第一話:魔法使い、誕生 ⑨

◆春風が吹く④◆

「――はっ!」

 智也は現実に引き戻されると同時に、ゼピュロスの背後からバジリスクを凝視した。

 ――さっきの蛇は、やっぱりこのバジリスクなのか?

瞳を細め、意識を集中させる。

(――あ、あった!!)

 バジリスクの頭に、不気味なドクロマークが濃い紫色の光を発していた。

 光はバジリスクが暴れる度に、その強さが増している。

(やっぱり、あの蛇はバジリスクだったんだ! それじゃあ今のバジリスクは……)

「よし!あともう少しだ」

 ゼピュロスが掌の風を強めようとした。その時だった。

「待って……。待って――ゼピュロスッ!」

 風が急激に弱くなり、消えた。

 突然のことにゼピュロスは驚き、後ろを振り返る。

 智也の指が、魔法陣から離れていた。

「どうしたんだ、智也?」

「バジリスクを倒さないで!」

 真剣な面持ちの智也をみたゼピュロスは、困惑していた。

「『倒すな』って……あそこまで凶暴化してるんだぞ? 他にどうしろって――」

「ゼピュロス!」

 智也の震えた声が、ゼピュロスの言葉を鋭く断ち切った。

「ゼピュロスには……バジリスクの頭にあるドクロマークが、見えないの?」

「ドクロマーク?」

 ゼピュロスはチラリと、バジリスクの頭を見る。

「見えない……な」

 頭を横に小さく振るゼピュロスを見て、智也は「そんな」と言葉をもらした。

(あのドクロマーク……オレにしか見えない?)

 ドクロマークが脈打つように光が強くなる度に、バジリスクは暴れる。

(このままだとバジリスクが……一体どうしたら――)

 智也は無意識にスマホを握りしめた――その瞬間、画面が眩い光を放ち始めた。

「え、何!?」

 驚いて見てみると、アプリの魔法陣が煌々と光を放っていた。

 智也は恐る恐る魔法陣に指を添えると、画面が切り替わり、呪文が表示された。


【UR】

【エメルジェレ・サクラ】

【悪しき力の根源を表面化させる魔法。これは、貴方が望んだもの】


 「これは……!」

 智也のぱっちりとした大きな目を更に大きくさせた。

(この魔法……。もしかしたら、ゼピュロスにも見えるようになるかもしれない!)

 智也がスマホ画面に指を乗せると、魔法陣の画面に切り替わった。

「――精霊を惑わす悪しき力よ、その姿を現せ!!」

 智也は大きく息を吸い、意を決したように呪文を唱えた。


 掌から溢れた眩い光が辺りを包み込み、柔らかな輝きがバジリスクの頭へと流れ込む。

「あれは……!」

 ゼピュロスは目を大きくさせた。

 光が纏った瞬間、バジリスクの頭に不気味なドクロマークがくっきりと浮かび上がったからだ。

「智也、君が言っていたのは……あれのことかい?」

「うん、そうだよ! あのマークが光る度に、バジリスクが痛がってるんだ!」

「成程、これはもしかしたら……」

 数秒、ゼピュロスは考えこむ。

「とにかく、あのドクロマークをどうにかする必要があるな」

 智也は力強くうなずく。

「バジリスク、苦しいだろうが、もう少し我慢しててくれ」

 パンッ!と、ゼピュロスが両手を合わせる。すると、合わせた両手の隙間から光が漏れ出し、再び風がゼピュロスに集まりだした。

「智也っ!」

 ゼピュロスに呼ばれた智也は、口を動かす。

 スマホの画面の魔法陣に指は乗せられたままだ。


「清らかなる春風よ!」

「悪しき力を、吹き飛ばせ!!」


【ブリッザ・プリマヴェーレ】


 智也の声と共に、ゼピュロスの掌から生まれた光輝く風は、あっという間に大きくなった。

 大きくなった風は、バジリスクを優しく包み込む。

 風に包まれた当初、バジリスクは暴れていたが、徐々にその動きは鈍くなり、やがて、バジリスクの頭に浮かんでいたドクロマークは、跡形もなく消えていた。

 五メートル以上あった蛇の身体は徐々に小さくなっていき、最終的には最終的には智也より少し大きい少年の姿になった。


 これがバジリスクの、本来の姿だった。

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