2章 第4話 魔族の話!


 学園に編入して、早3ヶ月。夏季休暇が近づく中、アノンはすっかり学園生活に慣れていた。

 

 教室、ライムとアノンは楽しそうに談笑していた。

 

 「もうすぐ夏休みだね!ライム!」

 

 「ああ、うん。そうだね。アノンくん。」

 

 「ライムはどう過ごすのかな?」

 

 「僕は学園に残って、トレーニングかな。ほら、夏休み明けは進級試験あるし。」

 

 「ええっ!?全然休みじゃないじゃん!!!遊ぼうよ!!!」

 

 「最初の1週間ぐらいなら……いいよ」

 

 「やったあ!!!」

 

 今度の進級試験こそはと意気込むライム。しかし、友人が少ない彼にとってアノンからの誘いは嬉しかった。

 

 ライムと遊べると思い楽しくなるアノン。大はしゃぎである。

 

 2人が楽しく話していると、教室の扉は開かれ、長身の男が入室してくる。

 

 アノンが見たことの無い教師だ。

 

 黒髪に黒の貴族風衣装、右腕は上から羽織っているマントによって隠れている。

 

 「よろしくなあ!Dクラス諸君!」

 

 大きな声で笑ってみせると男は教壇に着く。

 

 急いで席に戻るアノン。

 

 授業が開始されるようだ。

 

 ーーーーーー。

 

 「見ない顔も増えたな。まあ見る顔もチラホラか。……『クバーツ・コリアンダー』だ。魔族学を担当している。よろしくな!!」

 

 新しく始まる教科『魔族学』。文字通り、魔族に関する授業だ。

 

 「知っての通り、人と魔族は争っている訳だが、国王陛下は完全なる終結を願っておられる。そのためにきちんと魔族を理解しようぜってことだ。……魔族も生きている存在だ。割り切ろうぜって訳だ。」

 

 砕けたように話すクバーツ。

 

 どこか思うところがあるのか周囲でどよめきが起こる。

 

 魔族は魔物とは違い、生活があり命がある。

 

 そのことは既にイリスやヒマリから学んでいる。

 

 どよめきなど気にせず、思い返すように歴史のノートを手に取るアノン。

 

 ーーーーーー。

 

 1070年頃。世界を救うために降臨した天使たちは、各地の村や街、国を解放しながら進んでいく。

 

 だが、魔族を率いる長との戦いの中で、魔族にも生活があり命があると知る天使たち。

 

 主力部隊を無力化するが魔族全てを淘汰することはしなかった。

 

 いや淘汰することが正しいと思えなかった。

 

 一度、王国に戻り魔族との争いを辞めるように伝えようという話になる。

 

 そして再び旅立つ。

 

 だが、王国側は魔族に営みがあり、命があるその事を知っていた。

 

 天使たちが魔族を淘汰できなかったと知ると、街や国に結界を張り貴族と平民に世界を分断した。

 

 

 さらに安全圏から魔族を攻撃し始める。

 

 そんな世界を嘆き天使たちはそれぞれに戦争を止めるために戦う。

 

 その中で、魔物が誕生し魔王サタエルが突如として降臨する。

 

 魔物は魔族も人も襲い一時的に魔族と人との戦いは10年間の膠着となる。

 

 長い戦いの一時的な膠着。その頃には1人しか天使は生き残っていなかった。

 

 そして、さらに時代は流れる。

 

 1125年。魔王を倒すために生き残った天使『メア・ギャビー』が立ち上がる。

 

 天使というのは長命なのか当時と姿がさほど変わっていなかったと言う。

 

 そしてメアは弟子『イリス・グレイス』、旅の中で出会った『クバーツ・コリアンダー』達と共に魔物と戦い始める。

 

 1130年。無事魔王を封印することに成功すると魔物たちは一時的に消失。

 

 だが、戦いの中でメアは力尽きてしまう。

 

 魔物を何とか食い止めることが出来たイリスたち。

 

 だが、今度は魔族たちが人間を攻めるようになる。

 

 だが、生き残ったイリスとクバーツの活躍により大きな争いは一年にも満たず、一時休戦となった。

 

 そして、最近になり再び魔物の出現。

 

 魔族と人間は戦争を辞めるしか無くなった。

 

 あくまで表向きの話であるが。

 

 ーーーーーー。

 

 アノンは魔族学の授業をずっーと楽しみにしていた。

 

