第一話:魔法使い、誕生 ⑩

◆春風が吹く⑤◆

「……あれ?」

 先ほどまでの凶暴さがうそのように、バジリスクは気弱そうな声でつぶやきながらキョロキョロと、周囲を見渡す。

「もう平気?」

 智也がそっと声をかけると、バジリスクはしぱぱっと、瞬きを繰り返す。

 そして、はっとした表情のまま、みるみるうちに顔を真っ青にさせた。

 ――自分が智也にしたことを思い出したのだ。

 心配した智也がバジリスクを覗き込むと、顔は更に青くなった。

「オ……オイラ……とんでもないことをっ!!」

 ガタガタと身体を震わせるバジリスク。

 その震えを静かに包み込むように、智也はそっと手を伸ばし、優しく頬に触れた。

「大丈夫だよ」

 バジリスクの黄金色の瞳が、驚きと安堵で見開かれる。

「確かに怖かった。でも……君は苦しんでいたんだよ。もう、頭は痛くない?」

 バジリスクは頭をタテに動かす。

「それならいいんだ。良かった」

 智也は目を細め、バジリスクの頭を優しくなでる。

 智也の手から伝ってくる温かさは、バジリスクの心を解きほぐす。

「怖がらせて……ごめんよぉ……」

 バジリスクの目から一粒の涙がこぼれ落ちると、次第にあふれ出す。

 そして、滝のように頬を伝って流れ続けた。

「……」

 ゼピュロスは静かに、二人の様子を見守っていた。

「バジリスク」

 ゼピュロスの低い声が静かに響く。

「!! ゼ、ゼピュロス……えっと、その……」

バジリスクはゼピュロスの顔を見た瞬間、ピクッと体を震わせ、智也の後ろに素早く隠れた。

 気まずそうに顔を伏せている。

「オイオイ……元同級生にその態度はないだろ?」

 ゼピュロスはバジリスクの様子に気づくと、苦笑いを浮かべた。

「智也の後ろに隠れてないで、出て来いよ」

「う、うん……」

 ゼピュロスに促され、バジリスクはおずおずと智也の後ろから出てきた。

「ゼピュロスとバジリスクって、知り合いなの?」

「ああ、まあな。昔ちょっとだけ……」

「ちょっとだけじゃないっ!」

 バジリスクはゼピュロスを睨むように見上げたが、すぐにため息をついてシュンと項垂れる。

「ゼピュロスのせいでオイラは……もう……」

(ゼピュロスとバジリスクとの間に一体何が……?)

 智也は二人の関係性や過去が少し気になったが、それ以上にそのやり取りが、見ていて面白かったので、緩やかに口角を上げながら静かに見ていた。

「――まあ、そのなんだ。正気を取り戻せてよかった」

 ゼピュロスが頭をガシガシとかきながら、目を伏せた。

「え?」

 バジリスクが驚きながら顔を上げる。

 ゼピュロスはどこか照れくさそうに、顔をそらす。

「またこうして話せて、よかったよ」

「ゼピュロス……!」

 バジリスクは目を広げ、再び水の膜をはった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る