第一話:魔法使い、誕生 ⑧

◆春風が吹く③◆

 颯の周囲に集まっていた風の力が一段と強くなり、颯の身体を隠した。

「うっ……!」

 あまりの強風に智也は呼吸が詰まった。

 光と風が徐々に止み、姿を現したのは長い銀色の髪をたなびかせ、整った顔立ちに凛々しくつり上がった目。

 そして、五月の新緑を彷彿とさせる若草色の瞳。

 智也が何度も何度も夢の中で会っていた、あの青年の姿そのままだった。

「ようやくこの姿で会えた、な」

 夢の中で会っていた青年の正体は颯だった。

 智也は驚きのあまり目を大きくさせた。

「颯君……」

「智也。今は【ゼピュロス】と呼んでくれるか?」

「ゼピュロス……うん、わかった」

 ゼピュロスはふっと小さく笑いながら、智也の頭を優しく撫でた。

「さてと」

 ゼピュロスはくるりと回り、見えない壁に阻まれたままのバジリスクと対峙する。

「ぐっ……」

「どうした? 俺が相手だと物足りないか?」

 ゼピュロスはゆっくりと歩みを進めバジリスクに近付く。

「こうなったら……っ!」

 バジリスクは逃げようと身体を捻るが、ゼピュロスの風が彼を逃さない。

 ゼピュロスは両手を広げ、巨大な風の壁を作り出した。

「おいおい、待ちなよ」

バジリスクは必死に抵抗するが、ゼピュロスの力は圧倒的だった。

「智也。もう一度魔法陣に指をのせて」

「うん!」

 智也はゼピュロスの指示に従い、グリモワアプリを操作する。

 (あ……、また頭の中に言葉が)

 智也は頭に浮かんだ呪文を声に出す。


【ラッフィカ】


 智也の声が響くと同時に、ゼピュロスの掌から光り輝く風が噴き出した。

 風は瞬く間に膨れ上がり、渦巻くようにバジリスクを包み込む。

「ぐあああっ!」

 バジリスクは暴風の中で、苦しい声をあげた。

 逃れようともがくが、ゼピュロスの風は鎖のようにからみつき、決して離れない。

 智也はその様子をじっと見つめていた。

(これで……これでいい、のかな?)

 智也の胸の中に、小さな違和感が芽生えていた。

 ――普段は大人しいというバジリスクが、どうして凶暴化して自分を襲ってきたのか?

 何か原因があるのかもしれない……。


 ――ズキリ。


 突然、智也の頭に鋭い痛みが突き刺さった。

(な、何だ……この痛み! これまでのものとは全然違う!)

 頭の奥が焼け付くような感覚に、智也は思わず目を閉じ、額を押さえた。

 


 気が付くと、そこは暗闇だった。

 音も風もない。

 静かな空間だった。

 奥にぼんやりと、光る一点が浮かび上がった。

 智也が目を凝らすと、そこには一人の少年が横たわっていた。

『うう……』

 少年は身を縮め、震えるようにうずくまっている。

(あれって、もしかして……バジリスク!?)

 智也はバジリスクの声を聴くために、耳をすませた。

『痛い……痛いよぅ……頭が痛い』

 のどを振り絞るような声で、痛みを訴えている。

 それは、助けを求めているようだった。

 智也がバジリスクの額を見ると、そこには不気味なドクロマークが浮かび上がっていた。

 ドクロマークが濃い紫色の光を発するたびに、バジリスクが『うぅ……』とうめき声をあげる。

(あのドクロマークが、バジリスクを苦しませているんだ――!!)

 智也は助けようと手を伸ばした。だが――。

 突然、身体が後ろに引きずられる感覚が襲う。

(これは――!!)


 それは、――夢から覚める時と同じものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る