 それはヒマリが『どうして魔族と争うことになったのか〜、どうして今は戦ってはならないのか〜、それはクバーツ先生の魔族学でくわしく学びましょ〜』と割愛したからだ。

 

 ーーーーー。

 

 「おっ、坊主が噂の転入生だな?」

 

 ニコニコとノートを見て振り返っていたアノン。

 

 不思議と目に止まったのかアノンを指さし当てる。

 

 「この授業はみーんな微妙な顔すんだよな。だから坊主にいろいろ答えてもらおう。勉強も頑張ってるみてーだしよ。」

 

 「え!?いいんですか!!!」

 

 「ああ、もちろんだ。じゃあ早速質問な。お前の考えでいい、なんで魔族を殺しちゃあいけない?」

 

 「え、等しく命だから?」

 

 「おうよ、いい答えだな。そういう考えが大切だ。……だが、知ってる通り争っているよな、それでも割り切れるか?」

 

 「だって、このまま続けたらお互い傷つくだけだよ。それに悲しいよ。」

 

 「そうだな。大切な考え方だ。……他の連中も今の考えみたいにいったんまっさらで考えてくれ。……俺も妻やそこにいるライムの兄貴を魔族に殺されてる。納得いかねえ気持ちはわかるが、まあ聞いてくれや。」

 

 複雑な表情を浮かべる生徒たちであったが、クバーツの寄り添う言葉に納得してみせる。

 

 記憶喪失でしかも別の世界から来たアノンは、まっさらで受け入れやすい。

 

 だが、現地の人々は実際に家族を殺されていたり場合によっては殺してしまったりしている者もいる。

 

 それに魔族と手を取り合おうと言うのはこの世界では最近の考え方だ。

 

 ついこの前までは倒すべき相手だと教えられてきたのだ。

 

 そんな親世代の子供である彼らには少しばかり理解に苦しむこともある。

 

 それに大きな戦争が終わっただけで、地域ではまだ争いをおきている。

 

 幼い彼らにとっては憎む相手であるという過去があるだろう。

 

 だが、今の彼らが大人になり子供に教える頃には、正しい知識を得る必要がある。

 

 それに一刻も早く戦いを終わらせるためにも、必要な学びであるのは明白だろう。

 

 ーーーーーー。

 

 「おったまげるかもしれないが、魔族の起源を知れば少しは見方は変わんだろ。大事なことだ。よく聞くように。」

 

 切り替えるように鋭い眼差しを向けるクバーツ。

 

 全員が雰囲気に飲まれ、集中する。

 

 「魔族が生まれたのはおおよそ150年前。文明の分岐点と呼ばれている年だ。……魔族は初め、『人の中から自然に生まれてきたんだ』。……これが何を意味するかわかるか?」

 

 その言葉の意味するところは、誰しも簡単に理解することが出来た。

 

 今まで争い戦ってきた魔族は、『人間』だということだ。

 

 「魔族と人の大きな違いはたったひとつだけ。『魔力を持つか持たないか。』それだけだ。」

 

 周囲に動揺が広がっていくのがわかる。

 

 去年より前にクラスにいたものは頷き、知らなかったものは動揺している。

 

 そんな様子だ。

 

 アノンは真剣に話を聞いている。

 

 「要は身長、体格、肌の色、病気の有無、それぞれみんな違うよな?……それと同じってことだ。同じ人間なんだよ。」

 

 「なら、どうして争っているのでしょうか。そしてなぜ、王国は長年このことを隠していたのでしょうか」

 

 「なら歴史の天使様って王国に裏切らたってことでしょうか?」

 

 「貴族ってじゃあとんでもなく自分勝手じゃないですか」

 

 「なに、私たちに喧嘩売ってる訳!?」

 

 一人の質問からそれぞれに混乱が起きていく。

 

 貴族たちのやり方に不満を言い合う平民。

 

 天使様を信仰する者たちの不満。

 

 真面目に学び、それぞれに目標があるからこそ対立してしまうのだろう。

 

 様子を見て頭を抱えるクバーツ。

 

 ものすごく扱いの難しい授業だ。

 

 だが、刹那アノンは立ち上がり声を上げる。

 

 「……みんな、聞こう。答えは全部自分たちで学んでいくしかない。……それに貴族や平民、信仰、みんな事情は違うけれど、こうやって集まったクラスメイトなんだからさ。争っていたら歴史の二の舞だよ。」

 

