ワンドロ お題「猿」



金田一耕助の孫のように、世の中には探偵の末裔が多くいる。

アルセーヌ・ルパンの三代目のように、怪盗の末裔もいる。


血縁無く単なる後継者である者や、似たような名を持つものならばそれ以上に数多くいる。


これは、ある種遺志を継ぐ者たち、と言えるだろう。



彼らのことを後継者パスティーシュと呼ぶ。





……さて。

名探偵は世に多くいる。

だが、それ以上に多いものがある。


名探偵1人につき、およそ5人の「名犯人」がいるとすれば。

「名犯人」の遺志を継ぐ者パスティーシュもまた、無数に存在することにならないか?





探偵の運命を持つ者パスティーシュたちは、不条理なほどに「事件」に遭遇する。



であるならば、犯人の運命を持つ者パスティーシュたちもまた、不条理なほどに「事件」に遭遇しなければならない。

もっと言うならば彼らは、事件を引き起こさなければならない。

「殺戮」に惹かれる運命・サガを持ってしまった、と言えるのだ。



「故に、こうするのが国家にとって最善だろう」

その男の名を、マイクロフト・ホームズ4世。

イギリスという国家そのものとも称される、ホームズ家の末裔だ。


ホームズ家とはいっても、シャーロック・ホームズの末裔、というわけではない。

シャーロック・ホームズの兄、マイクロフト・ホームズの末裔にして後継者パスティーシュだ。


シャーロック・ホームズを凌駕する才能を以て、下級役人から国家そのものを支配するとされた男の能力を、十全に引き継いでいると言える。


「犯人が事件を起こすなら、犯人同士で殺しあってもらえばいい」



地下闘技場に、血に飢えた犯人候補パスティーシュを集め、対戦させる。最後の一人のみに、かの「アルセーヌ・ルパンの財宝エギュイユ・クルーズ」が与えられて解放される。


すなわち、これこそが、流れる血を最小限にするための、血塗られた大闘技にして大実験、『緋色の研究スタディインスカーレット』だ。




今宵の剣闘士はんにんは、影の中対峙する。


「まあ、優勝は間違いなく僕だろうがね」

トム・リプリー・ジュニア。今大会の優勝候補筆頭だ。


彼が継承パスティーシュしたトム・リプリーは、犯人でありながら「主人公」という強力な特性を兼ね備える極めて希少な存在だ。

『太陽がいっぱい』から始まる5作の連続推理小説において、「犯人主人公」というジャンル自体を築き上げた大物と言える。


彼ら「犯人」の多くには、特筆する能力はない。

バリツのような格闘技もなければ、中国人のような異能もない。ノックスの十戒によって制約されているが故だ。

さらに、凶器の持ち込みも制限されている。頼れるのは、狂気のみだ。


その中でも、トムは犯人に許される限界の能力を持っていた。

人をたぶらかす美貌、オリンピック並みの身体能力、詐欺師としての才能に華麗なまでのスリの腕、上限値に近いIQ。そして手段を択ばない卑劣さと邪悪さ。


故に、最強である。


対するは。

「ウッキー」

猿だ。


「なるほど、人でなければ犯人の身体能力の制約もない、と思ったか?」

「ヒューヒュー」

猿は口笛を吹いた。音はまるで鳴っていない。


「ふっ、嘗めやがって」

トムは、拳を向け、突撃した。彼はノックスの十戒でギリギリ許されるレベルのカンフーを身に着けている。


だが

「なっ」


拳がぶつかって、のけぞったのは人間のほうだった。


「たとえ野生動物とはいえ、僕が力負けするだと?」


それは、当然のことではない。

トムの身体能力・技量はかのルパン家の三代目にも匹敵する。

いかにこの大会に銃やナイフが持ち込めなかろうと、ライオン1匹狩る程度は造作もない。いわんやオランウータンならば。


「なるほど、お前の宿す『犯人』は……!!」

「ウッキャッキャ」

そう、このオランウータンが宿す犯人の格も、トムのそれを下回ることはない。


それは、「原初の推理小説」の犯人を宿している。

彼こそが真の優勝候補、かの殺戮オランウータンの後継者パスティーシュだ。


猿は邪悪に唇を裏返し、嗤った。


そして、その瞬間トムは血反吐を吐いた。


「ウッキー」

それは異能ではない。純粋で無粋な殺戮技巧だ。

「毒、だと!?!?」


あまり知られていないが、オランウータンは毒をもつ生物ではない。

毒を塗られているわけでもなければ、手に何か暗器を持っているわけでもない。


だが、この症状は明らかに毒。それも即効性できわめて強力なものだ。こんなものを陰から盛るなど……


陰から?


トムは、ふと足元を見た。

そこには、まだらの紐が落ちていた。


「ネクタイ……?」


では、ない。


「ヒューヒュー」


オランウータンが口を尖らせると、「それ」は鎌首をもたげて立ち上がった。


蛇だ。


「まさか、口笛で操った、とでも言うのか!?」

「ウッキッキ」


そんな反則だ、と言おうとしたトムは、思い返した。

凶器の持ち込みは制限されている。

だが、この「蛇」は凶器ではないとすれば?


かのシャーロック・ホームズ作品の一つ、「まだらの紐」の後継者パスティーシュ!!

犯人の持ち込みは規制されておらず、二対一もまたルール違反ではない!!


それに。

「卑劣とかルール違反とか、そういうのは探偵が言うことだ。犯人の云うことじゃないな」

「ウキ」

「ああ、そうだな。犯人に必要なのは戦闘能力じゃあない。鮮やかな手口と、狡猾さ、だ」


そして、トムは倒れ込んだ。



勝者、殺戮オランウータン、および、まだらの紐。




殺戮オランウータンとまだらの紐 了

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