2章 第7話 フェニックス!


 進級試験に挑むアノンたち。

 

 アノンはライムと激しい戦闘を行い、ピンチの中スピリット能力を覚醒させた。

 

 リベレイトを習得していないにも関わらず手に入れた力。

 

 アノンの規格外さがよくわかるだろう。

 

 だが、身につけた力『アクセプト』は自身が傷つくこと前提の力。

 

 強力な力を発揮するが、ダメージと消耗が大きいらしい。

 

 ルネが治療をしても、アノンが回復することは無かった。

 

 ライムも限界以上のエーテルを爆発させる力『バースト』を使用した。

 

 そのためが同様にルネの力でも意識を取り戻すことは無かった。

 

 いくら命を失わない闘技場での試合でも、許容を超えると大きな負担となる。

 

 それを証明するかのような激戦となった。

 

 「ごめんなさい。私の力では回復しきれないようです。」

 

 「えっへへ、でもだいぶ楽だよ。ありがとう!」

 

 「ホントに大丈夫なの?このあとも試合あるのよ?」

 

 申し訳なそうに謝るルネに、微笑み返すアノン。

 

 心配するシルビア。まだ試験は始まったばかりなのだから、当然だろう。

 

 「大丈夫だよ、なんとかなるって!それより、ライム大丈夫かな」

 

 気絶しているライムと動けないアノンを運ぶため、職員が担架を用意している姿が視界に入る。

 

 「今職員が来るはずよ。専門家に任せましょ。……それにしてもライムさん、全力だった。アンタに相当勝ちたかったのかしらね。いつも冷静なのに、今日は様子が変だった。」

 

 「証明……でしょうか。少しわかる気がします。私も今回が最後かもしれませんから。ライムさんもきっと焦っているんだと思います。」

 

 「……みんな背負ってるもんね」

 

 気絶しているライムを見つめる3人。

 

 クバーツと職員数名が駆けつける。

 

 「アノンは医務室へ。ライムは俺に任せてくれ。」

 

 「先生!ボク!」

 

 フラフラと歩きながら、ライムとクバーツの所へ行くアノン。

 

 シルビアとルネが肩を支える。

 

 「何も心配するな。ライムもお前だからあそこまで力を出したんだ。それにこれは試験だ。お前が気にすることじゃない。……正々堂々とした素晴らしい戦いだったよ。」

 

 アノンがライムを気にかけていることを察したのか、優しく言葉をかける。

 

 「それよりもだ。お前もかなり体にダメージを負っている。医務室にいけ。」

 

 「は、はい……でもライムは大丈夫なんですか?」

 

 「ああ。すこし特殊な体質でな。専用の薬があるんだ。まあ父親の俺に任せておけ。」

 

 「そうなんですか。わかりました。」

 

 「おう!それと、シルビア・クリムゾン。お前は次の試合だろう?早く行け。ルネフィーラは客席に戻るように。」

 

 「「は、はい!!すみません!!」」

 

 ーーーーーー。

 

 無事医務室に運ばれたアノン。

 

 次はシルビアの番だ。

 

 闘技場に立ち、対戦相手を待つシルビア。

 

 観客の視線やブーイングは絶えない。

 

 いくら力をコントロールできるようになったとはいえ、過去が消える訳では無いのだ。

 

 心苦しいが、ずっと耐えていかなければならないだろう。

 

 ーーーーー。

 

 試合は実力の差もクラスも関係ない完全なるランダムで決まる。

 

 試合直前に相手が現れて初めて対戦相手がわかるのだ。

 

 そして、反対側の入口からフードを深く被った人物が現れる。

 

 フードの影から見つめる視線。

 

 酷く冷たく殺意を感じる瞳だ。

 

 思わずシルビアは戦闘態勢を取り、剣を身構える。

 

 「(なに……この殺気……)」

 

 「まさかいきなり当たるとは思わなかったわ。シルビア・クリムゾン。」

 

 怯えるシルビアと対戦を心待ちにしていた少女。

 

 試合は開始される。

 

 「シルビア・クリムゾンVSレト・コスモ、試合開始っ!!!」

 

 ーーーーーー。

 

 「レト……コスモ……?」

 

 その名前に聞き覚えがあるのかシルビアは硬直する。

 

 そんな様子に構うことなく、フードの少女はエーテルを解放し突撃してくる。

 

 「アッハハハハハ!!!!」

 

 血走った眼、突然笑いながら突撃してくる。

 

 突撃してくるレトに対し、ようやく我を取り戻したのか剣を抜きエーテルを解放させるシルビア。

 

 「くっ!エーテル解放!!」

 

 「真っ向から突っ込むわけないんだよ!!!」

 

 だが、レトは瞬時に後方へ周り蹴りを与える。

 

 「ぐっ!?」

 

 予想していなかった一撃。苦悶の表情を浮かべ振り返るが、またしてもレトは後方に回る。

 