 アノンの冷静な一言に落ち着きを取り戻す生徒たち。

 

 納得したように席に着く。

 

 「まあ、いろいろ思うところはあるよな。……続けても大丈夫か?」

 

 頭の後ろをかきながら、複雑そうな顔をするクバーツ。

 

 生徒たちは申し訳なさそうに頷いてみせる。

 

 ーーーーーー。

 

 戦争のきっかけは至ってシンプルだ。

 

 魔力を持つ人間『魔族』。彼ら新人類の登場により文明は飛躍的に革新した。

 はじめの方こそ、その力に評価が高まった。

 

 だが、強すぎる力は恐怖と嫉妬を招いた。

 

 地道に努力してきた人間側がいくら頑張っても、圧倒的な魔力の前では無力だった。

 

 そして次第に人間側の魔族への不信感は高まっていった。

 

 次第に魔族の数が増えてくると、魔力を誇示したがるものが生まれた。

 

 強い力を持つ自分たちこそが人類の頂点にふさわしいと、力で征服しようと企むようになる。

 

 全ての魔族がそうであった訳では無い。

 

 静かに人々と暮らすものもいれば、心優しい魔族も沢山いた。

 

 魔族と人との間にもたくさんの子供や文化の発展が起きていた。

 

 だが、過激な思想を持つ一部の魔族と魔族を恐れて陥れようとする人間は確かにいた。

 

 そんな一部の掛け違いにより魔族と人は徐々に生活圏を離していった。

 

 それからお互いに干渉のしない緊張状態が生まれた。

 

 しかし魔族側には大きな問題が生まれたのだ。

 

 魔族同士では子供が出来づらく、子孫繁栄がかなり難しくなり数を大きく減らしてしまったのだ。

 

 そしてなにより魔力は万能ではなかった。

 

 生きていくためには、人類が培ってきた伝統や文化は確かに必要だったのだ。

 

 そして窮屈な生活に嫌気がさした若い魔族は立ち上がった。

 

 人類の下につくのだけはどうしても我慢できなかったのだ。

 

 せめて対等な立場でありたいと思った若者たちは、共存と権利回復を謳い人類側に交渉を持ちかけたのだ。

 

 だが、あまりにも唐突なその運動に人間側は恐怖した。

 

 言うことを聞かなければ攻撃する。宣戦布告と捉えてしまったのだ。

 

 恐怖に怯えた人類側は魔族の住む街に火を放ち、撃たれる前に撃てと立ち上がったのだ。

 

 これが後に二十年も続いた大戦。圧倒的な力で魔族が領土の半分を侵略した一番最初の戦いである。

 

 およそ、一世紀前の出来事だ。

 

 ーーーーーー。

 

 「まああとは歴史で習った通りだ。一回目は魔族の善戦。2回目は天使の降臨と貴族側の結界により人間側の善戦。……だが、魔王と魔物の登場により膠着。メアさんと俺とイリスの活躍で魔物の無力化。……だが、今度は魔族側の攻撃。オレら中立の存在によりなんとか一時休戦、まああくまで大きな戦争だけの話だがな。……ざーっと概要はこんなもんだな。次の授業からは細かく紐解いていくぞ。しっかり、復習するように。あと少し考えをまとめておくのも忘れんなよ。以上だ。」

 

 駆け抜けるように授業を終えるクバーツ。

 

 あっけに取られながら授業は終わりを告げた。

 

 夏休み前にとんでもない授業が始まったものである。

 

 ーーーーー。

 

 「ふーん。もう、そこまで授業進んだんだ?」

 

 中庭。シルビアとアノンは昼食を食べながら、今日の授業について話していた。

 

 「なんかもう、ばーっと話されてうわあーって感じ!」

 

 「まあ、そんなもんでしょうね。」

 

 「でもなんで結界なんて貴族使ったの?」

 

 「魔族の脅威に備えるためにってとこね。戦争中ずっと作ってたみたいよ。」

 

 「国を動かす人が生きてさえいればなんとかなるって感じ?」

 

 「まあそれもあったと思うけど。本当は平民も助けたかったはずよ。でも、貴族を優先するしか無かった。……それが戦争よ。」

 

 「そうだねえ、その結果国は未だに残り貴族は沢山残ってる。魔族はそこまで平民を襲わなかった。」

 

 「そうね。なんなら共存しているところもあったはずよ。……たしか東の国とかはそうだったはず。」

 

