ワンドロ「つるかめ算」
自分にとって、人生で一番勉強した時期と言えば、間違いなく小5の夏だった。
中学受験は親の受験だ。子にやる気がなくとも、親の力で勉強をさせることができる最後の年代と言える。
中高一貫に合格したので高校受験をせず、大学受験をもあまり勉強せずに過ごしてしまった自分としては、明らかに中学受験の、その小5の夏季講習が一番勉強した時期と言えよう。
中学受験において、学習のフェーズは3つに分けられると言える。
4年生で勉強の仕方、中学受験においての変則的な解き方、考え方を学び、
5年生で一通りの勉強の仕方を叩き込み、
6年生でとおり一遍の過去問を解く。
実際の勉強時間としては小6の冬、受験直前期の方が多いのだろうが、それは既に反復練習になってしまっていたし、何よりそのころになると親も自分も感覚がマヒしてしまっていて、勉強が長いとか短いとかを気にするようなものでもなくなっていた。
そう考えると、一番勉強したのは小学校5年の夏季講習だったろう。
例年行っていた沖縄旅行も行けなくなったし、そういったところも含めて、勉強のきつさというものが強かった。
それに、新しい単元を多くやる、という意味でも難しかった。
国語などは大学受験のそれよりも「ファジーで感情的」な側面が強く解きづらいし、社会科目の暗記は大学受験のそれと何ら変わりがないようなレベルで詰め込まれた。
中でも厄介だったのが算数だ。
中学受験の「さんすう」においては、方程式を使えない。
もっとも、変数Xを使ってはいけない「というわけではない」、というのが今思うと妙なところで、とくに図形問題ではわからない辺を「〇」とか「△」とかで置いて解くことが想定解になっているものが大半だった。
方程式を使えないのに、代数的な問題、それも中学3年とかで解くような問題を出してくるのが名門中学校受験というものの悪いところだった。
そういう時に使うのがつるかめ算だった。
つるかめ算とは、「鶴と亀が8匹いて、足の合計が26本であるとき、それぞれ何匹か」というようなものを、1匹1匹鶴と亀の引数を変えることで計算していくような、非常に回りくどい計算方式だ。
実際のところは2本のグラフを作って差分から求めるのだが、回りくどいことには変わりがない。
今考えると、絶対に方程式を教えておいた方が早いし、三平方の定理とかも教えておいた方が良かったと思う。
さて、そんなただでさえきつい時期に、母は言った。
「テストで一番左側の列に入ったらPSPを買ってあげる」と。
この、左側の列というのは、成績発表の一番左側の列のことだ。左上から1位、2位、と詰められ、20位までがこの列に入る。
この「20位まで」というのは、地元の40人しかいない塾の20位とかではなく、「塾全体での定期テストの20位までを指す。」
地方の塾とはいえ、全校生徒で言えば、同学年の中学受験生徒に限っても1000人以上いたと思う。その中の、20位だ。
正直無茶だと思った。いつも、僕は成績発表の紙の右下、100番に入るか入らないかだった。
20番なんて、才能に恵まれたうえで勉強が好きで好きでたまらない変態だけが入る領域だと思っていたし、今でもそう思う。
母の思惑通りであったが、僕は頑張った。
その年の冬、祖母が死んで、葬式で従兄弟から貰った「勇者のくせになまいきだ。」がやりたかったし、悪童みたいな友達のやっている「モンスターハンター2ndG」にも憧れていた。
それ以上ないほど頑張ったんだ。
テストの結果、僕の名前は一番左側の列になかった。
左から二番目の列の、一番上にあった。
僕は泣いた。
なんせ、20位ではあったのだ。
一番左の列の一番下の奴と、僕の点数に差はなかった。違うのは、苗字のあいうえお順だけだった。
そう騒ぐと、「仕方ないね、特別だよ」と言って、母はPSPを買い与えてくれた。
……今思うと、当たり前だと思う。20位には入っているのだから。それで子供の頑張りを認められない親など、悪い意味で頑迷すぎる。
何が特別なのか、何がしかたないのか。
悪い点など、お前が選んだ男の苗字以外にないだろうに。
正直、ここでPSPを買ってもらえてよかったと思うし、よしんば点数が1点か2点か届かなかったとしても、息子がこれだけ頑張ったのだから、買ってくれなかったらとても禍根が残ったと思う。
その次の1月か2月か、妹が小学校のテストではじめて100点を取った時には、新しく買う車の天井にガラスのルーフを付けてもらっていた。
新車のオプションなのだ。領収書をのぞき込んだら、10万円はしていた。
自分はそのころまで、小学校のテストでは100点以外を取ることなどほぼなかったし、それでも褒められた覚えは一切なかった。
だって、小学校のテストで100点を取るなんて簡単だろう。中学受験の塾の定期考査で20位に入るなんて、24になった今やっても相当きついと思うのに。
妹は出来が悪かったから仕方がなかったのかもしれないが、それでも幼い自分には納得がいかなかった。
まだ納得してないんだよな。
その年の冬にPSVitaが出たんだから、そっちも併せて買ってくれても罰は当たらなかったんじゃなかろうか。
そういうので恨みを買うのは良くないぞ
割と一生ものだからな。
鶴や亀の寿命より長い恨みを込めて。
はじめての実話ノンフィクションエッセイ「つるかめ算」 了
箱庭療法~Sandbox~ はむらび @hamurabi
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