 さすがに予期していたのか振り返り剣を振るうシルビア。

 

 だが、簡単に避けられ今度は足をかけられ転倒する。

 

 「アッハハハ!!!相変わらず弱いねえ……だからこそ腹が立つんだよ!!!」

 

 倒れたシルビアの腹部に何発も蹴りを入れるレト。

 

 まるで憎しみをぶつけるかのようだ。

 

 「くっ!!『フレイム!!!』」

 

 やれっぱなしのシルビアではない。

 

 掌から火球を形成し、レトにリベレイトを発動させる。

 

 火球はレトに直撃し、砂埃が舞い上がる。

 

 「シルビアぁああああああっ!!!」

 

 ダメージが効いたのか憎悪の声を出すレト。

 

 砂埃が消えると、瞬時にシルビアの元に現れ馬乗りになる。

 

 シルビアは抜け出そうと試みるが、レトは容赦なく顔面を殴りつける。

 

 「クソ!クソ!クソ!クソぉおおおおおっ!!!またやりやがったな!!!クソ!クソ!!!」

 

 これは闘技場での進級試験である。

 

 シルビアの攻撃は決して間違ったものではない。

 

 それに傷を負うわけでも、火傷を負う訳でもないはずだ。

 

 むしろ適切に力をコントロール出来ると証明になったはずだ。

 

 だが、レトにとっては何よりも腹立たしい行為であったのだ。

 

 品性の欠片もない憎しみの籠った拳は、何度もシルビアに打ち付けられる。

 

 「いた……い。」

 

 闘技場の戦いでも痛みが消える訳では無い。シルビアはついに我慢できず、痛みを訴える。

 

 「あぁん?痛いだ?自分が何したか分かって言ってる?」

 

 レトはシルビアの髪の毛を引っ張り無理やり起き上がらせる。

 

 「ほら、見ろよ。私の顔を。」

 

 「……っ!?」

 

 シルビアは痛がりながらレトの顔を覗く。

 

 「あなたは……」

 

 「ようやく思い出したか?」

 

 レトはニヤリと笑うと、フードをとる。

 

 そこには雑に包帯を巻いた顔があった。

 

 髪の毛もボサボサで手入れを怠っているのかピンクなのか白なのかも判別がつかない。

 

 「わかる?アンタに焼かれて痣ができたのよこの顔に!!髪の毛も焼けて、こんな所に入れられて!!!捨てられたのよ!私は!!!あんたのせいで何もかも失った!!お母様は私の顔を見てくれなくなった!!!お父様も冷たくて、お見合いも全て断られて、周りの友達もみんな!!!!私を見てくれなくなった!!!全然あんたのせいよ!!!」

 

 込み上げるように感情をぶつけるレト。

 

 そう、彼女はシルビアに怪我をおわされた貴族のひとりなのだ。

 

 「ごめ……ごめんな、さい。」

 

 ようやく能力をコントロール出来るようになったシルビア。

 

 だが、過去はあまりにも重い。

 

 思い知らせるかのように戦うことになった二人。

 

 炎の悪魔と呼ばられたシルビアのことは有名でも、傷つけられた貴族側は有名ではない。

 

 格下の貴族に傷つけられたなど恥でしかないからだ。

 

 そのために学園側も対処できなかったのだろう。

 

 始まってしまった戦いは止めることが出来ない。

 

 シルビアは泣きながら謝罪するが、レトの怒りは冷めない。

 

 「許すわけないでしょう?立ちなさいよ。」

 

 一気に精神的に追いやられたシルビア。

 

 涙ながらに立ち上がるが、まるで気力はない。

 

 戦意を喪失しているのだ。

 

 「いいわ、ここであんたを倒して一生犬としてこき使ってやるわ。いい気味ね。」

 

 「ごめん、なさい。……ごめんなさい。」

 

 シルビアは自分を追い込み、それ以外の言葉を発しない。

 

 レトに攻撃するなんてシルビアの中では考えられないのだろう。

 

 「ちっ、腹立つなあ!!!アンタに謝られても私の気は晴れないのよ!!!」

 

 レトは舌打ちをし腰から剣を二本抜き、連撃を繰り出す。

 

 「オラオラ!!さっきみたいに炎使いなさいよ!!!」

 

 笑いながらシルビアの体に剣を立てていくレト。

 

 シルビアは無気力にただ攻撃を受けるだけだった。

 

 次第に脱力し、膝をつき剣を落とす。

 

 もう完全に戦う意志を持っていない。

 

 「私にあなたを攻撃する資格なんて……」

 

 「はぁ、つまんな。やっぱり格下は格下よね。……今度は私がアンタの全てを奪ってやる!この力でね!アハハハハハハっ!!!リベレイト!!!」

 

 シルビアは無気力で反応がない。だんだんと楽しめなくなってきたのか決着をつけるようだ。

 