 「へえ!東の国!行ってみたいなあ!」

 

 「ちょっと特殊な文明を築いてるみたいよ。島国だから船が必要だけど。まあ、そもそも鎖国してるけどね」

 

 「ええっ!?行けないじゃん!シルビアと行きたかったなあ」

 

 不意に溢れる純粋なアノンの気持ち。

 

 「べっ……べつに、他のところでも行けるでしょ」

 

 不意をつかれた形だが、シルビアもどこか嬉しそうだ。

 

 「えっ!?そうだよ!そうじゃん!!夏休みどこか一緒に行こうよ!!!」

 

 「か、考えておくわ。」

 

 「うん!!!よろしくね!!!」

 

 照れくさそうに頬を赤らめるシルビア。

 

 嬉しそうに頷くアノン。

 

 ーーーーーー。

 

 「またこんなに怪我して大丈夫ですか?傷は治りましたか?」

 

 放課後。聖堂の天使像の前。

 

 いつものようにルネに治療してもらうアノン。

 

 「えっへへ!ルネがいるからつい甘えちゃうね。」

 

 「もぅ。無茶はいけませんよ?」

 

 「うん!気をつける!!」

  「この前も聞きました。」

 

 「えっへへ!ごめん!」

 

 治療を終え、アノンの横に座り込むルネ。

 

 1人で特訓し傷つくアノンを定期的にルネは治療していた。

 

 そのうちに少しづつ世間話をするようになっていったのだ。

 

 ルネにとって同年代で気軽に話せるのは意外とアノンぐらいだ。

 

 だが、今日はなにやら照れくさそうにモジモジしている。

 

 「アノンさんは夏休みの予定は……どうなのでしょう?」

 

 どうやら、夏休みを共に過したいようだ。

 

 「ん?ボク?……そーだねー、まずライムと遊ぶしょー、シルビアとお出かけー、あとはーイリスお姉ちゃんのとこに行くでしょ〜」

 

 楽しそうに予定を話すアノン。我慢できず、ルネは切り出す。

 

 「あ、あの!!!私!私は!?」

 

 「えっ!?」

 

 「あ、ごめんなさい。いや……でしたか?」

 

 自信なさげに顔を伏せるルネ。それに対し弾けるように明るい表情を向けるアノン。

 

 「そんなことないよ!!!ルネも一緒に遊ぼう!!!」

 

 「はい!!!!」

 

 2人はお互いを見つめ合い笑いあった。

 

 ーーーーーー。

 

 さらに1ヶ月後。ついに始まった夏休みである。

 

 アノンに呼ばれ集まった三人。

 

 シルビア、ルネ、ライムである。

 

 シルビアはフリフリのスカートにリボン付きのシャツ。髪型は三つ編みをアレンジしており、かなり気合いが入っている。

 

 ルネはいつもの修道服ではなく、ワンピースにハーフアップの髪型。こちらもかなりアノンを意識していることが分かる。

 

 「アノン、これはどういうことかしら?私2人きりって思ってたんだけど!!!」

 

 当たり前のようにルネやライムがいることに怒るシルビア。どうやら彼女の想定は違ったようだ。

 

 「えっ?人数多い方が楽しいじゃん!!!」

 

 「はいはい、もういいわ。いくわよ!」

 

 「うん!!!」

 

 アノンに言っても無駄だと諦めたのか先を進むシルビア。

 

 「ま、まさか!クリムゾンさんまでいるなんて!!!しかもアノンくんとお出かけ!(仲を深めるチャンスです!)」

 

 シルビアとアノンとお出かけできることにはしゃぐルネ。

 

 どうやら彼女にとっては最高のシチュエーションのようだ。

 

 「あ、あの。僕いらないというか、お邪魔なような……」

 

 3人のやり取りや雰囲気を見てなにか思うことがあるのか、帰ろうとするライム。

 

 「なーんーでーそういうこと言うの!ボクはライムとも遊びたいー!!!」

 

 「はぁ。罪な男だよアノンくん。」

 

 駄々をこねるアノン。逃げようとするライムの首根っこを掴む。

 

 観念したように苦笑いするライムであった。

 

 なんだかんだいいつつも、4人で遊びに行くとが決まったようだ。

 

 「えっへへ!!さ、プールへレッツゴー!!!」

 

 嬉しさのあまり飛び跳ね喜ぶアノン。

 

 仲良し?4人組の夏休みが始まる。

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