「目からビーム」の実現可能性に関する一考察

 夜の研究室はひっそりと静まり返り、外から聞こえるのは時折響く夜風の音だけ。深夜まで残っているのは、超天才科学者である片桐と山田の二人だった。

 彼らの目の前には、ホワイトボードがあり、そこには膨大な数式と難解な理論がびっしりと書き連ねられている。テーマは「目からビームの実現性」──一見荒唐無稽なテーマに、二人は本気で取り組んでいた。


「やっぱりエネルギー源が最大の課題だな」


 と片桐がつぶやく。

 山田はうなずきながら、ボードに新たな方程式を書き加える。


「うむ。やっぱり視神経に直接エネルギーを供給するためには、マイクロ反応炉が必要だろうな」


「マイクロ反応炉か……でも、普通に装着したら目が爆発するぞ」


 と片桐が眉をひそめる。


「そこで、『ネオクォンタムハイパーインフィニティ光線』の出番だ!」


 と山田が自信満々に言う。

 片桐は少しだけ間を置いてから、


「ネオクォンタムハイパーインフィニティ光線って、なんだっけ?」


 と首をかしげた。

 山田はすかさずボードに向かって、いかにも科学的な雰囲気で図を書き加える。


「これだよ。夢の中で閃いたんだが、次元を超えてエネルギーを抽出するという理論だ!」


 片桐は目を細めながらその図をじっと見つめ、


「それ、本当に夢の中で思いついたのか…? 現実的かどうかは別として、案外悪くないな」


 と納得したように頷いた。

 山田はホワイトボードを指さしながら、説明を続けた。


「まず、視神経に光子の流れを生成することによって、脳内の微細な生体電位をエネルギーに変換できる。この変換されたエネルギーを使えば、目から直接光を放射することが理論的に可能になる。そして、このエネルギーを高効率で転送するためには、『ネオクォンタムハイパーインフィニティ光線』を介して次元を超えたエネルギーを抽出し、それを視覚神経経路に通す必要があるんだ。これにより、通常の視覚では到底出力できない高出力のビームを――(以下略)」


 そして、山田は力強く宣言した。


「よって目からビームは可能だ!!」


 片桐は目を丸くして、


「まさか、でも……試してみるしかないか」


 と戸惑いながらも興奮を抑えきれない様子で言う。


「よし、山田……やってみろ!」


 と片桐が指をさし、真剣な表情を浮かべる。


「もちろんだ。いくぞ……目からビームだ!」


 と山田も覚悟を決めたように叫ぶ。


 その瞬間、山田の目が怪しく光り始めた。 

 片桐は「おお、いよいよか…」と息を飲んで見つめていたが、次第に冷静さを取り戻し始めた。


『待てよ……これ、もし本当に成功したら、俺がビームの直撃を受けることになるんじゃないか?』


 と内心で焦りが募る。


『ヤバい! このままじゃビームで焼け死ぬぞ!?』


 と心の中で叫び、思わず身を引いた。


 スローモーションのように感じる時間の中、山田の視線がじりじりと迫ってくる。そしてビームが放たれる! その瞬間──


 片桐はガバッと目を覚ました。


「夢……だったのか……」


 深夜の研究室の椅子に倒れ込んだまま、片桐はぼんやりと周囲を見回す。

 ホワイトボードにはやはり、目からビームに関する意味不明な数式が書かれていた。

「結局夢か……」と呟きつつも、片桐の胸の中にはまだ夢の興奮が残っていた。


「いや、もしかして……」


 片桐はふらふらと立ち上がり、鏡の前に向かう。寝ぼけまなこで、自分の目をじっと見つめた。そして、眉間に力を込めて、思いっきり目を見開く。


「出ろ! 目からビーム!!!」


 その瞬間、研究室のドアが開き、朝早く来た学生、田中が顔を出した。


「先生、朝から何やってるんですか……?」


 片桐は口を開けたまま固まり、田中を見つめる。


「いや、あ、なんでもない……。あれだ! 目の体操だ!」


 と動揺しながら顔を隠す。

 対する田中は困惑した様子で首をかしげる。


「先生、また徹夜で妙なことをしてたんですね……少し休んだ方がいいですよ」


 片桐は田中の言葉に首を捻りながら、


「俺が疲れてるって言いたいのか……。でも、どう思う? 本当に目からビームが出たら……面白くないか?」


 と夢の中の熱を引きずったまま真顔で質問した。


 田中は目を丸くし、「いや、普通に無理じゃないですか……」と引き気味に答えるしかなかった。

 片桐は「だよな……」と一瞬肩を落とすが、


「でもな、ネオクォンタムハイパーインフィニティ光線さえあればだな……」


 とまた何かブツブツと呟きながらホワイトボードの前に戻っていく。


 それを見た田中は、内心で「やっぱり変な人だよな……」と改めて思うが、あえてそれを口にすることはなく、そっと研究室を後にした。


 その後、片桐は通常の研究に戻ったものの、ホワイトボードには「目からビームを実現するための数式」が消えることなく残り続けていた。それを見た他の学生たちは、「片桐先生、研究のしすぎでおかしくなったんじゃない?」とひそひそ話し、軽く笑い合う。


 それでも片桐は、研究室の窓から差し込む朝日を見つめながら、再び目を開いていた。


「いつか……本当に出るかもしれない……」


 その視線の先には、何かを夢見るように光る目があった。彼の心の中では、まだあの熱い夢の続きを追い求めているのだった。 


 研究者というのは案外、子どもなのかもしれない……。

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