2章 第3話 シルビア!
いつの間にか、人と話せなくなっていた。
誰かに見られるのが怖かった。
この赤い髪が嫌いだった。
名前が嫌いだった。
この力が恐ろしかった。
ーーーーーー。
学園に入ってすぐシルビアは教室内で浮いていた。
名前と赤い髪、それだけで『炎の悪魔』だとすぐに広まった。
イリスから貰ったリボンを両サイドに可愛く結びつけ、ハーフツインにしている。
少し自分の髪が好きになっていた。
アノンと1年共に過したせいだろうか。
人に恐れられていることをシルビアは忘れていた。
今では恐れるような眼差しに、シルビアは耐えられない。
どうしようもなく比較してしまう。
『髪も赤くて素敵!!』
『そっか!!確かに危ないね!!』
『大丈夫!僕を信じて!!』
『僕はシルビアを失いたくない!』
『友達になりたいから!!』
何も知らない純粋な瞳。恐れることなく、シルビアを見つめていた。
彼は名前を聞いても恐れることは無かった。
名前や力、そんなものでシルビアを軽蔑しなかった。
過去に力によって親友を傷つけた、そんな話を聞いても動じることは無かった。
むしろ、友達になりたいと信じてくれた。
でも、現実は違った。
ふと、彼から離れ学園に入り名乗る。
『し、シルビア……です。』
緊張し、照れながらの自己紹介。恐れながら顔を上げる。
『赤い髪……もしかして、炎の悪魔じゃない!?』
『村を燃やしたって……』
『なんで、あんな貴族が……』
彼ら彼女らの瞳は恐れる瞳だ。
サクラの母親と同じ瞳。
みんな、シルビアを恐れている。
「そうだ。……そうだったわね。」
シルビアは俯き、クラスに馴染むことなく過ごしていた。
ーーーーーー。
シルビアはクラスでは常に一人。
対照的にクラスメイトと楽しそうに話すルネ。
人を癒す力と人を傷つける力。
その差だろうか。
クラスでの立ち位置もまるで違った。
「これじゃ……家にいた方がマシだったわね……」
自嘲気味に笑ってみせる。
クラスにいると泣き出しそうで離席する。
「あっ!クリムゾンさん!!」
「……なに」
教室から抜け出そうとするシルビアをルネが止める。
「次、闘技場ですよ。まだ、学校来たばっかりで分からないかなって。……一緒に行きませんか?」
「……っ」
一瞬胸が高鳴って笑みがこぼれそうになる。
だが、すぐにルネの後ろの少女たちの瞳に悲しくなる。
このまま、この子と仲良くしてしまうと、この子も嫌な想いをするのだろうか。
サクラのように傷つけてしまうのだろうか。
そんなことが過ぎる。
「……放っといて。」
「あ、うん。……ごめん、なさい。」
悲しそうに俯くルネ。ルネにとっては新しく出来た学友。仲良くなりたかったのだ。
どこか寂しそうなその姿に声をかけてしまった。
そんなことに構うことも気づくこともなく、シルビアはその場を後にする。
ーーーーー。
「振られちゃいましたか……あはは。アノンさんのようにはいきませんね。」
一人つぶやくルネ。
アノンと出会い時折話すようになったのだ。
その中で多く話に出てくるシルビア。
同じイリスの元で修行したと楽しくアノンは語ってみせる。
ルネは前からシルビアに話しかけようとしていた。
今日ようやく勇気を出せたのだが、この結果である。
「(大きな力を持って……孤立。どうしてでしょう、放ってなんていられません。……仲良くなりたいです。)」
ルネは少しだけ自分とシルビアに、近いものを感じていた。
ーーーーー。
昼休み。
シルビアは中庭で一人パンをかじる。
味がしない。
ひとりで食べても何も味がしなかった。
アノンやイリスとの食事では楽しくて美味しかったはずなのに。
そんなことを思っているうちに屋敷での暮らしを思い出していく。
一度イリスの元から、帰った時だ。
ーーーーーー。
