第3話 傾城Ⅱ
緑は嫉妬の色でもある。何故かしら?緑は木や草の色でもある。わたしはこの色が好きなのよ。嗚呼そうねえ。雨があまりにも降るのは嫌いだけど、丁度よく木や草に
潤いを与えるように降るのは好きよ。そういうのって慈しみを与える雨みたい。慈雨だわ・・。
そういえば、あの人と出会ってからもう数年も経ったわね。まるで夢のようだわ。
やっぱり、雨が降っていたわ。とても雨が降っていてわたしはいつ雷や、天の神様が怒って空を破るのではないか気になっていた。
嗚呼子どもっぽくてごめんなさいね。でもそういう迷信と言われようとわたしにはそういう事しか考えられないのよ。
殿方はいつも迷信だ、非合理的だとか論理とかをかたくなに信じるけどわたしはそういう思考もあっていいと思うの。
だってこの世はまだまだ未知で溢れているもの。そんなふうに分析や区分を殿方はしたがるわね。女はそういう無神経な行為が嫌いヨ。
『なぜ、お前は彼と一緒にいるのか?と身分不相応とは思わぬのかと・・。』
貴方はわたしにおっしゃいましたね。いいえ。あの方がわたしを望んでいるのです。
お金如きではあの方の思いを反故にはできません。
わたしがお金のために彼と一緒にいるのだと?だとしたらなんという傲慢な行為か
わたしは彼を良く知っています。
『かれは誇り高き貴人です。はっきりいいましょう。わたしは選択はしない。彼が望む通りにしているだけです。彼が裏切るなとわたしにはっきりと言ったのです。わたしはそれに従い果たすだけです。驚きましたか?卑しい娼婦如きが彼の事を知っていると?まあ貴方様のような人にはわたしのような女は目障りとしか思えないのでしょう。それともまさか貴方様は、あの方に友情あるいはそれ以上の思いを抱いていらっしゃるのですか?』
彼女はあえて挑発して、上目遣いで排除にかかる敵を見据えた。
みるみる男の顔が醜く歪んた。目がかすかに緑に光ったような気がした。
嗚呼嗚呼。貴方。やはり貴方は・・。可哀相に。わたしのような得体のしれない女に奪われた思い人。貴方はさしずめ、姫をいいえ王子を奪い返すような滑稽なドン・キホーテですね。
本人がそれを望んでいない。むしろ迷惑だと思わずに・・。
『 お前は魔女だ。彼のような男がお前のような女をいつまでも愛するはずがない。ほんのひと時だ。』
嗚呼嗚呼確かに、花の寿命は短命だ。でもねえ。愛を十分に適度に与えれば腐らないで長生きするものもあるのですよ。
わたしは彼のひび割れた心に忍び込み、無理にでも雨を与え砕けた心をかき集め修復したのですよ。わたしもそれは狡猾かと思いましたが、仕方が無いのですよ。
彼はあのままでは自暴自棄で破滅していたでしょう。
それはわたしの望まぬことだった。
成程確かにわたしは彼を篭絡し、誑かした毒婦にしか見えない人も多くいるのでしょうね。
わたしは貴族ではありません。この口調も血の滲むような訓練で直したもの。
彼が下品な言葉使いを忌み嫌うからです。知っていますか?子どものころから馴染んでいた言葉を無理に矯正するのは結構時間かかるのですよ。
あの人に恥ずかしくない様、教養や動作にも気を使いました。
それでも違和感はあるでしょう。わたしは幼少の頃からスラム街にいました。
もう調べているかもしれませんが、わたしは故意に彼の財産目当てで接触したのではありません。
兄がいましたが、幼少の頃行方知らずになりました。もう会えないでしょう。
彼とわたしは出会ったのは偶然ですよ。
その偶然によってわたしと彼は結ばれ、共に過ごすことを決めたのです。
もし別れがあるとしたらそれは彼が決める事です。
わたしは長い長い告白をしてふうと溜息をした。
敵は唯、恨みがましく見ているだけだった。哀れな男。
彼はこの人の邪恋に気づいている。あえて無視しているだけだ。そういう冷淡なところが彼にはあった。
わたしも愚かなとるに足らない女なのに、彼に夢中になって無心に愛を捧げた結果予想外の未来を得てしまった。
彼は次第に心を開き、わたしを寵愛する夫人として迎え入れたのだ。
彼はわたしが緑の色が好きだと解ってわたしに珍しい口紅を与えた。
紅なのに緑かかっている。わたしは驚愕した。
「面白いか。これは希少な紅だ。玉虫色といって緑と赤が混合している。」
「ええ、どうしてこうなるのでしょう。不思議だわ。」
わたしはこどものように目を輝かせて彼に感謝の言葉を捧げた。
僅かに彼はこどものように無垢に微笑んだ。その微笑みにわたしはどきりと胸を高鳴らせた。嗚呼いけない。醜い女の深情け。恥ずかしい恋。
こんな重い心は彼を弱らせる。気をつけねば。
「ずっと私の前でつけていろ。この美しい紅のように価値のある女になれ。」
わたしは彼の本意に気づいて嬉しかった。
自信をもって彼の寵愛される女として振舞えというのだ。
驕慢?傲慢?思慮深い女?どれが一番良いのかはわからないが彼のために理想的な女を演じ続ける。
それがわたしの芝居、役柄なのだ。
わたしには敵が多い。わたしは負けてはならない。
わたしは彼を昇りつめさせたい。屈辱も挫折も糧としてさらに上に昇らせたい。
わたしはそのためならなんでもしよう。
だって彼はわたしを一心に求めてくれたのだから愚かな女の滑稽な愛と思われても良いのだ。わたしは人間の醜い真理をしりすぎている。
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