 レトはニヤリと笑うとリベレイトを発動する。

 

 それは運命なのか必然なのか。

 

 発動されたリベレイトはシルビアと全く同じ炎の力だった。

 

 レトは火球を形成し、シルビアに向けて解き放つ。

 

 「これで終わりよ!!!クソ女!!!!」

 

 シルビアは為す術なく、その攻撃を喰らう。

 

 その刹那。

 

 ーーーーーーーーー。

 

 

 「ダメぇえええええっ!!!」

 

 観客席から少女の声が響く。

 

 視界に捉えられた桃色髪の少女。

 

 一瞬だけ捉えられたその姿にシルビアは言葉を漏らす。

 

 「さく……ら」

 

 走馬灯のように蘇っていく過去の記憶。

 

 楽しかった思い出。

 

 傷つけた悲しみ。

 

 恨まれる瞳。

 

 拒絶される痛み。

 

 シルビアはそのまま炎に飲まれていく。

 

 「アッハハハ!!ざまぁないわ!!この底辺貴族がぁっ!!!炎の悪魔がっ!!!」

 

 「違う!違う違う!!シーちゃんは村を、私を守ろうとしてくれたの!!悪魔なのはあなたの方よ!!!」

 

 泣きながら訴えを続けるサクラ。その声は闘技場に届くことは無い。

 

 イリスが傍らに立ち、優しく背中をさする。

 

 平民であり、力を持たない彼女はこの学園に入ることはできない。

 

 きっと、イリスの計らいだろう。

 

 記憶を読み、サクラとシルビアを再会させたかったのだろう。

 

 力をコントロールし立派に戦うシルビアの姿を彼女に見せたかったのだろう。

 

 「大丈夫。君の親友は……私の弟子はそんなにヤワじゃない。君の言葉はきっと届いているよ。」

 

 炎が消えると、中からボロボロのシルビアが出てくる。

 

 闘技場が守るのは生命。

 

 服や装備は守ってくれない。

 

 もちろんダメージもうける。

 

 もう精神も肉体もポロボロのシルビア。

 

 だが、その瞳には炎が宿っていた。

 

 「あなたを傷つけた罪も村を焼いた罪も……サクラを傷つけた過去も消えない。……だから私は同じことを繰り返さないために、イリス師匠の元へ行った……!この学園に来た……!」

 

 「それが余計なことだってわかれよ!!!」

 

 まだ立ち上がるシルビアに何発も炎を打ち付けるレト。

 

 その瞳は憎悪に染まりきっている。

 

 「もう、後悔するのも、泣くのもおしまい。……一生償うために私には力が必要なの!!今の私じゃ力が足りないから。……でも信じてくれる人が出来たから……あんな酷いことをした私を受け入れてくれるサクラがいるから。……正しい力で、正しいことをする!!!……あの時できなかったこの力で、私自身を証明する!!!」

 

 決意に満ちた顔。

 

 もう迷うことは無い。

 

 そこには間違いなく、シルビアがたどり着いた答えがあった。

 

 罪を認め、償うための彼女の選択があった。

 

 その想いに答えるように、シルビアは炎を纏う。

 

 大きすぎるその炎は翼となって、シルビアに絶大な力を与える。

 

 

 レトの炎を全て無力化しているのだ。

 

 「許してくれなんて言わない。私の行動で、力で、一生かけて戦っていく。それが私の選択!!!」

 

 「綺麗事抜かすなああああああっ!!!」

 

 怒りに身を任せて、束ねていく炎。

 

 レトはもう我を失っている。

 

 復讐という炎に身を焦がしているのだ。

 

 「今のあなたは昔の私と同じ。感情に身を任せて全部焼こうとしている。……それじゃ、ダメだって私は知ることが出来たから。……そして、あなたを苦しめているのは私だから。……全部包み込むよ。」

 

 シルビアはそのままさらに炎を纏い、レトの炎を飲み込んでいく。

 

 その力は絶大でレトの痣がみるみるうちに消えていく。

 

 「なによ……この炎……心が安らいでいく……」

 

 憎しみに歪むレトの表情はその炎によって浄化されていく。

 

 眠りにつくように、身を委ね炎に包まれていく。

 

 「不死鳥フェニックス。炎にまつわる全てを司る力。レトの炎による傷を癒しているのね。……まるで、天使ウルローズの再現ね。」

 

 燃え盛る炎は幻想的で美しく、優しくレトとシルビアを包み込む。

 

 怒りに任せて、全てを焼こうとしたシルビア。

 

 その力は全ての包み込む優しい炎へと変わったのだ。

 

 ーーーーーー。

 

 「勝者、シルビア・クリムゾン!!!」

 

 試合開始直後、ブーイングが絶えなかった声が、歓声と拍手に湧く。

 

 シルビアは己の力を証明したのだ。

 

 何度心を折られても進んできた。

 

 正しくフェニックスのように。

 

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