シルビアは外を眺め、3日ほど躊躇っていた。
いざ帰宅すると決意が鈍ったのだ。
事の経緯はすでに執事である爺に話してある。
もちろん、イリスから説明を受けている。
両親に説得をすることをイリスが、名乗り出てくれた。
クリムゾンより上位の貴族にして、英雄。
権威に弱いクリムゾンなら簡単に引き下がるだろう。
だが、それにはシルビアが事前に能力をコントロールする必要があった。
学ぶことで、力を抑えられる。そういう証明が必要だとシルビアは考えていた。
『お嬢様、もう気にすることなくお外に行っていいんですよ?』
きっと、怒られる。きっとうまく出来ない。そんな迷いがシルビアの足を止めさせる。思い悩む背中に執事である白髪の老人が声をかける。
『ダメよ。お父様とお母様に叱られるわ。』
上手くいかなければ、怒られるだろう。また幻滅されるだろう。
修行の途中でバレたら家に戻されるだろう。
そんな良くない方へと考えが広がる。
『爺が黙っておきます。それなら、いけます。』
『こないだみたいに、帰って……来ないかもよ?』
『その時は爺が責任を取ります。……あなたはもう充分苦しみました。もう、我慢しなくていいんです。』
ずっと幼い頃から見てきた少女。ずっと、苦しんできたのを見てきたのだ。
どうにかして自由にしてあげたい。
10代の少女には重すぎる罪だ。
『どうしてそんなに、私なんかに構うのよ。』
『爺は、幼い頃より、お嬢様を見ております。大切な主だと思っております。聡明で、努力家で、正義感に溢れて、とても、可愛らしいお方です。……それだけでは足りませんか?』
『……う、うん。ありがとう。……でも、クリムゾン家は認めてくれないわ。』
『はい。……ですが、今のクリムゾンは、地位に拘る誇りを失った家です。……空気を変える必要があるかと。……お嬢様なら、きっと変えられます。』
「それって。」
『はい、イリス様の所へ行ってきて大丈夫です。……あんなに嬉しそうなお嬢様はいつぶりでしょうか。爺はとても嬉しかったです。』
嬉しそうに話してみせる爺。まるで孫を見ているかのように優しい瞳だ。
『でも!学園に行くとになるのよ!!アノンに会えたのは嬉しいけど……イリス師匠の教えも受けたいけど!!!』
『力を制御するために修行し、学ぶために学園に行くのです。……何が問題なのでしょう?むしろ、やらなければならないこと、お父様やお母様、2人が寄り添い、してあげなければならないことだったのです。』
『で、でも!!!』
『お嬢様、爺にお任せ下さい。……あなたの専属執事として、お仕事を全うするだけです。……それに、イリス様も協力して下さるとおっしゃってます。』
『爺……』
ーーーーー。
薄暗い個室。
シルビアについての話し合いがそこで行われた。
執事は感情的に父親を責め、数々の家の罪を明かしていく。
長い間、家に仕えてきただけは、あるのだろう。
最初取り合う気のなかった父親も徐々に話を聞かざるおえなくなった。
だが、父親はあくまでも反対の姿勢を貫く。
『周りの貴族、建前、罪、名声。全部、お家のことばかりですね。お嬢様のことは何も考えていないのですか?』
『たかが執事がわたしに意見する気か?私は先代の当主のように甘くはないぞ!先祖たちのしりぬぐいをしてやっているのだ!!!』
『ウルローズ様の功績を抹消してまでですか?』
『貴様ッ!?なぜそれを!!!』
『爺は幼い頃、あなたのおじい様に拾われました。伝説の天使の正体。知らないわけないでしょう。』
『何が伝説の天使だ。貴族の地位を落としてまですることでは無い!!!』
ヒートアップしていく二人。見かねたイリスは紅茶を片手に話を戻させる。
『まあ、話を戻しましょう?お二方。私は取引をしに来たんです。シルビアちゃんを私に任せてくれるなら何も私は言いません。』
