ワンドロ お題「プロローグ」


途上国は地獄だ。


スラムは地獄だ。


途上国のスラムに住んでるガキってなれば、それ以上に地獄だ。


……それでもここだけは、俺たちのようなスラムのガキにとっては天国と言えた。

なんてったって国連のNPO、つまりは先進国のボランティアの拠点がある。


古びた服はごまんと送られてくるから寒さに震えることはないし、食事だってある程度の炊き出しがある。

家のあるガキは家の労働や水汲みに追われるこの国において、俺たちほどに「仕事が無くても最低限生きていける」奴らは、特権階級と言ってすらよかった。



……そして同時にここらには、NPOの「流通路」を通して、先進国のゴミだって送られてくる。


育ちのいい白い顔が罪悪感を帯びた青い目を向けてくる。

あいつらにとっては、ここは「体のいいゴミ捨て場」で、本来あちらの国では違法もいいところの犯罪なのだろう。

だからこそ、ここまで手厚い支援があるともいえる。


だが、俺たちにとってはむしろ、「水を綺麗にする薬」だとか、「何か死亡率が下がるらしい注射」よりも、そうしたゴミの方がありがたかった。


銅線があった。溶かして固められるガラスや、ゴムや、プラスチックがあった。基盤の先に着いた金は、1年かけて集めれば爪の先程の塊になり、50ドルもの大金になった。

膨らんだバッテリーさえ入れ替えて、電線に繋ぎ直せばまだ使えるようなスマートフォンまであった。


「でも、結局そういう『修理』だって僕の仕事じゃあないか」


こいつはアヴァン、という。

血こそ繋がっていないが俺の弟のようなものであり、天才だ。

「いちいち言うな。火とか煙とか扱う、危ないやつは俺がやってるんだ」


機械の修理を独学で覚えただけじゃない。

アメリカの教育動画を見て、学まで身に着けていた。


現代においての教育格差は、「教育を受けることの重要さ」への、認識の格差だ。

こいつは、スマートフォンと、NPOのやつらが引いてる電波(もちろん勝手に線を引っ張ってきている)を手に入れただけで、めきめきと賢くなった。

NPOの奴らが「教育が大事」としきりに言ってくること、親がいなくて先入観がないことも重要だっただろう。


「お前、そんなに頭がいいならさ、もっとすごい学校、『大学』っていうやつに行ったりさ、できねえのかな」

「無理だよ。お金がかかる」

「何も海外に行けっていうんじゃねえよ。この国にだってあるだろ?」

「その方が高いんだよ。うちの国みたいな弱い国こそ、親の権力や多額の金、いわゆる立場がないと大学には行けないんだ。むしろアメリカに行く方が何倍も安いさ」

「アメリカに行ったとして、大学には行けるんだな?」

「アメリカの受験は体験受験、いわゆる『お金持ちがお金持ちだから、ボランティアとかの経験を話せて受かる』ってやつだって話がある。だけど、それは最上位の大学だけだって話もあるんだ。SATのテスト難易度くらいなら、僕でも全然満点をとれるしね」


この国には国立の大学が4つある。それでも、「国の有力者の子弟」しか行けない。カネの問題ですらない。地位が足りない。金を握らせて入る方法もあるが、それならアメリカに渡る方が安いらしい。


「だけど、まず、アメリカに行けない」


俺たちの国は、英語を使う。昔イギリスの植民地だったらしい。

だから、きっとアメリカに行っても、言葉が通じる。

差別が多かろうが、きっとこの国よりは金も稼げる。


「幾ら要るんだ?」

「どれだけ低く見積もっても一人1000ドルは要るね」

「無茶だ。一生かけても貯まらねえし、貯めたら奪われるだけだ」

「それが、無茶じゃないとしたら?」

「なんだって?」

「Prolog。「プログラミングロジック」の略らしいけど。まあ、つまりは数学的ロジックを用いたプログラミング言語を学んでてさ」

「……で、それがどうしたって?」

「今ってさ、この国でも『クレジットカード』ってやつが普及してきたわけでしょ?あれに潜り込めないかなって」


クレジットカード。

NPOのボンボンは、この国に来てここまでクレジットカードが使えることに驚いたという。

だが、それは「便利だから」なんていう進んだ理由なんかじゃあない。

……なんてったって、この国では、国が発行する紙幣自体に信用が無いのだ。

だから、ドルで決済できて、現金を持ち運ばずに済んで、スられても番号がわからないと使えない、そんなものをみんなが使うようになった。


まあ、地元のやつらが持ってる奴は「デビットカード」ていう別のやつらしいが、詳しくは知らん。


「そりゃ、外国にある本社サーバーに潜り込むとか、そんなのは無理だよ。プロの犯罪者が何人も、何年もかけてやるようなことでしょそんなの。」

「そうなのか?じゃ駄目じゃねえか」

「でも、この国の、そのへんの店先にあるような機械はそうじゃない。」


アヴァンは続けた。


「他の、もっと進んだ国だったらさ、そのへんの機械だってきちんとしてるんだろうけど。『物理的に盗むやつがたくさんいるこんな国』だからこそ、機械へ忍び込むのなんて、想定もしないし、想定しても対策は二の次三の次になる。」

「なるほどな、賢いことを考える。俺にはさっぱりだが、それで金が盗めて、アメリカに行けるんだな?」


なるほど、カードの機械をハッキングするってなれば、地元の奴らだけじゃねえ。NPOの奴らの使うおきれいなクレジットカードにも潜り込める、ってことなんだろう。そうなれば、アメリカに行くための金だってきっと工面できるはずだ。


「兄いがやるんだよ」

「……は??」


俺は驚いた、だって、そんなことできっこない。

プロログだか何だかの話も初めて聞いたくらいだ。

アヴァンは困惑する俺を尻目に続けた。


「兄いが店先にある機械を盗んで、僕が中のプログラムを書き換えるんだよ」

「ほら、ハッキングってその、遠くからできるんじゃねえのか?」

「無理だね。少なくとも僕には」

「……まあ、かわいい弟分を大学に行かせてやるためだ、いっちょ覚悟決めっか」

「違うよ。僕たちが、2人で、アメリカに渡って成功するためだ!」



これは、チンケで粋な俺たちが、華麗なドブ底に潜っていく話の序章。





Pro Rogue

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