冥府の花

栗菓子

第1話 奈落

この世界は弱者や不適応者、外れ者にとても過酷な世界だった。或る者は奈落をもじってナラカ世界とも深酒を飲んで調子外れに歌って、口すざんていた。

酔っ払いの飲む安酒は、毒にも近い成分があって、飲み過ぎると失明する恐れがある。それでも店の主人は何も言わない。唯、愚かな道化が死ぬのを早めているだけだ。贔屓している客には、あまり危険な酒はすすめず、安全な酒を用意している主人だった。優しい顔をみせれば、気に入らない客には容赦ないところがあった。


粉をほんのわずかな水で捏ね、出来上がった生地を丸めて千切って、石窯によって

熟練者が温度を調節して赤い酸味のあるソースを塗り、辛み成分のある野菜をスライスして無造作に並べたり、僅かな干し肉も載せたりして、ほんの少し焦げるまで焼き上げる。炎を通し、外に廃棄する金属の棒が無ければ、燃えている異臭が周囲に漂っただろう。

幾分快適な匂いに調理人は満足した。

最後にわずかな柔らかい肉を置き、チーズをばらまく。

芳醇な複雑な匂いがハーモニーのように広がっている。嗚呼たまらない。


ここは下町、治安が悪い中でも子どもたちが近寄らないところ、地下にある。

地下には、殺風景な人がいないところの中で、粗末な扉を金の鈴を鳴らしたら、

用心深く相手が客であることがわかると、招待状をチェーンごしに店員さんに渡す。

そうまでしないと、ここでは生き残れない。

用心棒は、大柄の体格を生かして、威圧感を与える。

薄汚い下劣な者達は恐怖の余り余り近寄らない。

それでも、ここはある人達にとって隠れ家であり、楽園のようだった。

訳アリの、少年はここで十年ぐらい働いていた。

中には、人外のような醜い顔をした者もいれば、精神的に歪んている者もいた。

少年は漠然と、生きるために危険な人々とさりげなく共存するように擬態や同化するように順応していた。 

異物は必ず排除される。させられないために、ゆっくりと少年を含む渡来の一族は

この世界に適応した。

更にここの酒場には秘密があった。売春宿も兼ねており、男娼や娼婦と解る首輪は黒い色だった。 また殺し屋も斡旋しており、依頼人は金の腕輪を身に付けていた。

危険な薬とかも、売人は薄い緑色の腕輪をしていた。

産婆や呪い師は、赤いリボンを手に巻き付けていた。赤は胎児の色だ。多くの胎児を神様のところに還すのも産婆たちの仕事だ。

ここには雑多な生きるために必要な事を斡旋する悪党しかいない。

発狂した者もここに隠れているものは後を絶たない。

精神病棟に入れられるのは白い首輪をはめられた者達だ。


ここに来る者たちは、未来がないものばかりであった。


その中で一人の冴えない猫背のような男は小さい椅子に座って、多くの人々を見ていた。どう考えても、部屋はこんなに広がったかと疑うほど、伸縮しているような錯覚をうけるのだ。

磁場の歪み?それとも何か得体のしれない力で認識能力が歪まされている。

そして本来は綺麗な心を持つ者は似たような仲間と集まる。

しかし汚濁にみちた心を持つ者が、知らない内に混ざり合う者もいる。


これは奇異だ。本来は本能にとって自然とあまりにも違う者は離れていく。

調理人や、従業員は漠然と不自然を感じ取っていた。


彼らは分からないことは排除していたが、どこかで気になることもあり、ありえない何かがズレている恋人とか、仲間とかできているグループを見ると、僅かに冷や汗を

かく者もいた。

何かの力が干渉しているようだった。

時々彼らはぞっとした。

わたし達は何かに操られているのか?

答えはなかった。





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