『貴様私を脅すつもりか?……何が学園だ!あいつは危険なんだ!これ以上、クリムゾンの名を汚してなるものか!学園になど行かせてなるものか!』
『何が学園……そうですか。件のレト・コスモ嬢も通う学園ですよ?それに、王の勅命によって作られた施設です。場合によってはさらに地位を落とすことになりますよ。発言にはお気をつけを。』
『……ちっ、発言は撤回しよう。だが、コスモ家が関わっているなら尚のこと無理だ。学園には行かせない。話し合いは終わりだ。』
『ならこうしましょう。1年以内にシルビアちゃんの力をコントロールできるようにします。もちろん、無償で。これならどうです?学園は王によって設立された施設です。名誉あることです。シルビアちゃんの悪い噂は自分の力で払拭していけばいい。いずれ有力な地位につくことが出来れば、クリムゾン家にもプラスになるはずです。』
『……仮に制御できるようになって、学園で問題を起こさないという保証は?』
『天使ビスラの像、ご存知でしょう?学園内で暴力沙汰は起こせません。仮に進級試験で問題を起こせば、ヒマリ・ブラウンの力で能力を封印することも可能です。』
『ならば、こうしよう。力を制御できるようにならなければ、そのヒマリとやらの力で能力を封じろ。学園で私の不利になるようなことが起きれば、クリムゾン家が有利になるように貴様が働きかけろ。英雄ならそれぐらい造作もないだろう?』
『いいでしょう。』
ーーーーー。
イリスや爺の働きにより、両親を納得させ、学園に無事編入することが出来た。
だが、シルビアへの周囲の目が変わる訳では無かった。
辛くて逃げ出したくなる。
何度もシルビアはアノンを尋ねた。
だが、彼はいつも無邪気で、全力で、周囲にはたくさんの人がいて。
シルビアは自分が情けなくなり、避けるようになってしまった。
ーーーーー。
「アノン……アノン……」
涙ながらにパンをかじる。
美味しくない。惨めだ。
アノンに会いたい。
涙が止まらなかった。
「シルビアー!!!!!」
刹那、遠くから無邪気で明るい声が聞こえてくる。
思わず、ハッと顔を上げる。
弾けるような笑顔、楽しそうに走ってくる。
「会いたかった!!!!」
そのまま勢いに任せてシルビアに抱きつく。勢いのあまりパンも何もかも地面に落ちて、ベンチから転がり落ちる二人。
「あああっ!?ごめん!!!嬉しくて!!!」
ようやく落ち着くを取り戻し、状況を理解するアノン。
「ば、ばかあ」
シルビアは鼻を赤くしながら、瞳には涙を浮かべている。
「あ、あれ!?シルビア泣いてる!!ごめん!!痛かった!?どうしよ!どうしよ!」
無邪気で元気で、いつも全力で、温かくて。
シルビアは泣きながら、微笑む。
もう、泣いているのか笑っているのか分からない。
慌てふためきどうしていいか分からないアノン。
シルビアもきっと、もう限界でどうしていいのか分からないのだろう。
アノンはすこし落ち着くと、シルビアの頭を優しく撫でる。
「……大丈夫、大丈夫だよ。シルビア。見つけてあげられなくて、ごめんね。ここにいるから、ちゃんと見つけたから。……たくさん、泣いていいんだよ」
ゆっくり、優しく呟く。
シルビアに何があったのか分からない。
でもその涙は辛くて、アノンは我慢をさせたくなかった。
きっと大変な想いでここまで来たのだろう。
知らなくてもわかるぐらいに、シルビアは全力で泣いていた。
シルビアはクラスで浮いてしまっている、壁を作っている、周囲から恐れられている。
ベラからそんな話を聞いていたことを思い出す。
そのままシルビアが落ち着くまで、アノンはそばに居続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます