終末の会話

「おっす」


 機械油とグリスの染みついた作業着を着た男が、仲間へ向けて手を振った。同じ格好の男が席に着いたまま手を振り返す。


「よお。偶然だね」

「へへ、偶然ぐうぜん。生中ひとつと枝豆」


 後半は居酒屋の店員に向けた言葉だ。若い店員はうなずくと、オーダーを伝えに厨房へ向かった。


「なに? 昼間から飲んじゃうわけ?」


 タバコの灰を落としながら、先にいた方の男が言う。


「今日はもう終わり! 半休取った」


 後から来た方の男が椅子にもたれて背を伸ばした。わざとらしいくらい快活な笑顔だ。


「マジメにやるのバカらしくなっちゃってさ」

「なるほどなあ」


 先の男がタバコを吹かす。ふたりの間に沈黙が降りた。生ビールがやってきたので、後の男がそれを持つ。


「じゃ、いただきます」

「はいよ」


 先の男がざるそばをすすった。向かいで後の男が枝豆を口に入れる。


「うまいもの食っとかねえとさ、やってらんないよ」

「俺も休んじゃおうかな?」


 そばを食べながら、先の男が上の方を見てぼんやりと言った。後の男がけしかける。


「いいんじゃない休んでも。どうせあと一年もないんだからさ」

「だなあ。もう島がいくつも沈んだってさ。太平洋の方で。知ってる?」

「あんまニュース見ない。気がふさぐもの」


 ビールをあおる男。口の泡をぬぐうと続けた。


「でもあれは知ってる。街がゴミでいっぱいってやつ。フランスだっけ? イギリスだっけ?」

「あー、そんなのあったなあ。まあ気持ちはわかるわな。ほっといてもどうせ……」


 そこで口をつぐむ。茶を飲んでせきばらいした。

 また沈黙が降りる。周囲のざわめきがよく聞こえた。ホワイトカラーもブルーカラーも、色々な職種の人間が集まっているようだ。


「なんか今日混んでるね」


 先の男が言うと、後の男がうなずく。


「俺らみたいのがいっぱいいるんでしょ」

「ははは、サボり魔の巣窟だ」

「そうそう。これでもマジメにやってるほうだよ日本なんて。この先必要かどうかもわからないものをせっせせっせと……」


 男の顔が険しくなった。残りのビールを一気にあおる。


「お、豪快だねえ」


 先の男は苦笑いして言った。

 タバコを吹かしながら、机に置いたスマホをチェックする。ぼんやりした目つきで眺めるだけ。指をなんとなく動かしてニュースを流し見ていく。

 指が止まった。


「なあこれ」


 対面の男に向けてスマホを滑らせる。


「ん? もう地震のニュースは見飽きたよ」

「そうじゃなくて、これ」

「ん? なによ」


 後の男がスマホを見つめた。目をぱちくりさせてから、じっくりと内容を読む。

 赤ら顔を深刻な顔つきにして、相手の男に言った。


「グルームレイクってどこだい」

「ほら、エリア51ってやつだよ。アメリカの。UFOで有名なところ。知らない?」

「じゃあ本当に宇宙船作ってたんだ?」

「そういうことになるな」

「で、それが……」


 再びスマホの画面を見つめる。


「俺たちを救うために発進するってわけか」


 後の男が酒くさいため息をついた。対面の男にスマホを返して寄こしながら言う。


「これでどうにかなると思う?」

「まさか」


 そばをすすりながら男は言った。


「だよなあ」


 後の男は背もたれに身体を預け、天を仰ぐ。


「お勘定!」


 先の男が手を挙げて店員に言った。後の男が聞く。


「で、どうする? これから」


 聞かれた男は少し考えてから答えた。


「やっぱり工場に戻るわ」

「この期に及んでも真面目かい?」

「まあな」


 笑い合う男たち。

 少しだけ真剣な表情になって、先の男が言った。


「なんていうか、俺に出来るのはこれぐらいかなって思ってさ」

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