら言う。
「ハッキングはうまくいかなかった、ってことでいいんだな」
シズクは目をつむったまま答える。
「残念ながら」
「Q機構本部にも侵入してみせたお前がか」
「あれは若気の至りです。ともかく、月との連絡手段そのものを断たれているので、手が出せません」
「てことは……」
「月へ乗りこむ以外に方法はありません」
車内が数刻、静かになった。
「いま言うのもどうかと思うんだが。やっぱり機構全体で会議した方がよかったんじゃないのか? 独断で動いちまっていいレベルの案件か、これは」
「会議しているような時間があったと思いますか? 月の軌道はあと二日もあれば修正不可能になりますよ」
「そうだよな。ああもう。いつも時間がないんだ」
ぶつぶつ言う八的を乗せたトラックは三十分以上走り、格納庫……ではなく、とある建物に横付けする形で停車した。
機能一辺倒で装飾はまったく無し。三角屋根を支える壁のペンキははげかかっている。
ふたりはトラックから降りた。
八的は伸びをする。シズクは何ごともなかったかのように建物へ向かった。
八的は一呼吸おくと、建物の入口へ歩を進める。入口ドアの横には、建物全体の印象に逆らうような真新しいキーパッドがあった。
八的が迷い無くキーパッドを押す。ドアを開けながらシズクへ聞いた。
「本当に行くんだな」
「無論です」
「死ぬかもしれないぞ」
「ええ」
「『ええ』か」
ふたりはドアの中へ入る。何も置かれていない真四角の部屋だ。
ドアを閉めて、八的は部屋の中心に立った。シズクが横に立つ。
「お前はいつもそうなんだよな」
前を向いたまま、八的がため息をつく。
部屋全体が揺れた。
がたがたと音を立てながら地下へと潜っていく。
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