第2話 傾城

 春を売る女達。娼婦たちはなるべく見栄えの良い華やかな服を着る。本当は安価で粗悪な物だった。裕福な女たちは質素に見えても、上質な品物を誂えて宝石や服に  する。

 目の肥えたものが違いを見抜く。

 そんな洒落て粋な事をするのは、上流階級に属する専用娼婦ぐらいなものだ。

 彼女らは貴族の落胤とも言われ、容姿も気質も優れていた。

 娼婦にも階級というものがあり、最底辺の娼婦は、病気もちの客とも寝るという最も過酷な職業であった。

 どこかの異国で、美しい爛漫の木の下には死体が埋まっているという幻想的な話を聞いたことがある。

 成程、確かに一つの目が覚めるような美しい花には、犠牲者がつきものだ。

植物にも生存競争が或る。その話を聞いた傭兵はふんと子どものように鼻を鳴らした。

「馬鹿みてえ。それをいうんなら戦場に立つ木などは、死体が吊られたり、たくさんの死体が埋まってら。きっとたくさん養分を吸っているぜ。あんな激しい戦場でも

しぶとく生き残っているもんな。」

じみじみと傭兵は回想した。

「まあ・・そうね。そういう木はきっと・・。」

娼婦は口を濁した。いつかは凄い美しい妖しい花を咲かさないかしら・・。そんなあらぬ夢想を娼婦は抱いた。

「そういえば胸糞悪いこともあったぜ。」

「夫婦がいてよ。夫が借金を重ねて追手に捕まって、必死に庇っていた妻を血走った目で見たかと思えば、この女を売るとな。この女のせいで俺の人生は狂ったと喚き散らしたんだ。全く妻と子を守る健気な旦那もいるってのによお。こうも違うもんかね。同じ男とは思えねえ。女も半狂乱に喚き散らすしかできないものもいれば、冷静で夫のために最善の道を模索する立派な女も居たぜ。本当に男と女の愛とか縁ってやつは千差万別だなあ。」

「まあ‥両極端だこと・・。わたしも娼婦だけど、本当に心も体も通じ合ったことはないわ。生きるためで本当の意味で女になったことはないのかもしれないわ。」

 きひひと馴染の傭兵は変な笑い声をした。女は鬱陶し気に眉をひそめた。

「そうかな?俺知っているんだぜ。お前に惚れている若い男が居るだろう。あれは相当だ。育ちも良いし、ああいう純粋な男ほど何をしてかすかわからないぜ」

なんでもあの男、場末の酒場で飲み潰れるほど、自暴自棄になっていたらしいな。

どうも婚約者だかを従弟に奪われて、初めて失意を抱いたらしい。

お前・・その傷心の男に上手くすり寄って、虜にしたんじゃねえの。でなきゃあお前みたいな平凡で凡庸な女があんな毛並みが違う男に惚れるはずがない。

傭兵は目を眇めてその無駄に切れる頭で娼婦と男の関係を推測した。

どきりと娼婦は胸を抑えた。

だが傭兵は少し間違えている。男じゃない。わたしが彼を愛してしまったからだ。

わたしと言う魂が彼と言う美しい男とその魂に惹かれてしまったからだ。

彼は美しかった。多分貴族だろう。その自尊心が打ち砕かれて脆い心を抱えながらも気高く生きようとする様は痛々しくて、わたしを醜い愚かな女とみていてもわたしは不思議と憤りはなかった。嗚呼仕方がない人だと思った。

 

 当たり前だ。本来は交わるはずのなかった男と女。清と濁。

わたしは彼の脆い心と容姿に惹かれた。嗚呼慰めたい。この男が立ち直ったらどれほどわたしは嬉しいだろうか?

 わたしは親猫のように彼を抱きしめる。本来なら拒絶され殺されていたかもしれない。

 彼はそういう手負いの気高き獣のようだった。

 それでもわたしは彼に手を伸ばし、救いたかった。

 彼の手がわたしの手をとったのは奇跡だった。


 わたしは彼の手を握った自分の手を愛おし気に撫でる。

 わたしは傭兵に見抜かれることのないようアルカイックスマイルをした。

 女は笑顔で他人も自分で騙すのだ。


 




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