新約! 現代版○○

現代版「うさぎとかめ」

 東京のとあるビルの一角、私はタカシと同じ会社で働いていた。

 タカシとの因縁は大学時代に遡る。あのゼミでのプロジェクト、あの時の悔しさが、今も私の中にくすぶり続けている。


 自分で言うのもなんだが、私は会社では誰もが認める優等生だった。仕事のスピードは抜群で、上司からの信頼も厚い。

 それでも、心のどこかにいつもタカシの存在が引っかかっていた。タカシは大学時代から何でもゆっくりと進めるやつで、その姿勢が私には理解できなかった。


「もっと早くやればいいのに」

「あんなのんびりしていて、結果なんて出せるわけがない」


 ―—そう思っていた。


 でも、タカシはいつも意に介さず、自分のペースを貫いていた。

 ゼミの時も、彼は私と違い、慌てず急がずじっくりと物事に取り組んでいた。

 そして……結果的にそのプロジェクトで評価されたのは彼だった。

 あの悔しさは忘れられない。あの日から、タカシは私の「負けたくない相手」になっていた。


 ある日、社内で新しいプロジェクトのリーダーを選ぶことになった。これは絶好のチャンスだった。


「今度こそ、あいつに負けるわけにはいかない」


 と決意し、私は猛烈に働いた。プレゼン資料の作成、マーケティング分析、深夜まで続けた作業の日々。自分に妥協は許さなかった。

 でもその代償として、私は次第に疲れ果てていった。体調を崩しているのも分かっていたが、ここで止まるわけにはいかなかった。


 一方、タカシは相変わらずマイペースだった。毎日定時で帰り、同僚や友人たちと協力しながらじっくりと準備を進めていた。

 その様子を見ていると、どうしてあいつはそんなにのんびりできるんだろう、と苛立ちが募った。私の全力をはたから見て、彼はどこか面白がっているようにさえ見えた。


 プレゼン当日、私は疲れてフラフラの状態で発表に臨んだ。

 資料は完璧に仕上げたつもりだったが、体調不良と焦りからミスが出てしまった。頭の中が真っ白になり、言葉がつっかえた。会議室の冷たい空気が肌に刺さるように感じた。


 一方、タカシの発表は驚くほど落ち着いていた。彼は焦ることなく、しっかりと自分のアイデアを伝え、その姿勢に皆が引き込まれていった。

 結果、プロジェクトリーダーに選ばれたのはもちろんタカシだった。


 悔しさで胸が締め付けられた。なぜ、私はあんなにも頑張ったのに報われないのか。あんなやつに、いつも負けてしまうのか……。


 プレゼンが終わり、オフィスの自分のデスクに戻ると、私は深い溜息をついていた。疲れ果てた体を椅子に沈めながら、自分のやり方に疑問を感じずにはいられなかった。

 常に結果を出すことだけを考え、スピードを重視し続けた。私のやり方が間違っていたのかもしれない。


 タカシのゆっくりと着実なやり方、そして周囲との協力。あの時はただ効率が悪いと感じていたけれど、今回の結果を見て、自分のアプローチに欠けていたものに気づいた。

 自分だけがどれだけ必死で走っても、それでは結局周りが見えなくなる。自分の速さがすべてではない。もっと大切なものがある。


 大切なものに気づいていた彼のやり方が、今回も評価されたのだ。


 しばらく机の前で何もできずにボーっとしていると、上司との話を終えたのであろうタカシが、こっちに近づいてきた。

 正直、顔も見たくなかったが……彼は柔らかく微笑んで言った。


「リナ、お疲れ様。君が全力で頑張っているのを見て、僕も本気になれたよ。競争するのもいいけど、これからは一緒にやっていこう」


 その言葉に私は驚いた。負けた悔しさと、自分の頑張りが無駄ではなかったという思いが交錯し、少しだけ肩の力が抜けた。


 そして、タカシの意向で私もそのプロジェクトに入れてもらえることなった。

 今度は競争ではなく、互いの長所を生かし合うために。


「うさぎとかめ」


 そんな童話があったのをふと思い出した。

 あの時のうさぎは、きっとこんな気分だったのかもしれない。

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